アヌーク・エーメ

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アヌーク・エーメ
Anouk Aimée
Anouk Aimée
1963年
本名 Françoise Sorya Dreyfus
生年月日 (1932-04-27) 1932年4月27日
没年月日 (2024-06-18) 2024年6月18日(92歳没)
出身地 フランスの旗 フランス共和国、パリ
死没地 フランスの旗 フランス、パリ
活動期間 1947年 - 2024年
配偶者 Édouard Zimmermann (1949年 - 1950年)
ニコ・パタタキス (1951年 - 1954年)
ピエール・バルー (1966年 - 1969年)
アルバート・フィニー (1970年 - 1978年)
主な作品
『モンパルナスの灯』
『甘い生活』
『ローラ』
『8 1/2』(1963年)
『男と女』(1966年)
 
受賞
カンヌ国際映画祭
女優賞
1980年『虚空への跳躍』
ベルリン国際映画祭
名誉金熊賞
2003年
英国アカデミー賞
外国女優賞
1967年『男と女』
ゴールデングローブ賞
主演女優賞(ドラマ部門)
1967年『男と女』
セザール賞
名誉賞
2002年
その他の賞
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アヌーク・エーメ (アヌーク・エメ、アヌーク・エメー:Anouk Aimée 発音例, 本名: Françoise Sorya Dreyfus, 1932年4月27日 - 2024年6月18日) は、フランス出身の女優。

70年以上のキャリアを誇る、欧州を代表する女優の一人。欧米各国で各賞を獲得するなど国際的にも高く支持され、「映画史上最もセクシーな女優の一人」とも評された[1]。晩年期まで各地で名誉賞を受賞した。

来歴

1932年4月27日、パリで生まれた。両親はともにユダヤ系の舞台俳優(コメディ俳優)[2]。パリ9区のミルトン通り小学校に通っていたが、ユダヤ人迫害が激しくなってきたので、両親により送られたアキテーヌ地方のコニャック近郊バルブジュー=サン=ティレールで育った。ナチス・ドイツによるフランス占領期には、黄色の星を胸に身に付けるのを避ける為、母親の姓"デュラン"を名乗った。モルジヌの寄宿学校 (パンショナ, Pensionnat[3]) に入り、この頃ロジェ・ヴァディムとも知り合った[4]。

1947年、14歳の時にパリでその美貌からスカウトされ、アンリ・カレフ監督の『密会 (La Maison sous la mer) 』(1947年) に出演し、女優としてデビューした。その際、この作品の役名"アヌーク"を彼女が芸名に用いた。続いて、お蔵入りし未発表作品となったデビュー2作目 『La Fleur de l'âge 』(1947年) において、1作目から脚本で関わっていた詩人ジャック・プレヴェールが、芸名に"エーメ"を付け加えることを提案した。高校課程にあたるリセ課程はイギリスで学び、さらに演劇学校に通った[5]。

1958年の『モンパルナスの灯』ではアメデオ・モディリアーニの妻ジャンヌ・エビュテルヌを演じ、その美貌で世界的な人気を博した。その後、フェデリコ・フェリーニ監督の『甘い生活』(1960年)や『8 1/2』(1963年)やジャック・ドゥミ監督の『ローラ』(1961年)などに出演した。

1966年、クロード・ルルーシュ監督の『男と女』でヒロインを演じ[6]、ゴールデングローブ賞「主演女優賞」と英国アカデミー賞「外国女優賞」を受賞し、「アカデミー主演女優賞」にもノミネートされた[7]。

1980年には『Salto nel vuoto』でカンヌ国際映画祭「女優賞」を受賞した。

晩年期に入ると、2002年 セザール賞「名誉賞」、2003年 ベルリン国際映画祭「金熊名誉賞」などの各名誉賞を受賞している。

2024年6月18日朝、パリの自宅で死去[8][9]。92歳没。

私生活

1949年にエドゥアール・ツィンマーマン(Edouard Zimmermann)と結婚したが、翌1950年に離婚。1951年にギリシャの映画監督ニコ・パパタキスと結婚して一子を授かったが、1955年に離婚。

その後、『男と女』で共演したフランスの音楽家・俳優のピエール・バルーと1966年に結婚したが、3年後の1969年に離婚。翌1970年にイギリスの俳優アルバート・フィニー(1974年の映画『オリエント急行殺人事件』の主役エルキュール・ポワロ役)と結婚したが、1978年に離婚した。

ギャラリー

主な出演作品

公開年邦題
原題
役名備考
1947密会
La Maison sous la mer
アヌーク
1949火の接吻
Les Amants de Vérone
ジョージア
1950黄金の竜
Golden Salamander
アンナ
1952汽車を見送る男
The Man Who Watched Trains Go By
ジャンヌ
1953恋ざんげ
Le Rideau cramoisi
中篇映画
ニーナ
Nina
ニーナ
1957奥様にご用心
Pot-Bouille
マリー
1958モンパルナスの灯
Les Amants de Montparnasse
ジャンヌ・エビュテルヌ
1959 旅

The Journey

エヴァ
1959今晩おひま?
Les Dagueurs
ジャンヌ
1960甘い生活
La Dolce Vita
マダレーナ
1961ローラ
Lola
ローラ/セシル
1962ソドムとゴモラ
Sodome et Gomorrhe
クイーン・ベラ
1963史上最大の喜劇 地上最笑の作戦
Il giorno più corto
8 1/2
8½
ルイーズ・アンセルミ
太陽は傷だらけ
Les Grands Chemins
アンヌ
1966男と女
Un homme et une femme
アンヌ第24回ゴールデングローブ賞主演女優賞 (ドラマ部門) 受賞
英国アカデミー賞最優秀外国女優賞 受賞
1968イヴ・モンタンの深夜列車
Un soir, un train
アンヌ
1969約束
The Appointment
カーラ
アレキサンドリア物語
Justine
1976愛よもう一度
Si c'était à refaire
サラ・ゴードン
1981ある愚か者の悲劇
La tragedia di un uomo ridicolo
バーバラ
1986男と女II
Un Homme et une femme : vingt ans déjà
アンヌ
1993小悪魔とキッス
Rupture(s)
メランコリー
Les Marmottes
フランソワ
1994プレタポルテ
Prêt-à-Porter
シモーヌ・ローヴェンタル
百一夜
Les cent et une nuits de Simon Cinéma
1995リュミエールの子供たち
Les enfants de Lumiere
世界で一番好きな人
Dis moi oui…
クレア
1996男と女、嘘つきな関係
Hommes、femmes : Mode d'emploi
未亡人
1998GO! GO! L.A.
L.A. without a map
本人役クレジットなし
2001カンヌ 愛と欲望の都
Festival in cannes
ミリー・マルカン
2003フレンチなしあわせのみつけ方
Ils se marièrent et eurent beaucoup d'enfants
ヴァンサンの母親
2019男と女 人生最良の日々
Les Plus Belles Années d'une vie
アンヌ

脚注

  1. ↑ “Anouk Aimée”. Jewish Women's Archive. 2018年2月11日閲覧。
  2. ↑ Flitterman-Lewis, Sandy. "Anouk Aimée", Jewish Women: A Comprehensive Historical Encyclopedia
  3. ↑ 学校まで遠方の子供、育児放棄された子供らを主な対象とし、また男女別・共学問わずこの種の修道院が行う寄宿学校はパンシオナといい、アンテルナ (Internat) 同様、英語圏でいうボーディングスクールに相当。1905年政教分離法により宗教教育は廃止された。
  4. ↑ Michel Ciment et Olivier Curchod, « Entretien avec Anouk Aimée : Au cinéma, je suis chez moi », ポジティフ « 60 ans de comédiens », no 617-618, 2012年7-8月号
  5. ↑ "Anouk Aimée". Ciné-Ressources. 2010年3月23日閲覧。
  6. ↑ “男と女”. シネマトゥデイ (2016年3月6日). 2018年2月11日閲覧。
  7. ↑ “Elizabeth Taylor Wins Best Actress: 1967 Oscars”. Oscars. 2020年12月15日閲覧。
  8. ↑ “『男と女』でヒロインを演じたフランス人女優のアヌーク・エーメ死去”. amass (2024年6月18日). 2024年6月18日閲覧。
  9. ↑ “La comédienne Anouk Aimée est morte à l'âge de 92 ans” (フランス語). BFMTV (2024年6月18日). 2024年6月18日閲覧。

外部リンク