ギリシャ正教会

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ギリシャ正教会

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キリスト教 > 東方教会 > 正教会 > ギリシャ正教会

ギリシャ正教会(ギリシャせいきょうかい)は、以下の3通りの意義に使われる、キリスト教の教派・教会組織を指す言葉。本項では下記3ギリシャ共和国に存在するギリシャ正教会について詳述する。

  1. 東方正教会[1][2][3]。この意味で日本語では「ギリシャ正教」とよく言う[4][5][6][7]。
  2. 東方正教会のうちギリシャ語を共通語とする教会であるコンスタンティノポリス総主教区、アレクサンドリア総主教管区、エルサレム総主教管区、キプロス教会、ギリシャ教会の総称[8]。
  3. 東方正教会のうちギリシャを管轄地域とする独立教会[9][10]。

概要

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ギリシャ正教会
創設者 使徒
独立教会の宣言 1833年
独立教会の承認 1850年(コンスタンティノープル総主教庁により)
現在の首座主教 イエロニモス2世
大主教庁所在地 アテネ(ギリシャ)
主な管轄 ギリシャ
奉神礼の言語 ギリシャ語
聖歌伝統 ビザンティン聖歌
暦 修正ユリウス暦
概算信徒数 10,000,000人
公式ページ ギリシャ正教会公式サイト(ギリシャ語・英語)
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ギリシャ正教会の現首座主教:アテネ大主教イエロニモス2世(2008年2月16日に着座)。リヤサ(ラソ)を着用し、クロブークを被り、パナギアを胸に掛けている。

ギリシャ正教会は、正教会における独立正教会のひとつ。本来は単にギリシャ教会(ギリシャ語: Εκκλησία της Ελλάδος、英語: Church of Greece)と呼ばれる[11][12]。アテネに大主教座を置き、主としてギリシャ共和国の信徒を管轄する。

ギリシャの教会の管轄図

ただし、ギリシャ共和国領とは完全には一致せず、クレタ島およびアトス山はコンスタンティノープル総主教庁の管轄下にある[13]。なお、第二次バルカン戦争後のブカレスト条約で獲得した領土も「精神的」にはコンスタンティノープル総主教庁の管轄であるが、実際にはギリシャ正教会(アテネ大主教)の管理下にある。またギリシャ国外のヨーロッパ、アメリカ合衆国などに移民を中心にして成立した教会の多くも[14]、アテネ大主教の管轄下ではなくコンスタンティノープル総主教庁の庇護下にある。

ギリシャ正教会はコンスタンティノープル総主教庁の一教区ではなく、完全な独立正教会であることは、西方教会との関係[15]や北ギリシャの教区の管轄問題[16]等を巡って見解の差が発生するケースがある事にも示されている。また、コンスタンティノープル総主教は民族的にはギリシャ人であっても、トルコ国民である事がトルコ政府の求める要件とされており、ギリシャ正教会から直接にコンスタンティノープル総主教が選立される事は現在ではない(ただし過去にはメレティオス・メタクサキスのような例があった)。

歴史

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ギリシャの正教会はローマ帝国時代以来の由緒をもつが、ギリシャ人の居住していたペロポネソス半島からアナトリア半島にかけての地域を管轄する教会は、東ローマ帝国の首都コンスタンティノポリス(のちのイスタンブール)に座すコンスタンティノープル総主教のもとにあり、中心地は現在のギリシャの領土内ではなかった。1453年にコンスタンティノープルはイスラム教徒のオスマン帝国の支配下に入り、前後してギリシャ人を含む正教徒の居住地域の多くがオスマン帝国領になったため、オスマン帝国はコンスタンティノープル総主教を保護して国内の正教徒を統制する政策をとった。

しかし、19世紀初頭にギリシャ人の民族意識が高まると、1821年にオスマン帝国の意を受けたコンスタンティノープル総主教の慰撫を振り切る形で現在のギリシャの地で民族蜂起が起こり、ギリシャは王国として1830年にオスマン帝国から独立を果たした。これにともない、新生ギリシャ王国内の正教会は、アテネ大主教を首座として、旧宗主国オスマン帝国の影響下にあるコンスタンティノープル総主教からの教会独立を宣言、1850年に至ってコンスタンティノープル総主教の承認を受け、相互に独立を承認した教会の関係になった。ただし、ギリシャ正教会の首座主教は総主教ではなくアテネ大主教のままである。

指導者の現況

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2008年1月28日に、首座主教であるアテネ大主教フリストドゥロスが肝臓ガンで永眠した[17]。69歳。

後任のアテネ大主教としてイエロニモス2世が選立され[18]、2008年2月16日に着座した。

ギャラリー

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脚注

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  1. ↑ 「ギリシア正教会」『山川 世界史小辞典 改訂新版』山川出版社、コトバンク。2026年6月23日閲覧。
  2. ↑ 「ギリシア正教会」『旺文社世界史事典 三訂版』旺文社、コトバンク。2026年6月23日閲覧。
  3. ↑ 佐藤次高・木村靖二・岸本美緒『詳説 世界史B』山川出版社、2003年3月5日発行、p. 122.
  4. ↑ 森安達也「東方正教会」『世界大百科事典』平凡社、コトバンク。2026年6月23日閲覧。
  5. ↑ 高橋保行『ギリシャ正教』講談社学術文庫、1980年。ISBN 978-4-06-158500-3。
  6. ↑ 久松英二『ギリシア正教 東方の智』講談社、2012年。ISBN 978-4-06-258525-5。
  7. ↑ 「ギリシア正教」『ブリタニカ国際大百科事典 5 改訂版』ティビーエス・ブリタニカ、1984年、598頁。
  8. ↑ J. マディ「ギリシア正教会」『新カトリック大事典』研究社、ジャパンナレッジ。
  9. ↑ 森安達也「ギリシア正教会」『世界大百科事典』平凡社、コトバンク。2026年6月23日閲覧。
  10. ↑ 田口貞夫「ギリシア正教会」『日本大百科全書(ニッポニカ)』小学館、コトバンク。2026年6月23日閲覧。
  11. ↑ 「ギリシア」『世界キリスト教百科事典』David B.Barrett、教文館、1986年、353頁。
  12. ↑ Official Website of The Church of Greece. 2026年6月25日閲覧。
  13. ↑ "The Blackwell Dictionary of Eastern Christianity" Wiley-Blackwell; New edition (2001/12/5), p224, ISBN 9780631232032
  14. ↑ Other Jurisdictions affiliated with the Ecumenical Patriarchate Greek Orthodox Archdiocese of America
  15. ↑ Orthodox patriarch hits at "unacceptable" attacks on ecumenism (Jonathan Luxmoore 4 April 2012)
  16. ↑ Patriarchal Letter to the Orthodox Churches about the Dioceses of the Ecumenical Patriarchate in the Nothern Greece and the islands of the Egean Sea (09/05/2004)
  17. ↑ ギリシャ正教会トップの大主教、69歳で死去 - CNN・日本語
  18. ↑ Greek Orthodox bishops elect leader

関連項目

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外部リンク

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