| bice | |
|---|---|
| 出生名 | 中島 優子 |
| 生誕 | 1972年4月11日 |
| 出身地 |
|
| 死没 | 2010年7月26日(38歳没) |
| ジャンル | J-POP、劇伴、CM音楽 |
| 職業 |
シンガーソングライター 作詞家 作曲家 編曲家 音楽プロデューサー 演奏家 |
| 担当楽器 | ギター、ピアノ、オルガン、アコーディオン、フルート、プログラミング |
| 活動期間 | 1994年 - 2010年 |
| レーベル |
フォーライフ・レコード UNDER FLOWER RECORDS ポニーキャニオン アウトグループ・レコード(解散) 徳間ジャパンコミュニケーションズ コロムビアミュージックエンタテインメント |
| 事務所 |
トイズオフィス UNDER FLOWER RECORDS PRIME ROSE 楽(ガク)/シーグリーン Music Ad Agency (LD&K) |
| 共同作業者 | 渡辺善太郎 田中謙次 |
| 公式サイト | bice.jp |
bice(ビーチェ、1972年4月11日 - 2010年7月26日)は、日本のシンガーソングライター、作詞家、作曲家、編曲家、演奏家、音楽プロデューサー。埼玉県出身。血液型はB型。本名は来嶋 優子(きじま ゆうこ)(旧姓:中島)[1][2]。
1994年に旧姓名の中島優子でシンガーソングライターとしての活動を開始し、同年6月、全曲の作詞・作曲を自身で手がけたアルバム、『おいつけ! おいこせ!』でフォーライフ・レコードからデビュー。初期の快活なポップス路線から、Oh! penelopeとの共同制作をきっかけにロック色を強めてゆき、自ら編曲・プロデュースにも関るようになっていった。またボーカルスタイルも辻睦詞のアドバイスにより[3]、後にbice名義作品の特徴となるウィスパーボイス的な歌い方が中島名義最後の作品となった『チャームレス?』(1996年)の数曲で試みられた。
1998年4月、自身の音楽嗜好により忠実な音楽を追求するべくbiceへ改名し、アンダーフラワーからミニアルバム『Spotty Syrup』を発表。大手CDショップの店舗チャートの上位に食い込む小規模なヒットとなり[4]、同年7月にポニーキャニオンからマキシ・シングル『bice』でメジャーへ再進出。2000年、当時設立されたばかりのソニー傘下のメジャーレーベル[5]、アウトグループ・レコードに移籍したが、それから半年も経たずして親会社アウトサイドが突然解散したため[6]、発表したばかりのシングル『ツイオク』はすぐに廃盤、リリース目前であったアルバムは発売中止となり[7]、再移籍を余儀なくされた。2001年に徳間ジャパンへ移籍後は、発売中止を乗り越えたアコースティック基調のスタジオ作品『Nectar』、自宅録音を中心とした意欲作『let love be your destiny』と代表作となる2枚のアルバムを発表し、評価を確立する。この2枚を聴き、その才能に瞠目した小西康陽の招きにより[8][9][10]、columbia * readymadeに移籍し、2008年に最後のアルバムとなった『かなえられない恋のために』を発表した。
1997年から自身の活動と平行して、他のアーティストへの楽曲提供、編曲を始める。また渡辺善太郎のソロプロジェクトatamiや、カジヒデキ、SUGIZO[11]、NORTHERN BRIGHTなどの作品への歌手としての参加、英国のフォーク・バンド、チューダー・ロッジの日本公演の演奏サポート、テレビドラマやテレビアニメのサウンドトラック(一部はアンネ名義)、CM音楽の製作など多岐にわたった活躍を見せ、2004年には、作編曲・歌・ナレーションを担当した松下電器産業(現 パナソニック)のCMが第33回フジサンケイグループ広告大賞メディアミックス部門グランプリを受賞した。
2010年7月26日、心筋梗塞のため自宅で死去していたことが、夫である来嶋勇人により公式ホームページにて7月30日に公表された。ブログ更新から2日後の急死であった。38歳没。葬儀・告別式は近親者のみで行われ、2010年8月8日、関係者により「biceを送る会」が営まれた。一周忌にあたる2011年7月26日、公式HPが追悼サイトにリニューアルされた。
武蔵野音大付属幼稚園時代から音楽に親しみ、隣人から貰ったオルガンを弾き始める。その後すぐクラシック・ピアノを習い始め、小学校中学年からフルートも習う[12]。中学生のときにYAMAHA Portatoneを買いシンセの音色に興味を持つようになり、ラジカセ2台で多重録音を始める。中学2年で作詞・作曲したオリジナル曲「AGE」により、1987年TEENS' MUSIC FESTIVALの東京地区予選大会でベストアイドル賞を受賞。高校生になってからはTASCAM Porta 05を買い、知人からKORGのリズム・マシンを譲ってもらいMTRに録音するようになった。その後KORG T2を買いシーケンサーを使って曲を作るようになり、プロとして活動する頃にはMacintoshに移行していった[13]。
以下の各編曲作品には、コーラス、アコースティック・ギター、エレクトリック・ギター、ピアノ等でも参加
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