ザリル
| ザリル Zarir | |
|---|---|
| サーサーン朝の王子 | |
| 死去 |
485年 |
| 家名 | サーサーン家 |
| 父親 | ヤズデギルド2世 |
| 母親 | デナグ |
| 宗教 | ゾロアスター教 |
生涯
ザリルの生涯についての唯一の情報源であるアルメニア人の歴史家Ghazar Parpetsiによると、ザリルはサーサーン朝のシャーヤズデギルド2世の息子だった。彼にはバラーシュ、ホルミズド3世、ペーローズ1世の兄弟がいた。ペーローズ1世の戦死(エフタル・サーサーン戦争 (484年))後、バラーシュは貴族と聖職者によって王に選ばれた。しかしその選出にザリルは不満を持ち、反乱を起こした。バラーシュはアルメニアで反乱を起こしていたヴァハン・マミコニアンと和平することを余儀なくされ、ザリルの反乱を抑えるために彼を鎮圧軍のリーダーとして派遣した[1]。ザリルはすぐに敗北し、山へ逃げたが、すぐに捕まって"動物のように撃ち落とされた"[2]。
脚注
- ↑ 青木 2020 p,218
- ↑ Grousset 1947, p. 228.
参考文献
- 青木健『ペルシア帝国』講談社〈講談社現代新書〉、2020年8月。ISBN 978-4-06-520661-4。
- Chaumont, M. L.; Schippmann, K. (1988). "Balāš". Encyclopaedia Iranica, Vol. III, Fasc. 6. pp. 574–580.
- Daryaee, Touraj (2020). “Sasanian Coins & Kingship”. Journal of Late Antiquity.
- Dédéyan, Gérard (2007) (フランス語). Histoire du peuple arménien. Toulouse: Éd. Privat. ISBN 978-2-7089-6874-5
- Grousset, René (1947) (フランス語). Histoire de l'Arménie des origines à 1071. Paris: Payot
- Pourshariati, Parvaneh (2008). Decline and Fall of the Sasanian Empire: The Sasanian-Parthian Confederacy and the Arab Conquest of Iran. London and New York: I.B. Tauris. ISBN 978-1-84511-645-3