竹里館

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『竹里館』(ちくりかん)は、盛唐の詩人・王維が詠んだ五言絶句[1]。親友の裴迪と唱和して編んだ詩集『輞川集』に収録された作品のなかでも、特によく知られるものの一つ[2]。

本文

竹里館
獨坐幽篁裏 独り坐す 幽篁の裏
ひとりざす ゆうこうのうち
奥深い竹やぶの中に、ひとり座っておる。
彈琴復長嘯 琴を弾じて 復た長嘯す
ことをだんじて またちょうしょうす
琴をひいたり、ひとふし吟じたりする。
深林人不知 深林 人知らず
しんりん ひとしらず
里を離れた深い林のこと、人にはわからぬ。
明月來相照 明月 来たりて相い照らす
めいげつ きたりてあいてらす[1]
明るい月が来て、照らしてくれる[3]。

去声の「嘯」「照」で押韻する[1]。

解釈

モノトーンの神秘的な雰囲気のなか[4]、俗世を離れ、自らの楽しみを他人とでなく自然と共有する[5]閑寂な心境を述べている[6]。

詩題

  • 「竹里館」 - 輞川荘にあった、竹藪の中の建物[1]。

起句

  • 「幽篁」 - 「幽」は奥深いこと、「篁」は竹林をさす[7]。『楚辞』の「九歌・山鬼」に「余幽篁に処りて終に天を見ず」とある[1]。
  • 「裏」 - 裡とも書き、「なか」を意味する[5]。ただし竹藪そのものでなく、そこにある建物(竹里館)のなかと解すべきである[3]。

承句

  • 「琴」 - 琴は棋、書、画と共に教養のある君子の嗜みとされた[5]。日本の琴に比べると小型で、長さ三尺六寸、幅六寸、七弦となる[8]。魏末の竹林の七賢のうち嵆康は琴の、阮籍は長嘯の名手とされ、この句はそれを踏まえている[2]。
  • 「長嘯」 - 口をすぼめて息を吐きながら長く声をひくこと[1][5]。六朝以降、ストレス解消の風流な仕草[9][9]、養生法とされた[10]。詩歌を吟ずるという意味も持ちうるが[1]、単に声を出すということが多い[5]。元来は口笛を吹くこと[11]。

転句

  • 「人不知」 - 他人は知らない、つまり訪れる人もないということ[5]。

結句

  • 「相」 - 「互いに」という意味はなく、動作が何らかの対象に及ぶことを指す[1]。

「独」「幽」「深」といった文字の多用により静寂さが強調されている[9]。 まず前半二句で、竹藪の中の離れ屋敷における作者の静かな佇まいを示し[12]、ひとり琴を弾き長嘯する様子から、俗世を離れた幽深な境地が描かれる[12]。次の後半二句で、そうした中でしみじみ感じられる、ただ一人の世界の興趣と[13]自然の美しさを述べる[12]。

裴迪が唱和した同詠は次の通り。

竹里館
来過竹里館 来たりて竹里館に過り
きたりてちくりかんによぎり
ここへ来て竹里館をたずね、
日与道相親 日と道と相親しむ
ひにみちとあいしたしむ
毎日「道」に親しむ。
出入惟山鳥 出入惟だ山鳥
しゅつにゅうたださんちょう
出入するのは山の鳥ばかり。
幽深無世人 幽深 世人無し
ゆうしん せじんなし[14]
奥深く静かな所だから、世間の人はここにはいない[14]。

制作

評価

『唐詩選画本』より

夏目漱石は『草枕』(1906年)でこの詩を陶淵明の『飲酒』と共に引用し、次のように記した。

余が欲する詩はそんな世間的の人情を鼓舞するようなものではない。俗念を放棄して、しばらくでも塵界を離れた心持ちになれる詩である。…(中略)… うれしい事に東洋の詩歌はそこを解脱したのがある。…(中略)… 独坐幽篁裏、弾琴復長嘯、深林人不知、明月来相照。ただ二十字のうちに優に別乾坤を建立している。この乾坤の功徳は「不如帰」や「金色夜叉」の功徳ではない。汽船、汽車、権利、義務、道徳、礼義で疲れ果てた後に、すべてを忘却してぐっすり寝込むような功徳である。

影響

この詩は『唐詩選』(巻六)、『唐詩三百首』(巻六)に採録され[9]、同じく『輞川集』に収録された「鹿柴」と共に日本でも広く親しまれている[5]。

脚注

出典

  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 松浦友久 編『唐詩解釈辞典』大修館書店、1987年、56-57頁。ISBN 978-4469032024。
  2. 1 2 井波律子『中国名詩集』岩波書店、2010年、254-255頁。ISBN 978-4000238687。
  3. 1 2 『王維詩集』(選訳)小川環樹, 都留春雄, 入谷仙介、岩波書店〈岩波文庫〉、1972年、121頁。
  4. ↑ 植木久行, 宇野直人, 松原朗 著、松浦友久 編『漢詩の事典』大修館書店、1999年、87頁。ISBN 9784469032093。
  5. 1 2 3 4 5 6 7 前野直彬 編『唐詩鑑賞辞典』東京堂出版、1970年、242-243頁。ISBN 978-4490100624。
  6. ↑ 一海知義『漢詩一日一首 〈秋〉』平凡社、2007年、183-185頁。ISBN 978-4582766288。
  7. ↑ 猪口篤志『中国歴代漢詩選』右文書院、2009年、117-118頁。ISBN 978-4842107318。
  8. ↑ 志賀一朗『漢詩の鑑賞と吟詠』大修館書店〈あじあブックス〉、2001年、28頁。ISBN 978-4469231717。
  9. 1 2 3 4 大上正美『唐詩の抒情 ― 絶句と律詩』朝倉書店〈漢文ライブラリー〉、2013年、57-58頁。ISBN 978-4254515398。
  10. ↑ 石川忠久, 中西進『石川忠久・中西進の漢詩歓談』大修館書店、2004年、148-156頁。ISBN 978-4469232301。
  11. ↑ 二宮美那子, 好川聡『王維・孟浩然』明治書院〈新釈漢文大系 詩人編3〉、2020年、613-614頁。ISBN 9784625673283。
  12. 1 2 3 高木正一『唐詩選(中)』朝日新聞社〈朝日選書 ― 中国古典選〉、1996年、232-234頁。ISBN 978-4022590077。
  13. ↑ 植木久行 著、松浦友久 編『理想への意思』東方書店〈心象紀行 漢詩の情景 3〉、1990年、48頁。ISBN 978-4497903037。
  14. 1 2 NHK取材グループ 編『NHK漢詩紀行』 5巻、NHK出版、1996年、40頁。ISBN 978-4140802472。