| pha | |
|---|---|
| 誕生 |
1978年12月31日(46歳)[1] |
| 言語 | 日本語 |
| 教育 | 学士(総合人間学) |
| 最終学歴 | 京都大学総合人間学部 |
| 活動期間 | 2012年 - |
| ジャンル | 随筆 |
| デビュー作 | 『ニートの歩き方』 |
| 公式サイト | https://pha22.net/ |
pha(ふぁ、1978年12月31日[1] - )は、日本のブロガー、作家。元「日本一有名なニート」[3][4]。シェアハウス「ギークハウスプロジェクト」発起人[5]。
大阪府大阪市出身[2]。1997年、「暇つぶしで[1]」「ゲーム感覚で[4]」受験勉強をした結果、大阪府立大手前高等学校卒業[2]後、京都大学総合人間学部入学[2][6]。翌年に京大熊野寮入寮[2][6]。学生寮時代の「家に戻ると誰かが適当に遊んでいる。そんな雰囲気が好きだった[7]」「まともに就職をせず食っていく道もあるんだなっていう気付き[8]」などの体験が、後のギークハウスプロジェクトや、作家活動の着想となった。
2003年、大学卒業から半年後[2]、大阪府内[8]の国立大学職員[1]として就職。いやいや社内ニートを続け[2]ていた中、2006年7月、その就職先の部署異動に伴いタイ・バンコクに移住[1][8][9][10]。「さまざまな国の、さまざまな人の生き方[1]」に衝撃を受け、独学でプログラミングを学び、複数のウェブサービスを開設した[4]。2007年7月に大学を退職[11]し、東京に移住[2]。この頃より「ニート」を自称する[8]。この間、「新しい住まいのあり方について考えるニートの会」を自称し、静岡県熱海市で格安の中古マンションを購入している(後に売却)[12]。
2008年、東京都町田市の元外国人向けマンション[8]を借り、最初のギークハウスプロジェクト「ギークハウス南町田」を開始[13]。2009年から、phaの生活を取り上げたテレビ番組が相次いで放映される(テレビ出演履歴は後述)。
phaは「用がなくてもふらっときてもらえる雰囲気が、人の集まる場所として重要。でもここ(引用注:南町田)にはなにか用事がないときてもらえない[8]」として、2010年に南町田を離れ、東京都心部の借家[8]で「ギークハウス東日本橋[14]」を立ち上げた。2012年、初の著書『ニートの歩き方』を刊行(以降の著書は後述)。同年に伊藤洋志とともに和歌山県で一軒家を借り上げ、自分たちでリフォームをして共同の合宿所として使い始めたほか、livedoor Blogのブログ観光大使としてタイのプーケットに派遣された[15]。
2013年、35歳になり統計上のニートの定義を外れたことと、収入や仕事が増え始めたことを理由としてニートの肩書きを使うのをやめる[8]。またこの時期、家主の都合のためギークハウス東日本橋を閉じ、「ギークハウス豊島園[8]」に生活拠点を移転。2015年12月[16]には、「住環境としてはダメでも、人が集まる空間でさえあれば楽しくやっていける[8]」との信念のもと、東京都台東区のビル倉庫を借り受け、中にテントを張って住み着くようになり、そこを「ギークハウスZERO」と名付けた。
2017年6月、音楽グループ「NUITO」の平井慶一郎とともに東京都台東区浅草橋で新たなシェアハウス「コロニー[8][17]」を立ち上げる。phaは立ち上げ2年後の2019年4月末に、「シェアハウス疲れる。年齢的なものもあるかもしれない[18]」「あえて一人暮らしをする、ということのほうが自分にとって新しくてワクワクする[19]」として、コロニーを退去し、東京都杉並区阿佐谷の借家[8]で一人暮らしを開始した。同年、初の小説集『夜のこと』を私家版として上梓し、翌年に一般発売。 2019年10月、作家仲間、編集者らと5人組ロックバンド「エリーツ」を結成し、ライブ活動を始める[20]。phaはドラムス担当。他のメンバーは滝本竜彦(キーボード)、佐藤友哉(ギター)、海猫沢めろん(ギター)、編集者・通称「ロベスピエール」(ベース)。
2023年、東京・高円寺の書店、蟹ブックスのスタッフとして勤務している。2024年『どこでもいいからどこかへ行きたい』(刊行は2020年)にて、第15回エキナカ書店大賞を受賞[21]。
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