鷹司標子

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鷹司 標子(たかつかさ しなこ、文政3年1月16日(1820年2月29日) - 安政5年11月27日(1858年12月31日))は、阿波徳島藩13代藩主・蜂須賀斉裕の正室。院号は祥雲院。

父は関白・鷹司政通、母は家女房。徳島藩12代藩主蜂須賀斉昌の継室・鷹司并子は叔母にあたる。

生涯

関白・鷹司政通と家女房との間に生まれる。その後、蜂須賀斉裕に嫁ぎ、蜂須賀隆芳の長女である倫子(権大納言鷹司輔政正室)を養女とした[1]。

安政5年11月27日(1858年12月31日)、死去。

脚注