ティーム・セラーニ
| ティーム・セラーニ | |
|---|---|
|
アナハイム・ダックス時代(2008年) | |
| 本名 | テーム・イルマリ・セランネ |
| 原語名 | Teemu Ilmari Selänne |
| 愛称 | フィニッシュ・フラッシュ |
| 生誕 |
1970年7月3日(56歳) ヘルシンキ |
| 身長 | 6 ft 0 in (1.83 m) |
| 体重 | 209 lb (95 kg; 14 st 13 lb) |
| ポジション | 右ウィング |
| ショット | 右打ち |
| 所属したチーム |
ヨケリト ウィニペグ・ジェッツ アナハイム・ダックス サンノゼ・シャークス コロラド・アバランチ |
| 代表 |
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| NHLドラフト |
全体10位(1988年) ウィニペグ・ジェッツ |
| プロ選手期間 | 1989年 – 2014年 |
| 2017年殿堂入り | |
ティーム・セラーニ(フィンランド語: Teemu Selänne, 1970年7月3日 - )は、フィンランドのヘルシンキ生まれの元プロアイスホッケー選手。ポジションは右ウィング。
フィンランド史上最高の選手の1人とされる。フィニッシュ・フラッシュ(フィンランドの閃光)の愛称の通り、高速スピードで相手をかわしてゴールを量産した。
経歴
NHLまで
フィンランドのクラブ「ヨケリト」のスター選手であったセラーニは、1988年のNHLドラフト全体10位でウィニペグ・ジェッツより指名を受けた。セラーニは義務的な兵役を終えるためフィンランドに留まり、最終年度にはシーズンとプレーオフの得点王となり、優勝決定のゴールを決めて、21歳でフィンランドチャンピオンとなった。1992年にNHLデビューを果たした。
ジェッツ時代
キース・カチャックやアレクセイ・ジャムノフとラインを組み即座にその実力を発揮し、最初の12試合で11ゴールを挙げると、マイク・ボッシーが保持していた新人最多ゴール記録(53ゴール)を15年ぶりに塗り替え、最終的にシーズン76ゴールと132ポイントというNHLルーキー記録(いずれもキャリアハイ)を樹立し、初年度で100ポイントを超えた5人目の選手となり、アレクサンダー・モギルニーと並んでNHL最多ゴールを記録した。2026年時点において、最後の70ゴール以上の達成者である。カルダー記念賞とファーストNHLオールスターチームにも選出された。
マイティダックス時代
財政難に陥ったジェッツは、1995–96シーズン途中の2月7日にセラーニをマイティダックス・オブ・アナハイムにトレードし、シーズンを40ゴール108ポイントで終えると、レディ・ビング記念賞のファイナリストに初めて選出され、以降6年連続でファイナリストに選出されることとなる。[1]
翌1996-97シーズンにはチームのオルタネイト・キャプテンに任命され、フィンランドの先輩であるヤリ・クリがチームに1シーズン加入した。51ゴール58アシストを記録して、ダックスを初のプレーオフ進出に導き、再びファーストNHLオールスターチームに選出された。セラーニとポール・カリヤはリーグ屈指の爆発力のあるウイングペアとしてリーグを席巻していた。
翌1997-98シーズンにはNHLオールスターゲームでハットトリックを決めてMVPに選出されると、ピーター・ボンドラと並ぶリーグ最多の52ゴールを挙げ、セカンドオールスターチームに選ばれ、フィンランド選手として初めてハート記念賞のファイナリストにも選出された。[2]また、カリヤが怪我で不在の間はキャプテンも務めた。
NHLは1998-99シーズンにモーリス・"ロケット"・リシャール賞を創設し、47ゴールを挙げたセラーニが初の受賞者となり、2年連続でセカンドオールスターチームに選出された。
シャークス、アバランチ時代
2000-01シーズン終盤にマイティダックスはプレーオフに進出したものの、セラーニはサンノゼ・シャークスにトレードされた。トレード後に膝の手術を受け、復帰して12試合で13ポイントを記録したものの、膝の痛みに苦しむようになり、思うような成績を残せずにいた。
2003年にはコロラド・アバランチと契約し、元チームメイトのカリヤとジョー・サキックとの強力なラインを組んだものの、膝の怪我により生産性が低下し4つ目のラインに降格した結果、78試合でキャリア最低の16ゴール16アシストに終わった。2004年から2005年のNHLロックアウトが始まった直後の2004年9月20日に膝の再建手術を受け、リハビリに十分な時間を割いて取り組んだ。
アナハイムへの復帰
フリーエージェントとしてアナハイムに復帰したセラーニは、再びオルタネイト・キャプテンに任命された2005-06シーズンに40ゴール90ポイントを記録し、1月30日にフィンランド人として2人目となるシーズン1,000ポイント、3月22日にはシーズン500ゴール目を達成した。プレーオフ16試合で14ポイントを記録してダックスのウェスタン・カンファレンス決勝進出に貢献し、その粘り強さと献身によりビル・マスタートン記念賞を受賞した。
翌2006-07シーズンの12月31日にNHL通算1,000試合目を迎え、シーズン48ゴールを挙げて、NHL史上最年長でシーズン45ゴールを挙げ、35歳を超えて2シーズン連続で40ゴールを挙げた初の選手となった。また、パワープレーのゴール数(25)と決勝ゴール数(10)でリーグ最多を記録した。ダックスに改名した初年度のスタンレーカップファイナルでオタワ・セネターズを5試合で破り初のスタンレーカップ優勝を成し遂げ、6人目のフィンランド人選手としてトロフィーを掲げた。
当初は引退も考えていたが、2008年2月5日に復帰した。2010-11シーズンには31ゴール、80ポイントを記録し、40歳以降フルシーズンでNHL1試合平均1ポイントを記録した唯一の選手としてゴーディ・ハウとジョニー・ビューシックに続いた。[3]
2012年3月14日のデトロイト戦で、ヤロミール・ヤーガーに続いてNHL史上2人目のヨーロッパ選手としてシーズン通算1,400ポイント目を記録した。
NHL史上最多得点のフィンランド人として、2013-14シーズン終了後に引退した。NHL通算成績はレギュラーシーズン1,451試合で684ゴール、1,457ポイントを獲得している。2015年1月11日、セラーニの背番号8はアナハイム・ダックス初の永久欠番となった。
2017年には100人の偉大なNHL選手の1人に選ばれ、ヤリ・クリに続いて2人目のフィンランド人としてホッケーの殿堂入りを果たした。
国際大会
| 獲得メダル | ||
|---|---|---|
| 男子 アイスホッケー | ||
| オリンピック | ||
| 銀 | 2006 タリン | |
| 銅 | 1998 長野 | |
| 銅 | 2010 バンクーバー | |
| 銅 | 2014 ソチ | |
| 世界選手権 | ||
| 銀 | 1999 ノルウェー | |
| 銅 | 2008 カナダ | |
| 欧州選手権 | ||
| 銅 | 1991 フィンランド | |
| カナダカップ / ワールドカップ | ||
| 銀 | 2004 トロント | |
| プレーオフ | 1991 ハミルトン | |
| 欧州ジュニア選手権 | ||
| 銀 | 1988 チェコスロバキア | |
セラーニはフィンランド代表として5回の世界選手権に出場し、1991年5月のフィンランド大会では、憧れのヤリ・クリと同じラインでプレーした。1999年に銀メダル(最優秀選手に選出)、2003年大会では7試合で8ゴール11ポイントを挙げ、2008年に銅メダルを獲得した。
1991年のカナダカップと1996年と2004年のワールドカップにフィンランド代表として参加した。
6回のオリンピックに出場し、2006年に銀メダル、1998年、2010年、2014年に銅メダルを獲得した。1998年大会では5試合で10ポイントを記録して大会のポイント王となり、2002年大会で初の代表キャプテンを務めた。2006年大会ではゴールとポイントでトップとなり、最優秀フォワードと大会オールスターチームに選ばれた。キャプテンを務めた2014年大会では、オリンピックMVPに輝き再びオールスターチームに選出された。
43歳でオリンピックゴールを決めた最年長選手となり、オリンピックアイスホッケー史上最多得点者 (37試合で24ゴール19アシスト) として引退した。
フィンランドの年間最優秀選手には9回選出されている。
2016年12月30日、セラーニの背番号8はフィンランド代表全体の永久欠番に指定された。[4]
2017年にIIHF殿堂入りを果たした。
詳細情報
レギュラーシーズンとプレーオフの成績
太字はリーグトップ
| レギュラーシーズン | プレーオフ | |||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| シーズン | チーム | リーグ | 試合 | G | A | Pts | PIM | 試合 | G | A | Pts | PIM | ||
| 1986–87 | Jokerit | FIN U20 | 33 | 10 | 12 | 22 | 8 | — | — | — | — | — | ||
| 1987–88 | Jokerit | FIN U20 | 33 | 43 | 23 | 66 | 18 | 5 | 4 | 3 | 7 | 2 | ||
| 1987–88 | Jokerit | FIN.2 | 5 | 1 | 1 | 2 | 0 | — | — | — | — | — | ||
| 1988–89 | Jokerit | FIN U20 | 3 | 8 | 8 | 16 | 4 | — | — | — | — | — | ||
| 1988–89 | Jokerit | FIN.2 | 35 | 36 | 33 | 69 | 14 | 5 | 7 | 3 | 10 | 4 | ||
| 1989–90 | Jokerit | SM-l | 11 | 4 | 8 | 12 | 0 | — | — | — | — | — | ||
| 1990–91 | Jokerit | SM-l | 42 | 33 | 25 | 58 | 12 | — | — | — | — | — | ||
| 1991–92 | Jokerit | SM-l | 44 | 39 | 23 | 62 | 20 | 10 | 10 | 7 | 17 | 18 | ||
| 1992–93 | ウィニペグ・ジェッツ | NHL | 84 | 76 | 56 | 132 | 45 | 6 | 4 | 2 | 6 | 2 | ||
| 1993–94 | ウィニペグ・ジェッツ | NHL | 51 | 25 | 29 | 54 | 22 | — | — | — | — | — | ||
| 1994–95 | Jokerit | SM-l | 20 | 7 | 12 | 19 | 6 | — | — | — | — | — | ||
| 1994–95 | ウィニペグ・ジェッツ | NHL | 45 | 22 | 26 | 48 | 2 | — | — | — | — | — | ||
| 1995–96 | ウィニペグ・ジェッツ | NHL | 51 | 24 | 48 | 72 | 18 | — | — | — | — | — | ||
| 1995–96 | マイティダックス・オブ・アナハイム | NHL | 28 | 16 | 20 | 36 | 4 | — | — | — | — | — | ||
| 1996–97 | マイティダックス・オブ・アナハイム | NHL | 78 | 51 | 58 | 109 | 34 | 11 | 7 | 3 | 10 | 4 | ||
| 1997–98 | マイティダックス・オブ・アナハイム | NHL | 73 | 52 | 34 | 86 | 30 | — | — | — | — | — | ||
| 1998–99 | マイティダックス・オブ・アナハイム | NHL | 75 | 47 | 60 | 107 | 30 | 4 | 2 | 2 | 4 | 2 | ||
| 1999–00 | マイティダックス・オブ・アナハイム | NHL | 79 | 33 | 52 | 85 | 12 | — | — | — | — | — | ||
| 2000–01 | マイティダックス・オブ・アナハイム | NHL | 61 | 26 | 33 | 59 | 36 | — | — | — | — | — | ||
| 2000–01 | サンノゼ・シャークス | NHL | 12 | 7 | 6 | 13 | 0 | 6 | 0 | 2 | 2 | 0 | ||
| 2001–02 | サンノゼ・シャークス | NHL | 82 | 29 | 25 | 54 | 40 | 12 | 5 | 3 | 8 | 2 | ||
| 2002–03 | サンノゼ・シャークス | NHL | 82 | 28 | 36 | 64 | 30 | — | — | — | — | — | ||
| 2003–04 | コロラド・アバランチ | NHL | 78 | 16 | 16 | 32 | 32 | 10 | 0 | 3 | 3 | 2 | ||
| 2005–06 | マイティダックス・オブ・アナハイム | NHL | 80 | 40 | 50 | 90 | 44 | 16 | 6 | 8 | 14 | 2 | ||
| 2006–07 | アナハイム・ダックス | NHL | 82 | 48 | 46 | 94 | 82 | 21 | 5 | 10 | 15 | 10 | ||
| 2007–08 | アナハイム・ダックス | NHL | 26 | 12 | 11 | 23 | 8 | 6 | 2 | 2 | 4 | 6 | ||
| 2008–09 | アナハイム・ダックス | NHL | 65 | 27 | 27 | 54 | 36 | 13 | 4 | 2 | 6 | 4 | ||
| 2009–10 | アナハイム・ダックス | NHL | 54 | 27 | 21 | 48 | 16 | — | — | — | — | — | ||
| 2010–11 | アナハイム・ダックス | NHL | 73 | 31 | 49 | 80 | 49 | 6 | 6 | 1 | 7 | 12 | ||
| 2011–12 | アナハイム・ダックス | NHL | 82 | 26 | 40 | 66 | 50 | — | — | — | — | — | ||
| 2012–13 | アナハイム・ダックス | NHL | 46 | 12 | 12 | 24 | 28 | 7 | 1 | 2 | 3 | 6 | ||
| 2013–14 | アナハイム・ダックス | NHL | 64 | 9 | 18 | 27 | 12 | 12 | 2 | 4 | 6 | 4 | ||
| SMリーガ 合計 | 117 | 83 | 68 | 151 | 38 | 10 | 10 | 7 | 17 | 18 | ||||
| NHL 合計 | 1,451 | 684 | 773 | 1,457 | 660 | 130 | 44 | 44 | 88 | 62 | ||||
国際大会

| 年度 | チーム | 大会 | 試合 | G | A | Pts | PIM | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1988 | フィンランドU18 | 欧州ジュニア | 6 | 7 | 9 | 16 | 8 | |
| 1989 | フィンランドU20 | 世界ジュニア | 7 | 5 | 5 | 10 | 10 | |
| 1991 | フィンランド | 世界選手権 | 10 | 6 | 5 | 11 | 2 | |
| 1991 | フィンランド | カナダカップ | 6 | 1 | 1 | 2 | 2 | |
| 1992 | フィンランド | オリンピック | 8 | 7 | 4 | 11 | 6 | |
| 1996 | フィンランド | 世界選手権 | 6 | 5 | 3 | 8 | 0 | |
| 1996 | フィンランド | ワールドカップ | 4 | 3 | 2 | 5 | 0 | |
| 1998 | フィンランド | オリンピック | 5 | 4 | 6 | 10 | 8 | |
| 1999 | フィンランド | 世界選手権 | 11 | 3 | 8 | 11 | 2 | |
| 2002 | フィンランド | オリンピック | 4 | 3 | 0 | 3 | 2 | |
| 2003 | フィンランド | 世界選手権 | 7 | 8 | 3 | 11 | 2 | |
| 2004 | フィンランド | ワールドカップ | 6 | 1 | 3 | 4 | 4 | |
| 2006 | フィンランド | オリンピック | 8 | 6 | 5 | 11 | 4 | |
| 2008 | フィンランド | 世界選手権 | 9 | 3 | 4 | 7 | 12 | |
| 2010 | フィンランド | オリンピック | 6 | 0 | 2 | 2 | 0 | |
| 2014 | フィンランド | オリンピック | 6 | 4 | 2 | 6 | 4 | |
| ジュニア 合計 | 13 | 12 | 14 | 26 | 18 | |||
| シニア 合計 | 96 | 54 | 48 | 102 | 48 | |||
表彰
- 欧州ジュニア選手権-A オールスターチーム:1988年
- カルダー記念賞:1993年
- NHLオールルーキーチーム:1993年
- NHLオールスターゲーム出場:10回(1993, 1994, 1996, 1997, 1998, 1999, 2000, 2002, 2003, 2007年)
- NHLオールスターチーム
- 1stチーム:2回(1993, 1997年)
- 2ndチーム:2回(1998, 1999年)
- NHLオールスターゲームMVP:1998年
- NHLオールスターゲーム・スキルコンペ パックコントロールリレー部門優勝:1998年
- ロケット・リシャール賞:1999年(初代受賞者)
- 世界選手権-A オールスターチーム:1999年
- 世界選手権-A 最優秀選手:1999年
- ビル・マスタートン記念賞:2006年
- オリンピック オールスターチーム:2回(2006, 2014年)
- オリンピック ベストフォワード:2006年
- スタンレーカップ優勝:2007年
- オリンピック 最優秀選手:2014年
- フィンランドホッケー殿堂:2015年
- ホッケーの殿堂、IIHF殿堂:2017年
- 最高のNHLプレーヤー100人選出:2017年
- ウィニペグ・ジェッツ殿堂:2022年
背番号
- 8(2015年1月11日 アナハイム・ダックス初の永久欠番、2016年12月30日 フィンランド代表の永久欠番)
- 13(ウィニぺグ・ジェッツ)
脚注
- ↑ 「Lady Byng Memorial Trophy」NHL.com Records 2026年9月3日閲覧
- ↑ 「Hart Memorial Trophy」NHL.com Records 2026年9月3日閲覧
- ↑ 「Report: Knee surgery for Selanne」FoxNews November 20, 2014 2026年9月3日閲覧
- ↑ 「Teemu’s Team Finland jersey up to the rafters」SEL8NEE Nov 9th 2016 2026年9月3日閲覧
外部リンク
- NHL.com, or Eliteprospects.com, or ESPN.com, or Eurohockey.com, or Hockey-Reference.com, or Legends of Hockey, or The Internet Hockey Database
- Wayne Coffey (2017年1月1日). “Teemu Selanne: 100 Greatest NHL Players” (英語). NHL公式サイト. NHL.com. 2026年9月2日閲覧。
- SEL8NEE
- Joe Pelletier (2007年12月29日). “Teemu Selanne” (英語). GreatestHockeyLegends.com. 2026年9月2日閲覧。
- “Teemu SELANNE” (英語). 国際オリンピック委員会. International Olympic Committee. 2026年9月2日閲覧。
- “Teemu Selänne Biographical information” (英語). Olympedia. 2026年9月2日閲覧。
- Nicolas Jacquet. “Teemu Selänne” (フランス語). hockeyarchives.info. 2026年9月24日閲覧。