グランヴィル伯爵

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グランヴィル伯爵
(第2期)
Earl Granville
創設時期1833年5月10日
創設者ウィリアム4世
貴族連合王国貴族
初代初代伯グランヴィル・ルーソン=ゴア
現所有者6代伯ファーガス・ルーソン=ゴア(英語版)
相続人ルーソン男爵グランヴィル・ルーソン=ゴア
付随称号グランヴィル子爵
ルーソン男爵
モットー私を粉砕することはできても、
私の意思を曲げることはできない

(Frangas Non Flectes)

グランヴィル伯爵(英語: Earl Granville)は、イギリスの伯爵位。過去に2回創設されており、現存する2期目はグランヴィル・ルーソン=ゴアが1833年に連合王国貴族として叙されたことに始まる。

歴史

カートレット家

ホイッグ党の重鎮政治家の第2代グランヴィル伯爵・第2代カートレット男爵ジョン・カートレット

清教徒革命中、王党派として行動したジャージー島の政治家ジョージ・カートレット(英語版)(1610頃–1680)は、1645年5月9日にイングランド準男爵位の"ジャージー島におけるMeteschesの"準男爵(Baronet "of Metesches, in Jersey")に叙せられた。王政復古後、彼は初代クラレンドン伯爵エドワード・ハイドが主導する復古王政政府(英語版)で海軍主計官(英語版)を務めたり、王弟ヨーク公ジェームズ(ジェームズ2世)からニュージャージー植民地を譲り受けて同地の領主になり、ニュージャージーという名前の名付け親になるなどした[1][2]。

初代準男爵の死後にはその同名の孫であるジョージ・カートレット(1669–1695)が第2代準男爵を継承した。さらにその翌年の1681年10月19日にはイングランド貴族爵位ベッドフォード州のハウネスのカートレット男爵(Baron Carteret of Hawnes, in the County of Bedford)に叙せられた[3]。またカートレット家のニュージャージーの権利は彼の代にウィリアム・ペンらクエーカーたちに売却して処分している[1]。

その息子である第2代カートレット男爵ジョン・カートレット(1690–1763)は、ホイッグ党の主要政治家の一人として政界で活躍し、首相ロバート・ウォルポールと政権内で反目し合い、ウォルポール内閣が倒閣された後に成立した初代ウィルミントン伯爵スペンサー・コンプトンの内閣を実質的に主導したが、その次のペラム内閣下で議会の批判を受けて失脚した[4]。彼の母グレイス・カートレット(1654–1744)は、1715年1月1日に実家バース伯爵(英語版)グランヴィル家の家名に由来するグランヴィル女伯爵(Countess Granville)、および結婚後の家名に由来するカートレット女子爵(Viscountess Carteret)に叙されており(いずれもグレートブリテン貴族爵位)[5]、1744年10月18日に彼女が死去するとこれらの爵位もジョン・カートレットが継承したため、以降カートレット男爵位はグランヴィル伯爵位の従属爵位となった[6][7]

その息子である3代グランヴィル伯ロバート・カートレット(1721–1776)には子供がなく、彼の死とともにグランヴィル伯位以下全保有爵位が消滅した[8]。

ルーソン=ゴア家

外務大臣を務めた第2代グランヴィル伯爵グランヴィル・ジョージ・ルーソン=ゴア

初代スタッフォード侯爵グランヴィル・ルーソン=ゴアの末子で外交官のグランヴィル・ルーソン=ゴア(1773–1846)は、1814年8月12日に連合王国貴族爵位スタッフォード州のストーンパークのグランヴィル子爵(Viscount Granville, of Stone Park in the County of Stafford)に叙せられた。さらに1833年5月10日にはグランヴィル伯爵とスタッフォード州のストーンのルーソン男爵(Baron Leveson, of Stone in the County of Stafford)に叙せられた[9][10]。これが現存する2期目のグランヴィル伯爵位である。

第1期の初代グランヴィル女伯爵グレイス・カートレットの父である初代バース伯爵(英語版)ジョン・グランヴィル(英語版)の娘の一人ジェーン(1653–1696)は4代準男爵サー・ウィリアム・ルーソン=ゴア(英語版)(1647頃–1691)に嫁いでおり[11]、2期目のグランヴィル伯爵に叙されたグランヴィル・ルーソン=ゴアはその子孫にあたるという関係だった。

初代伯の死後、その息子のグランヴィル・ジョージ・ルーソン=ゴア(1815–1891)が2代伯を継承した。彼は自由党の政治家として外務大臣などの閣僚職を歴任した[12]。

その息子である3代伯グランヴィル・ジョージ・ルーソン=ゴア(英語版)(1872–1939)は、外交官として欧州各国の大使を歴任した[10]。

3代伯には男子がなかったため、彼の死後は弟のウィリアム・スペンサー・ルーソン=ゴア(英語版)(1880–1953)が4代伯を継承した。彼は海軍中将(Vice-Admiral)まで昇進した王立海軍の軍人であり、晩年には北アイルランド総督やマン島総督も務めた[10][13]。4代伯の夫人ローズ(英語版)は、ジョージ6世后のエリザベスの実姉である。

4代伯の死後はその息子ジョージ・ジェイムズ・ルーソン=ゴア(1918–1996)が5代伯を継承し、5代伯の死後はその息子グランヴィル・ジョージ・ファーガス・ルーソン・ゴア(1959-)が6代伯を継承した。2017年現在の当主も彼である[10]。

伯爵家のモットーは、『私を粉砕することはできても、私の意思を曲げることはできない(Frangas Non Flectes)』[10]。

現当主の保有爵位

現在の当主ファーガス・ルーソン・ゴアは以下の爵位を保有している[10][14]。

  • 第6代グランヴィル伯爵 (6th Earl Granville)
    (1833年5月10日の勅許状による連合王国貴族爵位)
  • スタッフォード州のストーンパークの第6代グランヴィル子爵 (6th Viscount Granville, of Stone Park in the County of Stafford)
    (1815年8月12日の勅許状による連合王国貴族爵位)
  • スタッフォード州のストーンの第6代ルーソン男爵 (6th Baron Leveson, of Stone in the County of Stafford)
    (1833年5月10日の勅許状による連合王国貴族爵位。法定推定相続人の儀礼称号)

当主一覧

Meteschesの準男爵 (1645年)

カートレット男爵 (1681年)

グランヴィル伯 第1期 (1715年)

グランヴィル伯 第2期 (1833年)

脚注

  1. 1 2 Chisholm, Hugh, ed. (1911). "Carteret, Sir George" . Encyclopædia Britannica (英語) (11th ed.). Cambridge University Press.
  2. ↑ Lundy, Darryl. “Sir George de Carteret, 1st Bt.” (英語). thepeerage.com. 2015年8月12日閲覧。
  3. ↑ Lundy, Darryl. “George Carteret, 1st Baron Carteret of Hawnes” (英語). thepeerage.com. 2015年8月12日閲覧。
  4. ↑ 松村赳 & 富田虎男 2000, p. 125.
  5. ↑ Lundy, Darryl. “Grace Granville, Countess Granville” (英語). thepeerage.com. 2015年8月12日閲覧。
  6. ↑ Lundy, Darryl. “John Carteret, 2nd Earl Granville” (英語). thepeerage.com. 2015年8月12日閲覧。
  7. ↑ Heraldic Media Limited. “Granville, Earl (GB, 1715 - 1776)” (英語). Cracroft's Peerage The Complete Guide to the British Peerage & Baronetage. 2017年10月26日閲覧。
  8. ↑ Lundy, Darryl. “Robert Carteret, 3rd Earl Granville” (英語). thepeerage.com. 2015年8月12日閲覧。
  9. ↑ Lundy, Darryl. “Granville Leveson-Gower, 1st Earl Granville” (英語). thepeerage.com. 2015年8月12日閲覧。
  10. 1 2 3 4 5 6 Heraldic Media Limited. “Granville, Earl (UK, 1833)” (英語). Cracroft's Peerage The Complete Guide to the British Peerage & Baronetage. 2017年10月26日閲覧。
  11. ↑ Lundy, Darryl. “Lady Jane Granville” (英語). thepeerage.com. 2017年12月1日閲覧。
  12. ↑ Lundy, Darryl. “Granville George Leveson-Gower, 2nd Earl Granville” (英語). thepeerage.com. 2015年8月12日閲覧。
  13. ↑ Lundy, Darryl. “Vice-Admiral William Spencer Leveson-Gower, 4th Earl Granville” (英語). thepeerage.com. 2017年12月1日閲覧。
  14. ↑ Lundy, Darryl. “Granville George Fergus Leveson-Gower, 6th Earl Granville” (英語). thepeerage.com. 2017年12月1日閲覧。

参考文献

関連項目