エグリシ
エグリシ(ジョージア語: ეგრისი、ジョージア語ラテン翻字: Egrisi)、エグリ(ジョージア語: ეგრი、ジョージア語: ეგური、ジョージア語ラテン翻字: Egri、ジョージア語ラテン翻字: Eguri)、シダ・エグリないし内エグリ(ジョージア語: შიდა ეგრი、ジョージア語ラテン翻字: Shida Egri)は、ジョージア西部の歴史的地域である。
語源
名称はエグリ族(ジョージア語: ეგრის ტომი)の名に由来するとされる[1]。現在も語根「ეგრ」は、西ジョージアの歴史的・地理的地域である「サメグレロ」(სამეგრელო)の名称に残っている[2]。
用法
「エグリシ」には、広義と狭義の二つの意味がある[1]。
広義では、西ジョージアの古いジョージア語名を指す[1]。この意味でのエグリシは、コルキスおよびラジカと同一の地域を指す[2]。
狭義では、封建時代のエグリシ王国を構成した諸地域の一つを指す[1]。この地域は、リオニ川とエグリスツカリ川との間に位置していた[3]。
伝承
11世紀の歴史家レオンティ・ムロヴェリは、年代記集『カルトリス・ツホヴレバ』の「カルトヴェリ諸王の生涯」において、パルナヴァズ1世がアゾを破った後、カルトリだけでなくエグリシも支配したと記している[4]。パルナヴァズ1世はクジにエグリスツカリ川とリオニ川の間の土地を与え、その土地にはエグリシとスヴァネティがあるとされる[4]。パルナヴァズ1世はクジをその地のエリスタヴィに定め、クジはツィヘゴジを建設したと記されている[4]。
『カルトリス・ツホヴレバ』では、エグリシという地名が、ジョージアの伝承上の始祖の一人であるエグロスの名に由来すると説明されている[4]。レオンティ・ムロヴェリは、「カルトヴェリ諸王の生涯」において、次のように記している[4]。
脚注
出典
- 1 2 3 4 Beradze 1979, p. 25.
- 1 2 Nicholson 2018, p. 656.
- ↑ Beradze 1980, p. 597.
- 1 2 3 4 5 6 Leonti Mroveli 1955.
参考文献
- Beradze, Tamaz (1979). ქართული საბჭოთა ენციკლოპედია. Vol. 4. თბილისი: საქართველოს მეცნიერებათა აკადემია.
- Beradze, Tamaz (1980). ქართული საბჭოთა ენციკლოპედია. Vol. 5. თბილისი: საქართველოს მეცნიერებათა აკადემია.
- Leonti Mroveli (1955). ქართლის ცხოვრება. Vol. 1. თბილისი: საქართველოს სსრ მეცნიერებათა აკადემიის გამომცემლობა.
- Leonti Mroveli. “ქართლის ცხოვრება - ნაწილი პირველი: ცხოვრება ქართველთა მეფეთა - თავი მესამე”. orthodoxy.ge. 2026年9月9日閲覧.
- Nicholson, Oliver (2018). “Georgia”. The Oxford Dictionary of Late Antiquity. Oxford: Oxford University Press. p. 656. ISBN 978-0-19-866277-8.