鹿柴

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『鹿柴』(ろくさい)は、盛唐の詩人・王維が詠んだ五言絶句[1]。親友の裴迪と唱和して編んだ詩集『輞川集』に収録された作品のなかでも、特によく知られるものの一つ[2]。

本文

鹿柴
空山不見人 空山 人を見ず
くうざん ひとをみず
人かげの見えない静かな山。
但聞人語響 但だ聞く 人語の響くを
ただきく じんごのひびくを
聞えるのは、話し声のこだまだけ。
返景入深林 返景 深林に入り
へんえい しんりんにいり
夕日の光が深い林にさし入り、
復照靑苔上 復た照らす 青苔の上
またてらす せいたいのうえ[1]
青い苔のあたりを照らしだす[3]。

上声の「響」「上」で押韻する[1]。

解釈

広々と静まり返った山中に佇みながら[4]、夕暮れ時の一瞬の美を[5]一流画家らしい優れた色彩感覚で切り取り[6]、自然美と一体化する閑雅な心境を詠んでいる[7]。

詩題

  • 「鹿柴」 - 鹿を飼うための囲い柵[1]、あるいは逆に作物を守るため外からの鹿を防ぐ柵[6]。なお、詩の内容とは関連しない[8]。

起句

  • 「空山」 - ひと気の無い、静まり返った山[1]。

承句

  • 「人語響」 - 聞くともなくどこからか聞こえてくる[9]、しかし明瞭には聞こえない人の声のこだま[3][† 1]。声の主としては、例えば隠者や樵夫が考えられる[10]。

転句

  • 「返景」 - 夕日の光[1]。「景」は「影」と同じく光を意味する[7]。『初学記』巻一に「日が西に落ち、光が東に反照す、之を反景と謂う」とある[1]。また輞川荘の元の主人だった宋之問の詩にも「肯の日濛雨晴れ、返景巌谷に入る」という一節がある[9]。

結句

  • 「復」 - 「そして」という程度の軽い順接で[1]、散文の「而」に近い[6]。「再び」の意味は無い[1][6]。
  • 「照」 - 昼間は森が深く陽が当たらない地面だが、夕方は木立の隙間から光が漏れて当たる[11]。
  • 「靑苔」 - 初夏のみずみずしい青い苔[12]。夏から秋ならば「碧苔」、冬ならば「蒼苔」となる[12]。
  • 「上」 - 「うえ」(静的)あるいは「のぼる」(動的)。上声韻に従えば shăng つまり「のぼる」と解して「青苔を照らして上る」になるが[1]、韻を合わせるため音を変えるのは詩でしばしばあることで、「うえ」と解しても差し支えはない[1]。一般の訳注書・鑑賞書は多くが「うえ」とする[1]。

前半は、人影のない山から響くかすかな人語を描写することで、却って山の静けさを強調する[6][† 2]。後半は近景に転換し、普段は日が当たらない地面の苔に束の間の夕陽が射し込んで[6]、苔のさびた緑と夕陽のさびた赤の[11]美しい補色対置が醸し出されるという[13]、発見の驚きと[6]幽深の趣が述べられる[9]。

裴迪が唱和した同詠は次の通り。

鹿柴
日夕見寒山 日夕 寒山を見
にっせき かんざんをみ
夕暮れどき、ものさびしげな山を見て、
便為独往客 便ち独往の客と為る
すなわちどくおうのかくとなる
そこで、ひとりで山中に行ってみた。
不知松林事 知らず 松林の事
しらず しょうりんのこと
松林には何があるのかわからない。
但有麏○[† 3]跡 但だ麏○[† 3]の跡有り
ただきんかのあとあり[14]
ただ、おじかの足跡だけがあった[14]。

制作

評価

『唐詩選画本』より

南宋の劉須渓はこの詩を「言無くして画意有り」と評した[1]。これは北宋の蘇軾が王維について「摩詰[† 4]の詩を味わえば詩中に画あり、摩詰の画を観れば画中に詩あり」と評した流れを汲むものである[1]。また清代の王士禎はこの詩を指して「唐人の五言絶句は往々にして禅に入り、意を得て言を忘るるの妙あり」(いわゆる詩禅一致)と絶賛した[15]。

影響

この詩は『唐詩選』(巻六)、『唐詩三百首』(巻六)に採録され[7]、同じく『輞川集』に収録された「竹里館」と共に日本でも広く親しまれている[6]。

脚注

注釈

  1. ↑ 謝霊運の詩に「林深ければ声奔(はし)り易し」との句がある[10]。
  2. ↑ これは梁の王籍の『若耶渓に入る』にある「鳥啼いて山 更に幽なり」と同じ趣を持つ[6]。日本の俳句で言えば芭蕉の「古池や蛙飛びこむ水の音」を挙げることもできる[12]。
  3. 1 2 鹿の下に叚。
  4. ↑ 王維の字(あざな)。

出典

  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 松浦友久 編『唐詩解釈辞典』大修館書店、1987年、69-71頁。ISBN 978-4469032024。
  2. ↑ 井波律子『中国名詩集』岩波書店、2010年、254-255頁。ISBN 978-4000238687。
  3. 1 2 『王維詩集』(選訳)小川環樹, 都留春雄, 入谷仙介、岩波書店〈岩波文庫〉、1972年、107頁。
  4. ↑ 大川忠三 著、宇野精一 編『唐詩三百首』明徳出版社〈中国古典新書〉、1984年、151-152頁。ISBN 978-4896192995。
  5. ↑ 渡部英喜『漢詩百人一首』新潮社〈新潮選書〉、1995年、29-30頁。ISBN 978-4106004766。
  6. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 前野直彬 編『唐詩鑑賞辞典』東京堂出版、1970年、409-410頁。ISBN 978-4490100624。
  7. 1 2 3 大上正美『唐詩の抒情 ― 絶句と律詩』朝倉書店〈漢文ライブラリー〉、2013年、59-60頁。ISBN 978-4254515398。
  8. ↑ 二宮美那子, 好川聡『王維・孟浩然』明治書院〈新釈漢文大系 詩人編3〉、2020年、171頁。ISBN 9784625673283。
  9. 1 2 3 高木正一『唐詩選(中)』朝日新聞社〈朝日選書 ― 中国古典選〉、1996年、231-232頁。ISBN 978-4022590077。
  10. 1 2 石川忠久『漢詩の魅力』時事通信社、1993年、97-98頁。ISBN 978-4788793293。
  11. 1 2 石川忠久, 中西進『石川忠久・中西進の漢詩歓談』大修館書店、2004年、212-224頁。ISBN 978-4469232301。
  12. 1 2 3 猪口篤志『中国歴代漢詩選』右文書院、2009年、116-117頁。ISBN 978-4842107318。
  13. ↑ 植木久行, 宇野直人, 松原朗 著、松浦友久 編『漢詩の事典』大修館書店、1999年、87頁。ISBN 9784469032093。
  14. 1 2 NHK取材グループ 編『NHK漢詩紀行』 5巻、NHK出版、1996年、40頁。ISBN 978-4140802472。
  15. ↑ 伊藤正文 編『王維 ― 審美詩人』集英社〈中国の詩人 ― その詩と生涯 5〉、1983年、199-208頁。ISBN 978-4081270057。