| あの、夏の日 とんでろ じいちゃん | |
|---|---|
| 監督 | 大林宣彦 |
| 脚本 |
石森史郎 大林宣彦 |
| 製作 |
芥川保志 大林恭子 |
| 音楽 | 學草太郎 |
| 撮影 | 坂本典隆 |
| 配給 | 東映 |
| 公開 |
|
| 上映時間 | 123分 |
| 製作国 |
|
| 言語 | 日本語 |
『あの、夏の日 とんでろ じいちゃん』(あの なつのひ とんでろ じいちゃん)は、大林宣彦監督の映画作品。「新尾道三部作」の第3作。原作は山中恒の小説『とんでろ じいちゃん』[1]。
1998年の尾道市制100周年を記念し、“新尾道三部作”と称して“尾道三部作”(『転校生』・『時をかける少女』・『さびしんぼう』)に倣った尾道を舞台にする3映画作品が製作されることになり、それに伴い『ふたり』・『あした』に続く最終作として製作されたのが本映画である。1998年の夏に撮影が行われ、1998年12月13日に試写会が行われた[2]。
それまでに制作された“尾道三部作”・“新尾道三部作”の計5作品とは異なり、主人公には老父とその孫を登用した、幻想的な展開の作品になっている。また、それまでの映画ではほとんど使われていなかった尾道弁も頻繁に表れている。
なお原作者は、この作品が尾道を舞台に映画化するという提案を受けたとき、内容が破天荒なこの作品で本当にいいのかと、問い返したとされている。
文部省(現・文部科学省)選定。日本PTA全国協議会特別推薦、厚生省(現・厚生労働省)・中央児童福祉審議会推薦、青少年育成国民会議推薦、全国防犯協会連合会推薦映画[注 1]。
冒頭のテロップで、「20世紀を生きたおじいちゃんと、21世紀を生きるこどもたちにこの映画を贈る」と表記される[注 1]。
なお、原作は尾道ではなく西方町という架空の市町村が舞台となっている。
おじいちゃん(大井賢司郎)に認知症の症状が見られるということを知った大井由太の両親はおじいちゃんのお見舞いに行こうとする。しかし、2人とも仕事が忙しくて父の故郷である尾道までどうしても行くことができない。そこで、いつも一人で考え事をしていて、「ボケタ」とあだ名をつけられた孫の由太が、夏休みの間おじいちゃんのもとへ行くことに。
尾道の祖父宅に着いた由太は、おじいちゃんと会話して「しっかりしてるようだけど本当にボケちゃったのかな?」と半信半疑。そんな由太に、おじいちゃんは「わしはボケとらん!」と言った後、子供時代のタマムシの思い出を聞かせ、「夢のまきまきに…」と古い歌を口ずさむ。その日から由太は、おじいちゃんとスイカを食べたり花火をして尾道の夏を過ごしていくが、そこで不思議なことをたくさん知ることになる。
ある日メダカ取りに誘われて家の外に出る由太だが、おじいちゃんが呪文[注 2]を唱えた途端体がフワッと浮いて空と時間を飛び超える。過去の向島にたどり着いたおじいちゃんと由太(以下、2人と表記)は、おじいちゃんの少年時代の悪友・多吉や喋るコイ、父の子供時代の学友たちに出会う[注 3]など不思議な体験をする。おじいちゃんの呪文で祖父宅(現在)に戻った由太は「さっきのは夢?」と思うが、後日向島の住民の話で数十年前に多吉が実在したことを知る。その人の話では、「多吉は1922年[注 4]に長恵寺(ちょうけいじ)の弥勒像の右の小指を誤って紛失し、バチが当たって翌日死んだ」という。
多吉やおじいちゃんの過去に興味を持った由太は、おじいちゃんの不思議な力で再び時空を超えて過去の向島に訪れる。向島で少年時代のおじいちゃん(以下、〈賢司郎〉と表記)を見つけた2人は、彼の行動をこっそり覗き見することに。多吉に呼ばれて長恵寺に行った〈賢司郎〉は、弥勒像の右手に留まるタマムシを取ろうとする。しかし誤って像の右小指を紛失した〈賢司郎〉は、多吉から「身代わりになるから口止め料がほしい」との頼みを聞いてしまう。
その後由太は、〈賢司郎〉と病弱な少女・お玉との淡い恋模様を目撃し、「夢のまきまきに…」の歌がおじいちゃんとお玉の思い出の歌だと知る。お玉は「秋まで生きること」を〈賢司郎〉と指切りげんまんするが、約束が果たされることなく秋になる前に天国に旅立ってしまう。由太と現在に戻ったおじいちゃんは、「わしが弥勒像の小指を失くしたからお玉が死んだに違いない」と自分を責める。
しかし違和感を感じた由太はおじいちゃんを励ました後、真実を確かめに〈賢司郎〉がタマムシを取りに行く直前の長恵寺へと向かう。すると像の右小指を壊した真犯人は多吉で、〈賢司郎〉はその罪をなすり付けられていたことが判明する。真実を知ったおじいちゃんは安堵し、おじいちゃんの少年時代を知ることができた由太も満足する。
2人が現在に戻った後、長恵寺では突然像の右小指が見つかり、弥勒像の右手は修復されて無事元通りになる。その後おじいちゃんは倒れてとうとう亡くなり、由太はこの夏を通しておじいちゃんが尾道を大事に思っていることや自分で体験することの大切さ、人生の輝きと儚さなど子供ながらに色々と学んだ。そして由太は、おじいちゃんと過ごした夏の日や、2人で飛んだ尾道の空を思い出に東京へと帰っていく。数日後、由太が自宅の窓からふと外を見上げると、亡くなってから空を飛ぶおじいちゃんとの思わぬ再会に笑顔を見せるのだった。
当時中学生であった宮崎あおいのヌードシーンが含まれており、宮崎がブレークした後にお宝発掘のような形で、雑誌やファンの間で一時話題となったこともあった(とは言っても、大事な部分は草や手で隠されている)[要出典]。
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