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| 黒田 有 | |
|---|---|
| 本名 |
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| ニックネーム | リアルドラえもん |
| 生年月日 | 1970年1月29日(55歳) |
| 出身地 | 大阪府東大阪市[1] |
| 血液型 | A型[1] |
| 身長 | 168cm[1] |
| 言語 | 日本語 |
| 方言 | 大阪弁 |
| 最終学歴 | 大阪府立布施北高等学校[1] |
| 出身 | NSC大阪校10期[1] |
| コンビ名 | メッセンジャー |
| 相方 | あいはら雅一 |
| 芸風 | 漫才(ボケ) |
| 立ち位置 | 右 |
| 事務所 | 吉本興業 |
| 活動時期 | 1991年(平成3年) - |
| 同期 |
シェイクダウン 水玉れっぷう隊 ジャリズム |
| 現在の代表番組 |
それゆけ!メッセンジャー ちゃちゃ入れマンデー もんくもん メッセンジャー黒田のもやもやラジオ〜誰か教えてほしいんや!〜 |
| 過去の代表番組 |
あなたにありがとう バリオク! くろだ荘の宴 プライスバラエティナンボDEなんぼ たかじんNOマネー〜人生は金時なり〜 きよし・黒田の今日もへぇーほぉー わざわざ言うテレビ メッセンジャーの○○は大丈夫なのか? |
| 配偶者 | 既婚 |
| 公式サイト | プロフィール |
| 黒田 有 | |
|---|---|
| 人物 | |
| 国籍 |
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| 職業 | お笑いタレント |
| YouTube | |
| チャンネル | |
| 活動期間 | 2020年5月14日 - |
| ジャンル | 料理 |
| 登録者数 | 8.08万人 |
| 総再生回数 | 12,597,315回 |
黒田 有(くろだ たもつ、1970年〈昭和45年〉1月29日 - )は、日本のお笑い芸人、タレント、俳優。お笑いコンビメッセンジャーのボケ担当。相方はあいはら雅一。
大阪府東大阪市出身[1]。母親が39歳のとき、男4人兄弟の末っ子として生まれる。小さいころに両親が離婚。父親は離婚後も近所に住んでいたが、黒田いわく「付き合いは全然なかった[2]」という。黒田の母親は一人で子供4人を育てた。一家の生活はたいへん貧しく、様々なエピソードが生まれた(後述)。
1988年(昭和63年)大阪府立布施北高等学校卒業[1]。料理店で修業をして板前として働き始めたのち(このため料理が得意である。後述)、大阪NSC10期生となる。1991年(平成3年)、あいはら雅一とともにメッセンジャーを結成。同期にはジャリズム・電車道などがいた。よしもとクリエイティブ・エージェンシー(2007年9月までは吉本興業)所属。デビューして間もないころ『たかじんnoばぁ〜』に出演し、ゲストの歌手に容赦なくツッコむ様子が司会のやしきたかじんに気に入られ、世話になる[3]。独特のダミ声、毒のあるキャラクター、トークの面白さで主に関西のテレビ番組で人気となる。
2005年10月、日本テレビ『バリオク!』の司会を務め、初の東京レギュラー進出をする (2006年3月27日終了)。
2007年1月12日、自身が脚本・主演を務めたテレビドラマ『誰がパパやねん!』がNHKで放送された。制作費は300万円 (放送は近畿ブロックのみ)。後に舞台化された(後述)。また2008年、NSCの同期であるザ・プラン9のお~い!久馬と劇団「元祖黒久1・1・1」を旗揚げするなど、近年は俳優・脚本家として、また歌手・作詞家としての活動もおこなっている(後述)。
2009年12月26日、黒田は大阪市中央区宗右衛門町のガールズバー「Pure」で料金支払いを巡ってトラブルを起こし、店長に一方的に暴行を行い、眼底骨折による全治2ヶ月の重傷を負わせたとして傷害容疑で大阪府警南警察署に逮捕された。黒田はこの不祥事を受けて芸能活動を自粛すると共に、レギュラー出演している番組も放送が中止される事態となった。黒田の所属するよしもとクリエイティブ・エージェンシーは事件発生時点では「事実関係を調査中です」とのみコメントした[4]。
同日、昼の生放送ラジオ番組『それゆけ!メッセンジャー』(MBSラジオ)の冒頭で共演者で、黒田の相方のメッセンジャーあいはらとタレントの六車奈々が謝罪した。黒田の代役としてシャンプーハットのてつじが出演した[5]。夕方の生放送テレビ番組『かんさい情報ネットten!』(読売テレビ)でもあいはらが謝罪した。同日夕方に放送が予定されていたテレビ番組『ナンボDEなんぼ』(関西テレビ)の特別番組はドラマの再放送に差し替えられた。『ナンボDEなんぼ』は後に放送打ち切りとなった。同日夜の全国ネットの『人志松本のすべらない話』(フジテレビ)の特別番組は編集が間に合わないという理由で収録日を示すテロップを表示した上でそのまま放送された[6]。
2010年1月8日、大阪府警南署は店長のけがの程度について、ほおの骨折など約2か月の重傷とした当初の発表を頭部打撲など2週間のけがと訂正した。12日、大阪地方検察庁は被害者と示談が成立したことで、黒田を起訴猶予処分とし釈放した[7]。黒田は同日20時より吉本興業本社にて記者会見を開き、経緯を説明した。黒田がレギュラー出演している『ごきげん!ブランニュ』(朝日放送)はこの日の放送(この年最初の放送予定であった。)は休止され、別番組が放送された。
留置場では「42番」と呼ばれ、本人曰く過去に小室哲哉や桑名正博が使った個室に通されたとのこと[8]。謹慎中はペン字を習ったりDVDの鑑賞、愛犬の世話などで時間を過ごした。
2010年4月4日から京橋花月の舞台で復帰し、自虐ネタを披露した。17日、復帰後初のレギュラーラジオ番組として『それゆけ!メッセンジャー』に復帰。12月、『漫才トラディショナル』(毎日放送)および『漫才マン』(関西テレビ)で新作漫才を披露するなどテレビ復帰を果たした。大みそかには全国ネット番組『今年も生だよ!新春6時間笑いっぱなし伝説〜2011年最も売れる吉本No.1芸人は誰だ!?~〜』のネタコーナーに出演した。ただし、黒田がレギュラー出演していた『ごきげん!ブランニュ』には復帰しておらず、漫才番組以外のテレビ番組にも出演していなかった。
2012年10月、5年ぶりとなる単独ライブ『漫才事変〜ニューウルトラスーパーダイナマイトネオメッセンジャー〜』をABCホールと浅草花月で開催。12月22日に放送された『メッセンジャー&なるみの大阪ワイドショー』(毎日放送)で久々にバラエティ番組に出演。同番組では山崎邦正と東京スカイツリーロケ、あいはらと関西在住の美魔女を訪問するロケ、月亭八光・トミーズ健と韓国に生レバーを食べに行く日帰り弾丸ツアーを行った。
2013年1月11日、生放送番組『プリプリ』(MBSテレビ)にゲストで登場し、3年ぶりに生放送番組に出演した。5月27日には『ごきげん!ブランニュ』の裏番組である『痛快!明石家電視台』(MBSテレビ)にゲストで登場した。6月22日には、復帰後初のレギュラーテレビ番組として『たかじんNOマネー』(テレビ大阪)に出演した。2019年2月21日、30歳の一般女性と結婚した[9]。
2024年2月18日にクールジャパン大阪TTホールで生前葬が行われた[10]。
極貧家庭で生まれ育ち、以下のような幼少時代の貧乏話を頻繁にネタにしている[1]。
現在のレギュラー出演
過去のレギュラー出演
特別番組
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IPFS未登録
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