カール・パーマー
| カール・パーマー Carl Palmer | |
|---|---|
|
UK・スケッグネス公演 (2014年1月) | |
| 基本情報 | |
| 出生名 |
カール・フレデリック・ケンドール・パーマー (Carl Frederick Kendall Palmer) |
| 生誕 | 1950年3月20日(76歳) |
| 出身地 |
バーミンガム・ハンズワース |
| ジャンル |
ロック プログレッシブ・ロック |
| 職業 | ミュージシャン、ドラマー |
| 担当楽器 | ドラムス、パーカッション |
| 活動期間 | 1960年代 - 現在 |
| 共同作業者 |
クレイジー・ワールド・オブ・アーサー・ブラウン アトミック・ルースター エマーソン・レイク・アンド・パーマー エイジア 3 クァンゴ カール・パーマー・バンド ほか |
| 公式サイト | carlpalmer.com |
カール・パーマー(Carl Palmer、1950年3月20日 - )は、イングランド出身のロック・ミュージシャン、ドラマー。
主にプログレッシブ・ロックの分野で活動し、「エマーソン・レイク・アンド・パーマー」[1]と「エイジア」で世界的な成功を収めた。また、ソロ・バンド「Carl Palmer’s ELP Legacy」を率いて活動している[2]。
略歴
生い立ちと黎明期
バーミンガムのハンズワース生まれ。12歳でドラムスをはじめ、13歳の頃には同じ学校に通っていたスティーヴ・ウィンウッドとバンドを組んだ。その後、バディ・リッチやグレン・ミラーなどのアルバムを聴きながらレッスンを続け、ダンス・バンドでプロ活動を開始した。
15歳でブルースロック・バンド「ザ・キング・ビーズ」(The King Bees)に加入。彼等は1966年に「ザ・クレイグ」(The Craig)[3]と改名してフォンタナ・レコードからシングルを発表[4]し、テレビ出演の機会も得た[5]。
1966年には、リヴァプールのヴォーカル・グループ、ザ・チャンツの「Love Light」の録音に参加した。公式ディスコグラフィでは、これを最初の有償のセッションとしている[6]。
1967年2月、「クリス・ファーロウ&ザ・サンダーバーズ」[7]に加入して、デイヴ・グリーンスレイドやアルバート・リーと共に活動した。彼は1968年5月まで在籍して、シングル2作の制作に参加した[8]。
1968年夏、サイケデリック・ロックバンド「クレイジー・ワールド・オブ・アーサー・ブラウン」に加入。
1969年、「クレイジー・ワールド・オブ・アーサー・ブラウン」のアメリカ・ツアー中トラブルになり、ヴィンセント・クレイン(キーボード)と共に脱退。2人はニック・グラハム(ベース、フルート)と「アトミック・ルースター」を結成した。翌1970年、「B&Cレコード」と契約し、3月にアルバム『アトミック・ルースター・ファースト・アルバム』をリリース。
1970年代
1970年4月、トニー・ストラットン・スミスから電話を受け、スミスがマネージメントしていたザ・ナイスのキース・エマーソンが結成する新しいバンドに誘われたが断った。約一か月後、今度はグレッグ・レイクのマネージメントから再考を促され、エマーソンとレイクに会ってアトミック・ルースターから脱退することを決意[9]。3人で「エマーソン・レイク・アンド・パーマー」(ELP)を結成。同年8月にはプリマスで初公演を行い、続いてワイト島音楽祭に出演した[10]。ELPの知名度が世界的に上昇すると、彼も高い人気と評価を獲得した[11]。
1972年7月、ELPとして初来日し、後楽園球場と甲子園球場で公演した[12]。レイクは自伝で、羽田空港では数百人のファンに迎えられ、ホテルの周囲にもファンが集まったと回想している[13]。エマーソンも、初来日時の空港での出迎えと歓迎に驚いたことを後年のインタビューで語っている[14]。後楽園公演は約3万5000人の観客を集め、雨天のなかで行われた[15]。甲子園公演についてレイクは、終盤にフェンスが壊され、観客がグラウンドへ入ってステージに近づき、自分とエマーソンが警備員に連れ出された後も、パーマーが「ロンド」のドラム・ソロを続けていたと記している[16]。
日本では『ミュージック・ライフ』誌の1975年読者人気投票でELPがグループ部門の1位となった[17]。パーマー本人も、同誌の1973年と1975年のBest Drummerに選ばれている[18]。
1974年のツアー後、ELPは活動を休止し、各自の制作に取り組んだ[10]。
演奏活動のほか、ジャズ・ロック・トリオのバック・ドアが1976年に発表したアルバム『Activate』ではプロデュースを担当した[19][20]。
1977年の2枚組アルバム『ELP四部作』では、各メンバーにレコード片面ずつが割り当てられた。パーマーの担当面には、ハリー・サウスとのビッグバンド録音や、ジョー・ウォルシュが参加した「L.A. Nights」などを収録した[6]。同年にはオーケストラを伴う公演も行い、モントリオール公演の録音は『In Concert』に収録された[6]。ELPは1979年に解散した[10]。
1980年代
1980年、「PM」[21]を結成して、アルバム『1:PM』を発表[22][23]。
1981年、ジョン・ウェットン、スティーヴ・ハウ、ジェフ・ダウンズとスーパーグループ「エイジア」を結成した[24]。翌1982年に発表したファースト・アルバム『詠時感〜時へのロマン』が商業的な大成功を収めた。
1983年には『アルファ』を発表。同年12月の日本公演では、ウェットンに代わってグレッグ・レイクがボーカルとベースを担当した。日本武道館公演は「Asia in Asia」としてMTVの衛星中継でアメリカに放送された。レイクの回想によれば、1983年末、パーマー自身が電話で日本公演への代役参加を依頼し、レイクは開幕まで約2週間でエイジアの楽曲を習得した[25]。1985年には、ハウに代わりマンディ・メイヤーが参加した『アストラ』を発表した[24][6]。
1985年にELPの再結成が企画されたが、エイジアのメンバーとして活動中だったために参加を断った[注釈 1]。
『アストラ』発表後、エイジアは予定していたツアーを中止し、活動を休止した[10]。1988年にELPの再結成が再び企画されたので参加したが、レイクが不参加を表明したので、エマーソン、ロバート・ベリーとトリオ「3」を結成し、短期間活動した。
1989年には、ウェットンと共にエイジアでの公演活動を再開し、同年秋にはダウンズも復帰した[10]。
1990年代

1990年、エイジアは未発表曲を含む編集盤『ゼン・アンド・ナウ』を発表した[26]。同年の公演にはウェットン、ダウンズ、パーマーらが参加し、6月のノッティンガム公演は『Now』、のちに『Live in Nottingham』としてCD化された[27]。11月のモスクワ公演も『ライヴ・イン・モスクワ1990』として音源・映像作品になっている[10][28]。
1991年、キース・エマーソン、グレッグ・レイクとELPの再結成を発表。レイクによれば、1991年にフィル・カーソンから映画音楽の共同制作を提案されたことをきっかけに、ELPの3人はリハーサルを再開し、新作アルバムの素材をまとめた[29]。翌1992年、スタジオ・アルバム『ブラック・ムーン』を発表し、同年9月にはELPとして20年ぶりの来日公演を行った[30]。1992年から1993年にかけてワールド・ツアーを行い、ロンドンのロイヤル・アルバート・ホール公演は、1993年にライブ・アルバム『ライヴ・アット・ロイヤル・アルバート・ホール』として発表された[31]。
レイクは自伝で、『ブラック・ムーン』の制作に際し、パーマーとエマーソンが外部プロデューサーの起用を支持し、カーソンの紹介でマーク・マンシーナを迎えたと記している[32]。またレイクは、タイトル曲と「ペイパー・ブラッド」を、パーマー、エマーソンとの3人の共作としている[33]。
エイジアでは、ジョン・ペインをボーカリストに迎えて制作された1992年のアルバム『アクア』の録音に参加した[34]。
1993年には、ELPの録音をまとめた4枚組ボックスセット『The Return of the Manticore』を発表した。アーサー・ブラウンの「Fire」や「展覧会の絵」などの新録音も収録されている[35]。
1994年、ELPのスタジオ・アルバム『イン・ザ・ホット・シート』を発表[30]。1996年にツアーを再開し、ジェスロ・タルなどと公演を行った[10]。ELPは1998年に再び解散した[31]。
1999年には、ジョン・ウェットン、ジェフ・ダウンズ、デイヴ・キルミンスターとのエイジア再結成が企画されたが、ダウンズが離脱して実現しなかった。この企画は、その後のクァンゴでの活動につながった[10]。
2000年代
2000年2月、ウェットン(ボーカル、ベース)、キルミンスター(ギター)、ジョン・ヤング(キーボード)と「クァンゴ」としてイギリス・ツアーを行い、エイジアやELPの楽曲などを演奏した。2月4日のロンドン公演にはエマーソンもゲスト出演した[36]。同年、2月3日の公演を収録したライブ・アルバム『ライヴ・イン・ザ・フッド』を発表したが、スタジオ・アルバムの制作には至らなかった[6]。
2001年7月からは、自身のトリオを率いてヨーロッパで活動した[37]。初期のメンバーはショーン・バクスター(ギター)とデイヴ・マークス(ベース)で、キーボードを用いずにELPのレパートリーを演奏する編成をとった。ライブ・アルバム『ワーキング・ライヴ Vol.1』(2003年)と『ワーキング・ライヴ Vol.2』(2004年)を発表し、2004年のブカレスト公演はDVD『ライヴ・イン・ヨーロッパ』(2006年)に収録された[6]。
2001年には、ELP、エイジア、アトミック・ルースターなどでの録音をまとめた2枚組アンソロジー『Do Ya Wanna Play, Carl?』を発表した。ジョセフ・ホロヴィッツと制作した「Concerto for Percussion」も収録されている[38]。
同年には、1983年のレイク参加時の日本武道館公演の録音も『Enso Kai – Live at the Budokan』としてCD化された[39]。同公演は2022年にも、音源・映像をまとめた『Asia in Asia – Live at the Budokan, Tokyo, 1983』として再発売された[40]。
2005年には、アンドレア・ブライド(ギター)、T・M・スティーヴンス(ベース)とのトリオ「B.P.S.」でもイタリアで公演した[41]。
2006年には、ポール・ビラトウィッツ(ギター)、スチュアート・クレイトン(ベース)とのカール・パーマー・バンドで北米ツアーを行った[41][10]。同年、ウェットン、スティーヴ・ハウ、ダウンズとエイジアのオリジナル・メンバーによる再結成にも参加した[42]。

2007年、エイジアの結成25周年記念ワールド・ツアーで来日し、東京公演はライブ作品『ファンタジア〜ライヴ・イン・トーキョー』として発表された[43]。2008年には、同じ4人によるスタジオ・アルバム『フェニックス』を発表した[43]。
2010年代

エイジアでは2010年に『オメガ』を発表した[43]。2009年のケンブリッジ公演を収めたCD・DVD『Spirit of the Night』も2010年に発表された[6]。
2010年7月25日、ELP結成40周年を記念して、ロンドンのヴィクトリア・パークで開催されたハイ・ヴォルテージ・フェスティバルに出演した。3人が揃っての最後の公演となった[31]。
同年には、自身のバンドでポール・ビラトウィッツ、サイモン・フィッツパトリック(ベース)と北米・南米をツアーした[45]。また、スチュアート・クレイトンがベースを担当した録音を収めるライブ・アルバム『ワーキング・ライヴ Vol.3』を発表した[6]。
2012年、エイジアのオリジナル・メンバーによるスタジオ・アルバム『XXX〜ロマンへの回帰』を発表した[43]。同年には、2010年の「オメガ」ツアーのバーゼル公演を収録したライブ作品『レゾナンス』も発表された[46]。
2013年、自身のトリオでは初めての日本公演を行った[47]。同年には、Scene Fourとの共同制作による、演奏時の動きを光と色で捉えた美術作品集「Twist of the Wrist」も公開した[48][47]。
2014年には、ハウの後任ギタリストであるサム・コールソンを迎え、ウェットン、ダウンズと共に『グラヴィタス〜荘厳なる刻』を発表した[49]。
2016年、エマーソンとレイクが相次いで死去[50]。2017年、2人を追悼して、ソロ・バンド「Carl Palmer’s ELP LEGACY」を率いてワールド・ツアーを行った[51]。
2017年1月のジョン・ウェットンの死去に際し、パーマーは友人・共演者としてその音楽的貢献をたたえる声明を発表した[52]。エイジアはビリー・シャーウッドをボーカル兼ベースに迎え、同年3月および6~7月にジャーニーとの北米ツアーを行った[53][54]。6月17日には、パーマーはニュージャージー州イングルウッドのバーゲン・パフォーミング・アーツ・センターで、ウェットンの追悼公演『An Extraordinary Life』に出演した[55]。
2019年には、イエスをヘッドライナーとする北米の「The Royal Affair Tour」に、自身のELPレガシーとエイジアの両方で出演した。ELPレガシーのステージにはアーサー・ブラウンがゲスト・ボーカリストとして参加した[56][57]。
2020年代

2021年秋、新型コロナウイルス感染症の流行に伴う休止を経て、ELP結成50周年を記念するアメリカ・ツアーでライブ活動を再開した[58]。
2022年11月、「Welcome Back My Friends – The Return of Emerson, Lake & Palmer」ツアーを北米で開始した。1992年のロイヤル・アルバート・ホール公演で収録されたエマーソンとレイクの映像・音声に、パーマーと自身のバンドの生演奏を組み合わせる公演である[59]。2023年12月には、同公演のために来日した[60]。
2024年4月、これまでの活動をまとめたボックスセット『Fanfare for the Common Man』がBMGから発売された。3枚のCDと映像ドキュメンタリーを収録したBlu-rayに、200ページの自伝が付属する[61][62]。
2024年4月、エイジアの同年のツアーについて、「The Return of Emerson, Lake & Palmer」の公演活動のため参加できないと発表した[52]。
2025年には、公演名を「An Evening with Emerson, Lake & Palmer」に変更してツアーを継続した[2]。
2026年6月、ELPの楽曲「悪の教典#9」を原案として開発中のSF映画に、エグゼクティブ・プロデューサーとして参加していることが報じられた[63]。
2026年7月18日、ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで開催されたBBCプロムスの公演「Prog Rock: A Fanfare for the Common Man」に出演し、BBCコンサート・オーケストラと共演した[64]。
- ELP時代 (1978年)
- エイジア時代 (2006年)
- カール・パーマー・バンド時代 (2009年)
音楽性
音楽的背景と編曲
自らを「クラシックの教育を受けているけど、根本的にはロックのドラマー」と評する[65]。ELPでの活動中にもジェームズ・ブレイズにクラシックの打楽器を学び、ヴィブラフォンやマリンバなど、音程を持つ打楽器にも取り組んだ[66]。『展覧会の絵』を演奏する際にはスコアを参照してティンパニや鐘のパートを加えたと語っている[67]。「ホウダウン」についても、管弦楽版の打楽器パートをできるだけドラムセットに移して演奏したと説明している[68]。
演奏への影響として、バディ・リッチの技術と精密さ、ジーン・クルーパのショーマンシップを挙げている[69]。
1970年のデビュー・アルバムに収録された「ラッキー・マン」について、レイクは、自身のアコースティック・ギターとパーマーのドラムによる録音に、ベースやバッキング・ボーカルなどを重ねて制作したと回想している[70]。またパーマーは、「タルカス」の発端は自分がエマーソンに示した8分の10拍子ないし4分の5拍子のリズムであり、それに旋律を付けるよう提案したと語っている[71]。
自身のギター・トリオでは、ELPの録音の再現よりも、キーボードのパートをギターに置き換えた新たな編曲を志向した。2011年のインタビューでは、ピアノ曲のギター編曲に詳しい専門家と演奏可能な部分を検討したことや、若いメンバーとの演奏によって、よりハードな音を追求していることを述べている[72]。
エイジアと自身のバンドでは演奏の役割を区別しており、2008年のインタビューでは、エイジアはメンバーの技巧を披露することを目的とせず、自身のバンドでは持てる技術を発揮したいと述べている[73]。
2026年のインタビューでは、ELPの創造性の頂点にあたるアルバムとして『恐怖の頭脳改革』を挙げた。また、バンドの特徴を一曲で伝える作品には「聖地エルサレム」(Jerusalem)を選び、英国的な歌唱、キーボードを中心とする編成、クラシック音楽との結びつき、大規模なサウンド・プロダクションが集約されていると説明している[74]。
奏法と音作り
長年の共演者であるレイクは、自伝でパーマーの演奏を、速さ、軽快さ、技巧によって特徴づけている[75]。
『Modern Drummer』誌のケン・ミカレフは、高速のシングルストローク・ロール、腕を交差させる奏法、スネアドラムの技術などをパーマーの演奏の特徴に挙げている[73]。本人も1975年のインタビューで、自分を特徴づける奏法としてシングルストローク・ロールを挙げている[66]。
スティックは主にレギュラーグリップ(トラディショナル・グリップ)を用いる。本人は、習い始めた頃に教わった握り方を継続していると説明し、強い打音を得るうえでは腕力だけでなく、椅子の高さやドラムの角度・距離などの配置を重視している[76]。また、2台のバスドラムを用いる奏法についても、手と足を連携させる技術の向上を継続的な課題として挙げている[72]。
『恐怖の頭脳改革』収録の「トッカータ」では、特注の電子打楽器を使用した。ドラム内部のトリガーでシンセサイザーを発音させ、複数の音色と、オクターブを上下させるペダルを組み合わせて演奏している。本人は、エマーソンのキーボードによるものと思われることもある電子音が、ドラムの打撃によって生み出されていたと説明している[76]。
ライブでは、ドラムセットやゴングを使う長いソロと視覚的な演出も行ってきた。ELPでは回転式のドラム台を用い[67]、ドラムをステージ上で視覚的にも主役にしたジーン・クルーパの姿に影響を受けたと語っている[77]。
使用機材
使用してきた機材には、ラディックのビスタライトやステンレス鋼製のセット、プレミア、ヤマハ、REMOなどがある。シンバルはパイステと長年にわたる関係を持ち、特注のゴングやシグネチャー・ライドシンバルの開発にも携わった[78]。
1973年にはブリティッシュ・スティール製のステンレス・キットを特注し、ポール・ラヴンによる森の場面の彫刻が施された[79]。同セットは後にリンゴ・スター、デイヴィッド・フランジョーニの所有を経て[80]、2025年にダニー・ケアリーが購入した[81]。
シグネチャー・モデルには、ラディックの緑色ラッカー仕上げの真鍮製スネア「Venus」[82]や、パイステと共同開発した20インチのDuo Ride「Vir2osity」がある[83]。2022年にはVaterの契約アーティストとなり、ELP結成50周年ロゴを入れたシグネチャー・スティックが発売された。周年ロゴ入りの販売は同年限定で、同じ仕様のモデルは翌年以降も継続すると発表された[84]。
指導活動
演奏活動と並行して、フランク・アスキューと「Drum Clinics UK」を運営し、ドラム・クリニックやマスタークラス、学校向けの打楽器ワークショップなども行っている[85]。2011年のDVD『Drum Solos』では、ELPとエイジアでのソロ演奏を収録し、通常速度と低速での再生に加えて、採譜や音声ファイルを用意した[86]。
2019年11月8日から10日には、フィラデルフィアの2300アリーナで、初回の「Carl Palmer’s Prog-Rock Camp」を開催した。自身のバンドに加え、デレク・シェリニアンやロン・“バンブルフット”・サールらが講師を務め、楽器別のマスタークラスや合奏、音楽業界に関するセミナーなどを行った[87][52]。
- 『ラディック』製カール・パーマー・バンド仕様 (2006年)
- 『ラディック』製エイジア仕様 (2012年)
評価・顕彰
1989年に『Modern Drummer』誌の殿堂入りを果たした[88]。プログレッシブ・ミュージック・アワードでは、2012年にVirtuoso賞[89]、2017年にProg God賞を受賞した[90]。
ディスコグラフィ
本人名義・自身のバンドの作品
- Anthology: Do Ya Wanna Play, Carl? (2001年) ※参加バンドの録音を集めた2枚組アンソロジー[93]
- 『ワーキング・ライヴ Vol.1』 - Working Live – Volume 1 (2003年) ※ライブ[6]
- 『ワーキング・ライヴ Vol.2』 - Working Live – Volume 2 (2004年) ※2003年のイギリス・ツアーを収録したライブ作品[6]
- 『ワーキング・ライヴ Vol.3』 - Working Live – Volume 3 (2010年) ※ライブ[6]
- Live in the USA (2016年) ※Carl Palmer's ELP Legacy名義、ライブ[94]
- Live (2018年) ※Carl Palmer's ELP Legacy名義、ライブCD・DVD。DVDには2016年のキース・エマーソン追悼公演を収録[95]
- Fanfare for the Common Man (2024年) ※3CD・Blu-rayのボックスセット。200ページの自伝が付属[96]
映像作品
- 『ライヴ・イン・ヨーロッパ』 - In Concert: Carl Palmer plays the Music of ELP (2006年、DVD) ※2004年のブカレスト公演を収録[6]
- Drum Solos (2011年、DVD) ※ソロ演奏の映像と採譜などを収録[6]
- The Solo (DVD。2011年には公式サイトで販売、2014年にMVD版発売) ※アンドリュー・クロス監督の映像作品[97]
- Decade: 10th Anniversary Celebrating the Music of Emerson, Lake & Palmer (2013年に会場販売、2014年にMVD版を発売、DVD) ※2011年の公演を収録[98][97]
アトミック・ルースター
- 『アトミック・ルースター・ファースト・アルバム』 - Atomic Roooster (1970年)
- Devil's Answer (1998年) ※1970年–1981年のBBCラジオ・セッション
- 『ライヴ・アンド・ロウ 70/71』 - Live and Raw 70/71 (2000年) ※パーマーは1970年の録音に参加[99]
PM
- 『PM』 - 1:PM (1980年)[6]
エマーソン・レイク・アンド・パーマー
エイジア
3
- 『スリー・トゥ・ザ・パワー』 - To the Power of Three (1988年)[6]
- Live Boston '88 (2015年) ※1988年の公演を収録したライブ作品[100]
- Rockin' the Ritz: NYC 1988 (2017年) ※1988年の公演を収録したライブ作品[100]
クァンゴ
- 『ライヴ・イン・ザ・フッド』 - Live in the Hood (2000年) ※ライブ[6]
その他の参加・制作作品
- ザ・クレイグ : 「I Must Be Mad」 (1966年) ※シングル、ドラムス[6]
- ザ・チャンツ : 「Love Light」 (1966年) ※シングル収録曲、ドラムス[6]
- クリス・ファーロウ&ザ・サンダーバーズ : 「Moanin'」 (1967年) ※シングル、ドラムス[6]
- バック・ドア : Activate (1976年) ※プロデュース[101]
- マイク・オールドフィールド : 『ファイヴ・マイルズ・アウト』 - Five Miles Out (1982年) ※「Mount Teidi」でドラムスを担当[6]
- ロジャー・ダルトリー : Under a Raging Moon (1985年) ※タイトル曲でドラムスを担当[6]
脚注
注釈
- ↑ エマーソンとレイクはコージー・パウエルと「エマーソン・レイク・アンド・パウエル」を結成した。
出典
- ↑ “Keith Emerson of Emerson, Lake & Palmer Dead at 71 of Suicide”. billboard (2016年3月11日). 2016年3月13日閲覧。
- 1 2 An Evening with Emerson, Lake & Palmer Tour Carl Palmer公式サイト、2025年。2026年10月18日閲覧。
- ↑ “Craig (8)”. www.discogs.com. 2026年2月6日閲覧。
- ↑ “Craig (8) – I Must Be Mad”. www.discogs.com. 2026年2月6日閲覧。
- ↑ Macan (2006), pp. 90–94.
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 “Discography”. Carl Palmer Official Global Web Site. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ “Chris Farlowe & The Thunderbirds”. www.discogs.com. 2026年2月6日閲覧。
- ↑ Macan (2006), pp. 93–94.
- ↑ Macan (2006), pp. 101–103.
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 “Biography”. Carl Palmer Official Global Web Site. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ “エマーソン・レイク・アンド・パーマーの名曲10選”. Rolling Stone (2016年4月3日). 2018年1月17日閲覧。
- ↑ “EL&P、27年振り来日公演開催”. OTOTOY (2023年7月14日). 2026年10月18日閲覧。
- ↑ Lake (2023), pp. 177–178.
- ↑ 小田島久恵 (2013年3月19日). “キース・エマーソン来日インタビュー[吉松隆還暦コンサート・リハーサル]”. ジャパン・アーツ. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ 佐藤輝 (2026年3月10日). “雨の後楽園球場で圧巻のパフォーマンスを見せた1972年のELP”. TAP the POP. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ Lake (2023), pp. 182–183.
- ↑ “月刊『ミュージック・ライフ』で名物企画だったのが読者による人気投票。1976年から1位を独走したクイーンの前にグループ部門で1位だった意外なバンドとは?”. MUSIC LIFE CLUB (2023年6月29日). 2026年10月18日閲覧。
- ↑ “Awards”. Carl Palmer Official Global Web Site. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ Paul Collins. “Back Door”. AllMusic. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ Adrian Tilbrook. “About”. Just Drumming. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ “PM (17)”. www.discogs.com. 2026年2月6日閲覧。
- ↑ “PM (17) – 1:PM”. www.discogs.com. 2026年2月6日閲覧。
- ↑ Macan (2006), pp. 472–474.
- 1 2 “About”. Original Asia. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ Lake (2023), pp. 271–273.
- ↑ “ゼン・アンド・ナウ”. UNIVERSAL MUSIC STORE. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ “Asia: Live In Nottingham”. Cherry Red Records. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ “ライヴ・イン・モスクワ 1990”. UNIVERSAL MUSIC JAPAN. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ Lake (2023), pp. 282–284.
- 1 2 “エマーソン、レイク&パーマーの作品群がSHM-CD+紙ジャケ化”. CDJournal (2010年5月6日). 2026年10月18日閲覧。
- 1 2 3 “Timeline”. Emerson, Lake & Palmer Official Website. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ Lake (2023), pp. 284–285.
- ↑ Lake (2023), pp. 286–287.
- ↑ Ton Veldhuis (2008年3月1日). “Asia – Aqua”. Progwereld. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ Mike DeGagne. “The Return of the Manticore – Emerson, Lake & Palmer”. AllMusic. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ “Qango — UK Tour Overview, 2 - 6 February 2000”. DPRP.net (2000年2月16日). 2026年10月18日閲覧。
- ↑ Morley Seaver. “MorleyView: Carl Palmer Interview”. antiMusic. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ Bruce Eder. “Do Ya Wanna Play, Carl? – Carl Palmer”. AllMusic. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ Maximilian Blom (2022年4月28日). “Asia: Mit Lake in Japan”. ROCKS. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ “ASIA IN ASIA LIVE AT THE BUDOKAN ARENA, TOKYO, DECEMBER 1983”. PR Newswire. Pilato Entertainment (2022年3月18日). 2026年10月18日閲覧。
- 1 2 David Iozzia (2023年2月8日). “Carl Palmer (2006)”. MelodicRock.com. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ “エイジア、オリジナル・メンバーによる再結成ツアーを正式発表!”. CDJournal (2006年5月22日). 2026年10月18日閲覧。
- 1 2 3 4 “エイジアのボックスセット『The Reunion Albums: 2007 – 2012』、6月発売”. MUSIC LIFE CLUB (2021年5月12日). 2026年10月18日閲覧。
- ↑ Mike Perciaccante (2009年8月15日). “Yes with Special Guest Asia at The Capital One Bank Theater at Westbury, NY”. All About Jazz. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ “Carl Palmer Band Wows Critics and Fans During 2010 US/Canadian/South American Tour”. Carl Palmer Official Global Web Site (2010年12月2日). 2026年10月18日閲覧。
- ↑ “2012 – Resonance”. Original Asia. 2026年10月18日閲覧。
- 1 2 “Updates: 26 February 2013”. Carl Palmer Official Global Web Site. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ “Carl Palmer’s ELP Legacy Set to Embark on World Tour”. Carl Palmer Official Global Web Site (2013年1月14日). 2026年10月18日閲覧。
- ↑ “グラヴィタス〜荘厳なる刻”. ワードレコーズ. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ “グレッグ・レイクとカール・パーマーがキース・エマーソンを偲ぶ”. rockin'on (2016年3月15日). 2018年1月17日閲覧。、“カール・パーマー、グレッグ・レイクを追悼”. BARKS (2016年12月9日). 2018年1月17日閲覧。
- ↑ “バンド・メイトを相次いで亡くしたカール・パーマーが、ELPレガシー・ワールド・ツアーを発表!最新ライヴDVDもリリース”. LiveLand (2017年2月19日). 2018年1月17日閲覧。
- 1 2 3 “Updates”. Carl Palmer Official Global Web Site. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ Shawn Perry. “The Carl Palmer Interview (2017)”. VintageRock.com. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ Wendy Salinas (2017年3月28日). “Journey Brought Fan Favorites Back to Lincoln”. Go Venue Magazine. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ Best Classic Bands Staff. “When the Widow of John Wetton Played With Asia at Tribute Concert”. Best Classic Bands. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ “YES Announces “The Royal Affair Tour” Launching June 12 In Bethlehem, Pa”. YES Official Website (2019年4月2日). 2026年10月18日閲覧。
- ↑ “Concert Review: The Royal Affair Tour with Yes, Asia, John Lodge and Carl Palmer’s ELP Legacy in Hollywood, FL”. The Prog Report (2019年7月14日). 2026年10月18日閲覧。
- ↑ Carl Palmer’s ELP Legacy Announces 2nd Leg of US Tour! Carl Palmer公式サイト、2021年12月16日。2026年10月18日閲覧。
- ↑ The Return of Emerson Lake & Palmer 2023 Summer Tour Carl Palmer公式サイト、2023年4月17日。2026年10月18日閲覧。
- ↑ エマーソン、レイク&パーマーが現代のテクノロジーを駆使して復活するカール・パーマーの最新ツアー 来日公演初日のダイジェスト映像公開 amass、2023年12月14日。2026年10月18日閲覧。
- ↑ ELP/エイジア他 カール・パーマーのキャリアを網羅した3CD+Blu-rayボックスセット発売 amass、2024年2月16日。2026年10月18日閲覧。
- ↑ Gary McKenzie, Carl Palmer’s Fanfare For The Common Man box set Prog / Louder、2024年4月13日。2026年10月18日閲覧。
- ↑ エマーソン、レイク&パーマー「悪の教典#9」を原案としたSF映画 脚本家&監督決定 amass、2026年6月13日。2026年10月18日閲覧。
- ↑ Steven Johnson, Prog Rock: A Fanfare For The Common Man review musicOMH、2026年7月20日。2026年10月18日閲覧。
- ↑ トニー・アイオミ、ビル・ワードの代わりにカール・パーマーを推薦 barks 2013年8月23日
- 1 2 “Carl Palmer”. International Musician & Recording World: 6–9. (1975-07) 2026年10月18日閲覧。.
- 1 2 Mark Griffith (2022年10月31日). “Carl Palmer: Welcome Back My Friends…”. Modern Drummer. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ Carl Palmer (2022年10月31日). ““Hoedown””. Modern Drummer. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ John A. Wilcox. “A Few Words With...Carl Palmer”. ProgSheet. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ Lake (2023), pp. 110–111.
- ↑ Ken Sharp (2016年11月10日). “Carl Palmer on the Legacy of Emerson, Lake and Palmer (Q&A)”. Rock Cellar Magazine. 2026年10月18日閲覧。
- 1 2 Joe Bosso. “Interview: Carl Palmer on drum solos, prog rock, touring and ELP”. MusicRadar. 2026年10月18日閲覧。
- 1 2 Ken Micallef (2008年7月18日). “Carl Palmer: Asia, Alpha & Astra = Phoenix”. Modern Drummer. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ Paul Elliott (2026年10月15日). “Carl Palmer reveals his all-time greatest ELP song – and it’s not Fanfare!”. MusicRadar. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ Lake (2023), p. 275.
- 1 2 Andy Hughes (2024年8月2日). “Carl Palmer Interview”. Drummer's Review. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ Danny Scott (2021年11月5日). “Carl Palmer: “As a kid, I found it easier to play drum solos than I did keeping time””. MusicRadar. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ David Frangioni (2022年10月31日). “The Iconic Sets of Carl Palmer”. Modern Drummer. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ “Carl Palmer’s 1973 Stainless Steel Kit”. Modern Drummer (2022年2月28日). 2026年10月18日閲覧。
- ↑ “Interview: Carl Palmer (Emerson Lake & Palmer, Asia)”. Hit Channel (2018年10月6日). 2026年10月18日閲覧。
- ↑ Blair Blake (2025年3月3日). “DANNY OBTAINS A LEGENDARY DRUM KIT”. Danny Carey. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ “Carl Palmer "Venus"”. Ludwig Drums. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ “Carl Palmer – «Vir2osity»”. Carl Palmer Official Global Web Site (2016年1月19日). 2026年10月18日閲覧。
- ↑ “Vater Welcomes Carl Palmer / ELP Anniversary Model Available”. Vater Percussion (2022年1月12日). 2026年10月18日閲覧。
- ↑ “Drum Clinics, Drum Circles, and Master Classes”. Carl Palmer Official Global Web Site. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ Mike Haid (2011年9月1日). “Carl Palmer Drum Solos”. Modern Drummer. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ “Carl Palmer’s Prog-Rock Camp”. Carl Palmer Official Global Web Site. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ “Modern Drummer 2023 Hall Of Fame Readers Poll Winner”. Modern Drummer. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ Tim Masters (2012年9月6日). “Genesis honoured at Progressive Music awards”. BBC News. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ Malcolm Dome (2017年10月9日). “The Prog Awards 2017 as they happened”. Prog / Louder. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ “Emerson Lake And Palmer”. GRAMMY.com. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ “GRAMMY Rewind: 25th Annual GRAMMY Awards”. GRAMMY.com. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ Bruce Eder. “Do Ya Wanna Play, Carl? – Carl Palmer”. AllMusic. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ “Legendary Drummer Releases Carl Palmer's ELP Legacy – Live in the USA”. Carl Palmer Official Global Web Site (2016年6月2日). 2026年10月18日閲覧。
- ↑ “Carl Palmer's ELP Legacy – Live”. Carl Palmer Official Global Web Site. BMG. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ “Carl Palmer – Fanfare for the Common Man: Deluxe Career Spanning 3 x CD & Blu-ray Box Set”. Carl Palmer Official Global Web Site. BMG. 2026年10月18日閲覧。
- 1 2 “Updates: 12 November 2011; 1 January 2014; 28 February 2014”. Carl Palmer Official Global Web Site. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ “Carl Palmer to perform ELP classics at Narrows”. Limelight Magazine (2013年5月2日). 2026年10月18日閲覧。
- ↑ Dave Thompson. “Live and Raw: 1970-1971 – Atomic Rooster”. AllMusic. 2026年10月18日閲覧。
- 1 2 Jerry Ewing (2023年9月21日). “Live New York recording of 3, featuring Keith Emerson, Carl Palmer and Robert Berry to be released on vinyl”. Prog / Louder. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ “Back Door: Vienna Breakdown – The Recordings 1971 - 1976, Remastered 5CD Box Set”. Cherry Red Records. 2026年10月18日閲覧。
引用文献
- Macan, Edward (2006). Endless Enigma: A Musical Biography of Emerson, Lake and Palmer. Chicago: Open Court. ISBN 978-0-8126-9596-0
- Lake, Greg 著、前むつみ 訳『グレッグ・レイク自伝 ラッキー・マン』シンコーミュージック・エンタテイメント、2023年。ISBN 978-4-401-65242-6。
参考文献
- 吉田弘和 編集『エマーソン・レイク&パーマー: 衝撃のロック・トリオ伝』新興楽譜出版社、1977年2月1日。ASIN B000J8VFP2。