ミッキー・カーチス

ウィキペディアから、無料の百科事典
ミッキー・カーチス
Mickey Curtis
ミッキー・カーチスMickey Curtis
本名 マイケル・ブライアン・カーチス(出生名?)
加千須 ブライアン(かちす ぶらいあん)
別名義 五十嵐 信次郎
川路 美樹
ブライアン・カーチス
ミッキー亭カーチス
加千須 岩水
生年月日 (1938-07-23) 1938年7月23日(88歳)
出生地 日本の旗 日本・東京府東京市赤坂区(現在の東京都港区)
身長 167 cm
血液型 O型
職業 ミュージシャン・俳優
ジャンル ロック・テレビドラマ・映画
事務所 ワタナベエンターテインメント
受賞
TAMA映画祭
最優秀作品賞

2020年『海辺の映画館―キネマの玉手箱』
テンプレートを表示

ミッキー・カーチス(Mickey Curtis[1]、1938年7月23日 - )は、イギリス系日本人のロック歌手、音楽プロデューサー、作曲家、ギター・フルート・ウクレレ奏者、俳優[2]。

出生名[要出典][注釈 1]はマイケル・ブライアン・カーチス(Michael Brian Curtis)、帰化後の本名は加千須 ブライアン(かちす ぶらいあん)。東京府東京市赤坂区(現在の東京都港区[3])出身。2022年10月より北海道名寄市に在住[4]。

作詞家としては川路 美樹(かわじ みき)、レーサーとしてはブライアン・カーチス、落語家としてはミッキー亭 カーチス、華道家としては加千須 岩水(かちす がんすい)を名乗る。主演作品である『ロボジー』出演時に使用した五十嵐 信次郎(いがらし しんじろう)[5][3]は、出生名が英語でありハーフであることから戦時中に非国民とされていじめを受け、日本語の名前と日本人に憧れて子供の頃に作ったもの[6]。キャロルやガロらをプロデュースし、5か国語(英・仏・独・伊・泰)が堪能で、趣味が絵画制作[7][8]、カーレース、射撃、オートバイ、彫金、ハーモニカ、養蜂、ピラミッド・パワー研究、宇宙考古学など多彩である[9]。

来歴

『タレント名鑑 第1』1962年

生い立ち

1938年(昭和13年)、日英混血のバーナード三浦(父)と、同じく日英混血の百合子(リリー)ブライアン(母)[10][11] の長男として生まれ、生後まもなく兵庫県神戸市在住の父方の祖母である三浦レオニー(日本におけるイギリス刺繍の第一人者で、昭和48年度の神戸市文化賞受賞者)に預けられる[12]。父方の祖父の三浦昇三は鉄道省国際観光局による観光通訳案内業試験の第1回合格者で、英作家サマセット・モーム、英俳優ノエル・カワード、のちのオランダ女王ベアトリックス王女、ベルギー国王ボードゥアン1世、元米大統領夫人エレノア・ルーズベルトらの通訳を務めた[13]。

1942年、第二次世界大戦中に父・母・姉とともに中国の上海へ渡り、共同租界で生活する。戦況が悪化する中で実父がロシア人女性と駆け落ちしてしまったため、家族の体裁を繕うためイギリス国籍の男性を義父として迎える[14]。終戦直後の1945年秋に一家四人で日本へ帰国し、東京都 荻窪の母方の親戚宅に身を寄せる[12]。1946年、東京都 千歳烏山に転居。以後、長く住む。

1950年、和光学園小学校の5年生に編入学[12]。中学校の時にギターを弾くようになり、和光高等学校に在学中の1955年頃、ティーブ釜萢が校長を務めた「日本ジャズ学校」に通う[12]。1958年、成城大学の文芸学部文芸学科映画科に入学するも後に中退[15]。大学時代の同級生には大林宣彦がいた[3]。

「ロカビリー3人男」

学生の頃からカントリーを歌って米軍キャンプ巡りやジャズ喫茶に出演したりしていたが、徐々に音楽活動が認められロカビリー歌手として1958年の第1回日劇ウェスタンカーニバルに出演[16]。当時は平尾昌晃、山下敬二郎と共に「ロカビリー3人男」として高い人気を誇った[17]。1960年には第11回NHK紅白歌合戦に出場。この第11回はラジオ中継の音声が残されており、2004年にもカーチスの歌声がNHKのラジオ番組で紹介されている[出典無効]。

多彩な活躍

1958年に歌手としてプロデビューしてから間もなく、俳優やタレントとしても活動し始めており、その頃に共演者の雪村いづみとのロマンスが話題となり婚約まで交わしたが後に解消している。その後、1962年に『ザ・ヒットパレード』(フジテレビ)の初代司会者として共演した縁で芳村真理と結婚。1児をもうけたものの、1964年にわずか2年弱で離婚している。

デビュー当時のバックバンドはロカビリーバンドのクレイジー・ウエスト(加藤茶が在籍していた)であったが、1962年頃にはバックバンドを再編して「ミッキー・カーチスとシティ・クロウズ」を結成し、ラウンジジャズなどを演奏するアルバム・レコードを発表している。1966年にはヴァンヂャケット提供のテレビ音楽番組「VAN MUSIC BREAK」にて、メンバーチェンジを経てバンド名を「ヴァンガーズ」に変更した上で東アジアを渡辺貞夫らと演奏旅行する様子が放送された。その後、香港およびバンコクに長期滞在して演奏活動を行い、1967年に一時帰国してメンバーを刷新して「ミッキーカーチス&サムライ(当初はミッキー・カーチスとザ・サムライズ)」を結成する[18]。シングルやアルバムのレコード用の録音を終えると、直ちにヨーロッパへ旅立って各地を巡るツアーや特定の地域に腰を据えた長期公演を行う[19]。メンバーの入れ替わりがありながらも、西ドイツでは二枚組のアルバム・レコードを製作し、イタリアおよびイギリスではシングル・レコードを発表する。やがて活動資金が尽きて1970年に帰国した後は、新たなレコード用の録音と短い期間の公演活動を行って解散した。

その後は、村井邦彦らとマッシュルーム・レコード創立に参画したり、成田賢に提供した曲『地球最後の日』が合歓ポピュラ-フェスティバル[20] で新人賞を受賞したり、音楽プロデューサーとして小坂忠や外道など数多くのアーティストを手掛け1970年代後半には自身がプロデュースした作品をリリースする専門レーベルROPPONGI CITY RECORDSを立ち上げたり、と業界を支えて活性化させるような立場に比重を移していった。

2024年、細野晴臣作曲の12年ぶりの新曲『面影ノスタルジア』が主題歌の短編映画『運命屋』で主演を務める。米国のニューヨーク・インディペンデント・シネマアワードで最優秀俳優賞を受賞[21]。同年、第30回記念マスターズ大東京展に出展した自画像『ピエロ』が毎日新聞社賞を受賞[22]。

俳優・落語家

俳優として『野火』、『独立愚連隊』、『スワロウテイル』、『お墓がない!』、『死に花』など多数の映画に出演。特に岡本喜八の監督作品では、1作目の『結婚のすべて』(1958年)以来の常連俳優であった[3]。

また、学生時代から付き合いのある大林宣彦の監督作品では、映画『あの、夏の日 とんでろ じいちゃん』(1999年)、テレビドラマ『淀川長治物語 神戸篇 サイナラ』(1999年)[23]、AKB48のミュージック・ビデオ『So long !』(2013年)などに出演し、遺作の『海辺の映画館ーキネマの玉手箱』(2020年)にも顔を出している。

映画とテレビドラマに関しては、1960年代中盤から1980年代中盤まで出演が途切れているが、その理由を「プロデューサーが金を持ち逃げしてギャラを払ってもらえないなど嘘つきが多い映画界が嫌になっていた」と説明している[3]。

舞台演劇の出演作は、映画やテレビドラマほど多くなく(10作品ほど)その殆どがミュージカルであるが、2013年には極めて珍しく、シェイクスピア喜劇『Dステ14th「十二夜」』に出演している。

落語に関しては、立川流落語会家元の立川談志との出会いにより、落語家「ミッキー亭カーチス」として「立川一門会」Bコースで1998年に真打昇進している。元々、学生時代は学校をサボって寄席通いするほど落語好きで、単位が足りなくなった時も一席やって教師から単位を貰えるほどだったという[要出典]。

趣味

趣味は多岐に亘るが、高じて1960年代には「タレントレーサー」としていすゞ自動車とワークス契約を結んだことがあり、1980年代には東京都目黒区にオートバイショップ「ブライアン・カーチス」を開いていたこともあり、2020年代には絵画の個展を何度も開き新聞社賞を受賞したりもしている。

家族

両親共に日本人とイギリス人のハーフ[24]。姉が一人いる。

1962年に芳村真理と結婚したが、1964年に離婚。芳村との間に授かった息子は元歌手の大伴修。

1971年にタレントの西野美代子[25](ミカカーチス)と再婚したが、2002年に長い訴訟を経て離婚。西野との間に授かった長男は元ミュージシャンでいしだ壱成らとバンドを組んでいた加千須ユージン(邑壬カーチス)[25]。次男のトム・カーチス[25]はベーシスト。

2008年1月下旬に33歳年下のピアノ講師[25]と再々婚した。

出演

テレビドラマ

映画

バラエティ

NHK紅白歌合戦出場歴

年度/放送回曲目対戦相手
1960年(昭和35年)/第11回 恋の片道切符 森山加代子

ラジオ

ラジオドラマ

  • ぼくのまわりで楽しい音が(1961年)

書籍

PV

ゲーム

  • the FEAR (2001年) - ホームレス 役

その他

ディスコグラフィー

「ミッキーカーチス&サムライ」名義で発売した作品はミッキーカーチス&サムライ#ディスコグラフィーを参照(1967年~1971年)。

SP

  • ミッキー・カーチスとクレージー・ウェスト / 月影のなぎさ/小熊のテデー(1958年2月。日本ビクター A-5228)
  • ミッキー・カーチス / 君は我がさだめ/おおジュリー(1958年4月。日本ビクター A-5231。B面のバックはブライト・リズム・ボーイズ)

シングル

  • ミッキー・カーチス / 君は我がさだめ/おおジュリー(1958年4月。日本ビクター AS-6014)
  • ミッキー・カーチスとデューク・エイセス / 浮気なパトリシア/ファースト・ロマンス(1958年11月。日本ビクター AS-6019)
  • 雪村いづみとミッキー・カーチス / 恋の片道切符/ミッキー・カーチス / おおキャロル(1960年2月。日本ビクター AS-6024)
  • ミッキー・カーチスとブライト・リズム・ボーイズ / G.I.ブルース/イッツ・ナウ・オア・ネヴァー(1961年2月。日本ビクター VS-457)
  • ミッキー・カーチスとブライト・リズム・ボーイズ / カレンダー・ガール(1961年6月。日本ビクター VS-507。B面は島田マリ「素敵なひととき」)
  • ミッキー・カーチス / それだけの幸せ/また陽がおちる(1972年。ヴァーティゴ/日本フォノグラム FX-5)
  • ミッキー・カーチス / みんなのアイドル/全ては時の流れるまま(1972年。ヴァーティゴ/日本フォノグラム FX-12)
  • ミッキー・カーチス&ポーカーフェイス / 雨の日には・・・/スーパー・センチメンタル(1976年。ブラック/テイチク BC-1007)
  • ミッキー・カーチス&ポーカーフェイス / 北風/知りたくないの(1976年。ブラック/テイチク BC-1036)
  • ミッキー・カーチス / ヴァイブレイション/ここはオアシス(19??年。六本木シティ/日本フォノグラム FW-2509)
  • 平尾昌晃、ミッキー・カーチス、山下敬二郎 / 上陸!ロックン・ロール・タイフーン/聖者の行進(1977年6月。CBS/SONY 08SH-158。A面は1950年代〜1960年代のロックンロールのヒット曲のメドレー。平尾昌晃、山下敬二郎と共演)
  • Bryan Curtis / One Way Ticket(1989年。Brian Curtis Records BCM-001。)
  • KANREKIロック/ダンシン ワルツ(1998年6月24日。PANAM/日本クラウン CRDP-190。作詞:高田文夫、作曲:ミッキー・カーチス)

EP

  • ミッキー・カーチスとクレージー・ウェスト / 森の小径~好きだった~月影のなぎさ~小熊のテデー(1958年3月。日本ビクター EV-2011)

ソノシート

  • 芳村真理、ミッキー・カーチスとシティー・クローズ / 歌う大西部!―ミッキー西部へ行く―(196?年。協同ミュージック KMG-1。4枚組)

アルバム

  • ミッキー・カーチスとアイビー・ファイブ / 土曜はミッキーと(1958年7月。日本ビクター LV-21)
  • ミッキー・カーチス / ミッキーの童謡(1961年3月。日本ビクター LV-181)
  • 高山礼至、ミッキー・カーチスとシティー・クローズ / 魅惑のアコーディオン(1962年11月。日本コロムビア ALS-163)
  • ミッキー・カーチスとシティー・クローズ / リズムで踊ろう(1963年2月。東芝音楽工業 JPO-1263)
  • ミッキー・カーチスとシティー・クローズ / 今宵浜辺で(1963年4月。東芝音楽工業 JPO-1273)
  • ミッキー・カーチスとシティー・クローズ / ミュージカル・ヒット・パレード(1964年3月。日本ビクター SLJ-5082)
  • ミッキー・カーチス / 耳(1972年。ヴァーティゴ/日本フォノグラム FX-8602)
  • 平尾昌晃、ミッキー・カーチス、山下敬二郎 / ロックンロール~甦るロカビリー3人男(1972年11月。キング SKW-53/4)
  • ミッキー・カーチス&ポーカーフェイス / ファースト・ゲーム(1976年。ブラック/テイチク BAL-1008)
  • ミッキー・カーチス&ポーカーフェイス / スーパー・センチメンタル(1976年。ブラック/テイチク BAL-1017)
  • ミッキー・カーチス&ポーカーフェイス / マラカイボ・マジック(1976年。ブラック/テイチク BBL-2004)
  • ミッキー・カーチス&ポーカーフェイス / ロックン・ロール・スペシャル(1977年。ブラック/テイチク BBL-2007。カバーアルバム)
  • ミッキー・カーチス&ポーカーフェイス / ロックン・ロール・スペシャル Vol.2(1977年。ブラック/テイチク BBL-2009。カバーアルバム)
  • ミッキー・カーチス&ポーカーフェイス / カントリー・スペシャル(1977年。ブラック/テイチク BBL-2012。カバーアルバム)
  • ミッキー・カーチス&ポーカーフェイス / ロックン・ロールハリケーン(19??年。六本木シティ/日本フォノグラム S-5005。ライブ・アルバム)
  • 平尾昌晃、ミッキー・カーチス、山下敬二郎 / 甦るロカビリー3人男(1977年。キング SKM-1410/1)
  • ミッキー・カーチス&山本剛 / オータム・コレクション(1990年。Brian Curtis Records BCM-0100)
  • ミッキー・カーチス / FROM THE MOON FOR THE TREES JUST ROCK'N ROLL(1994年10月5日。BMGビクター BVCR-3103/4。40周年記念アルバム)
  • ミッキー・カーチス / Mr.RAINBOW(1996年8月21日。BMGビクター BVCR-766)
  • ミッキー・カーチス / The CRAZYCURTIS Band(2005年12月1日。TRCL-0026)

プロデュース

  • 「GAROファースト」ガロ(1971年)
  • 「GARO2」ガロ(1972年)
  • 「ルイジアンナ」キャロル(1973年)
  • 「ファンキー・モンキー・ベイビー」キャロル(1973年)

※他にもジプシー・ブラッド、小坂忠、ファーラウト、成田賢、外道、シーナ&ザ・ロケッツ、左とん平など

スーパーヴィジョン(監修・監督)

演じた俳優

参考文献

  • 『ガンヘッド コンプリーション』ホビージャパン〈ホビージャパンMOOK1372〉、2024年3月29日(原著2013年)。ISBN 978-4-7986-3483-8。 

関連項目

脚注

注釈

  1. ↑ 両親ともにカーチス姓ではないので「出生名」はあり得ない。よって根拠の明示が必要である。

出典

  1. ↑ 日本語表記は「カーティス」、英語表記は「Micky」や「Miki」が用いられることもある。
  2. ↑ 編集部, News Online. “本日7月23日はミッキー・カーチスの80回目の誕生日”. ニッポン放送 NEWS ONLINE. 2026年9月11日閲覧。
  3. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 ガンヘッドコンプリーション 2024, pp. 68–69, 「キャストインタビュー ミッキー・カーチス」
  4. ↑ “ミッキー・カーチス、脳出血で余命7か月宣告も「そうだったの」 映画に凝縮された86年の人生”. ENCOUNT. 株式会社Creative2. 2024年11月7日. 2024年11月7日閲覧.
  5. ↑ “矢口史靖監督最新作「ロボジー」主演は73歳・五十嵐信次郎”. 映画.com (2011年7月1日). 2019年8月12日閲覧。
  6. ↑ カーチス 2012, p. 13
  7. ↑ “ミッキー・カーチスさんの初のアート展をプロデュースさせてもらいます!福田 淳”. 株式会社スピーディ (2022年9月16日). 2026年9月11日閲覧。
  8. ↑ “ミッキー・カーチス3度目の個展開催決定!(11/7~11/17)”. 株式会社スピーディ (2025年10月30日). 2026年9月11日閲覧。
  9. ↑ ミッキーカーチス 2021年12月8日閲覧
  10. ↑ “[ミッキー・カーチスさん]生け花でも型にはまらず”. ヨミドクター(読売新聞) (2012年6月11日). 2026年9月11日閲覧。
  11. ↑ “赤塚不二夫、ミッキー・カーチス、浅丘ルリ子……それぞれの戦争体験とは? 「外地からの帰国者たち」の生活”. Real Sound|リアルサウンド ブック (2025年8月22日). 2026年9月11日閲覧。
  12. 1 2 3 4 カーチス 2012, §年表
  13. ↑ カーチス 2012, pp. 16–17
  14. ↑ この義父がカーチス姓の人物で、ミッキーは「のちに日本コカ・コーラ社の社長にまでなった人物」とインタビュー で答えているが、歴代社長 の中にカーチス姓の人物はいない。
  15. ↑ カーチス 2012, p. 138
  16. ↑ “〈1958年の今日〉2月8日 : 元祖フェス? 第1回 日劇ウエスタンカーニバル開催”. nippon.com (2025年2月8日). 2026年9月11日閲覧。
  17. ↑ 世相風俗観察会『現代世相風俗史年表:1945-2008』河出書房新社、2009年3月、87頁。ISBN 9784309225043。
  18. ↑ P-VINE PCD-1598 ミッキー・カーチスとザ・サムライ「河童」1998年8月25日発売の解説本人インタビュー
  19. ↑ “ミッキー・カーチス プロフィール”. ワタナベエンターテインメント. 2016年4月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年10月12日閲覧。
  20. ↑ FOUNDATION, YAMAHA MUSIC. “合歓ポピュラーフェスティバル - ヤマハ音楽振興会”. www.yamaha-mf.or.jp. 2026年9月11日閲覧。
  21. ↑ 名寄市役所. “北海道名寄市| 短編映画「運命屋」について”. 北海道名寄市. 2026年9月12日閲覧。
  22. ↑ “初受賞に「びっくり仰天、有頂天!」 ミッキー・カーチスさん、洋画「ピエロ」が毎日新聞社賞 新日本美術院「マスターズ大東京展」で受賞|道北ネット”. 道北ネット (2024年4月11日). 2026年9月12日閲覧。
  23. ↑ “淀川長治物語 神戸篇 サイナラ - ドラマ詳細データ”. テレビドラマデータベース. 2026年9月11日閲覧。
  24. ↑ “映画『ロボジー』 キャスト”. 映画『ロボジー』公式サイト. 2013年11月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年8月12日閲覧。
  25. 1 2 3 4 カーチス 2012, p. 19
  26. ↑ “三浦翔平、実写『エンジェル・ハート』で暗殺者に ほか出演者も発表”. ORICON STYLE (2015年9月13日). 2015年9月13日閲覧。
  27. ↑ 仲村トオル主演、江上剛氏の『ラストチャンス再生請負人』連ドラ化 - ORICON NEWS(2018-05-18 07:08)
  28. ↑ “「藤子・F・不二雄 SF短編ドラマ」シーズン3が放送決定、「みどりの守り神」など11作”. コミックナタリー. ナターシャ (2025年3月6日). 2025年3月6日閲覧。
  29. ↑ “パーティやろうか!特撮SF映画「ガンヘッド」Blu-rayが6月発売、地上波吹替版も収録”. 映画ナタリー (2022年3月31日). 2024年3月28日閲覧。
  30. ↑ “そして天使は歌う ぼ・ぼ・僕らは正義の味方”. 映画-Movie Walker. 2019年2月24日閲覧。
  31. ↑ “COWBOY BEBOP 天国の扉”. メディア芸術データベース. 2016年8月19日閲覧。
  32. ↑ “鏡の中の笑顔たち | 映画.com”. 映画.com. 2015年4月20日閲覧。
  33. ↑ “藤原令子&本郷奏多主演作「シネマの天使」老舗劇場の閉館惜しむ予告完成”. 映画.com (2015年7月31日). 2015年7月31日閲覧。
  34. ↑ “秋元才加の力強い肉体と目力 「牙狼」10周年記念作品の「媚空」特報映像が完成”. シネマトゥデイ (2015年6月26日). 2015年7月6日閲覧。
  35. ↑ “ミッキー・カーチス主演の短編映画『運命屋』製作決定 主題歌に細野晴臣、劇伴はSUGIZO”. リアルサウンド映画部. blueprint. 2023年8月24日. 2023年8月24日閲覧.
  36. ↑ “大切な人との思い出か延命か…ミッキー・カーチス主演「運命屋」公開日・予告が解禁”. 映画ナタリー. ナターシャ (2024年9月19日). 2024年9月19日閲覧。
  37. ↑ 日本放送協会 (2024年11月21日). “幻の自動車レース映像発見!ミッキー・カーチス 森且行が語る | NHK”. NHK首都圏ナビ. 2024年11月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年12月7日閲覧。
  38. ↑ “俺の結婚の保証人”. ダイアモンド☆ユカイオフィシャルブログ「ユカイなサムシング」Powered by Ameba (2016年5月10日). 2016年5月10日閲覧。

外部リンク