I女性会議

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I女性会議
設立 1962年4月14日
種類 女性団体、任意団体
目的 女性の権利拡大
本部 東京都文京区本郷2-27-2 東眞ビル5F
共同代表 奥節代、中村ひろ子
関連組織 日本社会党→(社会民主党・立憲民主党)
平和フォーラム
ウェブサイト 公式ウェブサイト
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I女性会議(あいじょせいかいぎ)は、日本の女性権利団体。1962年4月14日に「日本婦人会議」として設立され、日本社会党を支持する女性団体であった[1][2]。2002年に現在の団体名に改称した。

概要

1962年1月20日日本社会党は第21回党大会を開催し[3]、同大会で同党婦人部から「社会党には婦人の支持票が400万以上あるが、安保反対の闘いで『人権を守る婦人協議会』に結集した婦人の力や母親運動を考えれば、単なる支持票としておかず、これを組織することが必要ある」との動議が出された。党はこれを取り上げ、同月、外郭団体として結成するとの決定を下した[4]。

その後、一旦は外郭の女性団体設立の方針は取り消されたものの、同年4月14日には「日本婦人会議」(にほんふじんかいぎ)が結成された。同組織は、集団指導体制をしくことが決まり、田中寿美子(後に日本社会党中央執行副委員長)、松岡洋子、岸輝子、深尾須磨子、羽仁説子、高田なほ子(日教組初代婦人部長・同党党員)、野口政子、田所八重子の8人が議長に選ばれた[5][1][4]。結成大会では、「平和憲法のもとに、婦人の地位向上と解放のため、全日本の婦人の力を結集することを目的」とし、「社会党の支持団体としてではなく、自主的な女性の大衆組織」とすることが宣言されたものの、実態は社会党支持の女性団体であった[2]。日本の女性運動は1960年代初めから政党の系列化が進んでおり、自由民主党は「全日本婦人連盟」を、民社党は「日本婦人教室の会」を設立していた(後述)。

1972年の市川房枝の著「私の婦人運動」によると、日本社会党は日本婦人会議、日本共産党は「新日本婦人の会」を外郭団体としており、相互支援関係にあると記している[2]。

2002年に「I女性会議」に名称を変更した。I女性会議の「I」は、私自身、女の友愛、真実を見抜く目を意味するという。全国組織であり、東京都に中央本部を置くほか全国各地に支部を有する。機関紙は「I女のしんぶん」(月2回発行)。

護憲の立場をとり、平和憲法を遵守し、女性差別撤廃条約や男女共同参画社会基本法の概念が日本社会に浸透するために活動している[6]。また、日本軍の慰安婦問題、子どもの買春、ドメスティック・バイオレンス、人身売買問題など過去から現代に至るまでの女性に対する暴力を批判し、これをなくす為の活動をしている。また合成洗剤に端を発する環境問題や富士見産婦人科病院事件などの女性の身体の自己決定権をめぐる問題に関しても対処していくと言う[7][8]。

女性政治家を増やすことを目指しており、田中寿美子(社会党)、高田なほ子(社会党)や清水澄子(社会党、社民党)などを会から輩出した。現在では日本社会党の系譜である社会民主党や立憲民主党の両党を主に支持している。2024年時点で、立憲民主党が支援したI女性会議香川県本部議長出身[9]、東京本部副部長兼任[10]の地方議員がいる。


主な共闘団体に同じく、立憲民主党、社民党などを支持する平和フォーラムやふぇみん婦人民主クラブがある。

部落解放同盟とも共闘関係にあり、両者ともフォーラム平和・人権・環境の加盟団体である。徳島・人権平和運動センター、立憲民主党徳島県総支部連合会、社会民主党徳島県連合、部落解放同盟徳島県連合会の5団体による組織も徳島県にて結成している[11]。

また、連合と全労連の双方が加盟している国際婦人年連絡会に加盟しており、国内では日本共産党系の女性団体の新日本婦人の会、日本生活協同組合連合会、日本カトリック女性団体連盟、日本聖公会女性団体連絡協議会、全国婦人相談員連絡協議会、全国女性税理士連盟、日本女性科学者の会、日本女医会、日本女性法律家協会、国際的には婦人国際平和自由連盟(WILPF)や国連女性の地位委員会、国連ウイメン日本協会東京らとも交流関係にある[12]。

政党系列の女性団体一覧

1960年代に日本の女性運動は政党の系列化が進んだ。以下は各団体の一覧である[4][13][14][15][16][5]。

名称設立日政党役員備考
全日本婦人連盟1960年11月2日自由民主党初代代表幹事:中河幹子
日本婦人教室の会1961年4月13日民社党初代会長:赤松常子1969年に「日本民主婦人の会」に改称。
日本婦人会議1962年4月14日日本社会党初代議長:田中寿美子ほか計8人2002年に「I女性会議」に改称。
新日本婦人の会1962年10月19日日本共産党初代代表委員:平塚らいてうほか計6人
日本主婦同盟1968年10月7日公明党初代議長:上原京子
働く婦人の会1968年10月16日公明党初代委員長:平光レイ子

脚注

  1. 1 2 『全国組織婦人団体名簿』 1981, pp. 10–11.
  2. 1 2 3 「私の婦人運動」- p189, 市川房枝 1972
  3. ↑ 『月刊社会党』1975年11月号、日本社会党機関紙局、211-258頁、「日本社会党の三十年・年表」。
  4. 1 2 3 『航路二十年』 1967, pp. 221–223.
  5. 1 2 “写真でみる50年のあゆみ 1”. I女性会議. 2024年2月22日閲覧。
  6. ↑ さかきばら法律事務所公式サイト GAL 一途な活動家 清水澄子さんを偲ぶ (その2)(2013.05.15)(2021年10月閲覧)
  7. ↑ こんな集まりです。I女性会議公式サイト(2021年10月閲覧)
  8. ↑ あゆみI女性会議公式サイト(2021年10月閲覧)
  9. ↑ “綾川町議会議員選挙(香川県) - 立憲民主党”. cdp-japan.jp. 2024年5月27日閲覧。
  10. ↑ “調布市市議会議員候補 立憲民主党公認 榊原登志子オフィシャルサイト”. t-sakakibara.com. 2024年5月27日閲覧。
  11. ↑ “<徳島>2・11を考える集会 〜9条と24条テーマに:最新情報|部落解放同盟中央本部”. www.bll.gr.jp. 2024年5月27日閲覧。
  12. ↑ 加盟団体国際婦人年連絡会公式サイト(2021年10月閲覧)
  13. ↑ 『全国組織婦人団体名簿』 1965, p. 25.
  14. ↑ 『日本婦人有権者同盟年表 参政権と歩んだ40年』 1985, p. 73.
  15. ↑ 『全国組織婦人団体名簿』 1981, pp. 8–9.
  16. ↑ 『全国組織婦人団体名簿』 1981, pp. 13–15.

参考文献

  • 市川房枝 編『全国組織婦人団体名簿』財団法人婦選会館、1965年12月17日。 
  • 婦選会館調査出版部 編『全国組織婦人団体名簿』財団法人婦選会館、1981年8月。 
  • 金子幸子、黒田弘子、菅野則子、義江明子 編『日本女性史大辞典』吉川弘文館、2008年1月10日。ISBN 978-4642014403。 
  • 『航路二十年―婦人民主クラブの記録』婦人民主クラブ、1967年11月1日。 
  • 『日本婦人有権者同盟年表 参政権と歩んだ40年 1945年~1985年』日本婦人有権者同盟、1985年11月3日。 

関連項目

外部リンク