テセウスの船(テセウスのふね)はパラドックスの一つであり、テセウスのパラドックスとも呼ばれる。ある物体において、それを構成するパーツが全て置き換えられたとき、過去のそれと現在のそれは「同じそれ」だと言えるのか否か、という問題(同一性の問題)をさす。
プルタルコスは全部の部品が置き換えられたとき、その船が同じものと言えるのかという疑問を投げかけている。また、ここから派生する問題として置き換えられた古い部品を集めて何とか別の船を組み立てた場合、どちらがテセウスの船なのかという疑問が生じる。
ギリシャの哲学者ヘラクレイトスは同一性に関して独自の視点を持っていた。Arius Didymus は次のような彼の言葉を引用している[1]。
人々が同じ川に入ったとしても、常に違う水が流れている。
プルタルコスもヘラクレイトスの言葉として同じ川に2度入ることはできないという主張を引用している[2]。
ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。
と述べられており、「川」としての「存在」はそこにありながら、そこに流れている水は時間を経れば「ある瞬間を流れていた水」ではない事を指摘している。
「おじいさんの古い斧(Grandfather's old axe)」とは、本来の部分がほとんど残っていないことを意味する英語での口語表現である。すなわち、「刃の部分は3回交換され、柄は4回交換されているが、同じ古い斧である。」この成句は冗談として、明らかに新しい斧を掲げて「これはジョージ・ワシントンの使った斧で…」などと使われる。
前述のように生物は子孫を残すことで同一性を維持しているが、社会的には国家をはじめとした組織も構成員が入れ替わりながら存続している。企業や学校、スポーツチーム、楽団などの組織も時間が経つにつれて所在地や所属先(親会社など)が変わり構成員(社員など)も入れ替わっていくが、社会的には同じ組織として認識される。
アリストテレスの哲学体系では、事象の原因を4つに分け(四原因説)、これらを分析することでパラドックスに答えることができるとされる。アリストテレスによれば、ある事象が「何であるか」は「形相因」であり、その観点では設計などの本質が変わっていないため、テセウスの船は「同じ」であるとされる。同様にヘラクレイトスの川も「形相因」的には変わっていないが、「質料因」が時と共に変化しているとされる。
また、「目的因」から見ると、テセウスの船は「質料因」としての材質が変わったとしても、テセウスが使った船であるという「目的因」は変わっていないとされる。「動力因」は誰がどのように作ったかを指し、テセウスの船の場合、船を最初に作った職人は同じ道具や技法を使って修理(部品の置換)をしたと考えることができる。
哲学書によくある主張として、ヘラクレイトスの川の場合、「同じ」が2種類の意味で使われているとされる。1つは「質的(qualitatively)」な「同じ」であり、属性が一致していることを意味する。もう1つは「数的(numerically)」な「同じ」である。例えば、同じに見えるボウリングのボールが2個あるとする。それらは質的には同じだが、数的には同じではない。一方を別の色で塗り替えた場合、塗り替える前と比較して数的には同じだが、質的には同じではない。
このような主張では、ヘラクレイトスの川は質的には同じだが、数的には同じではないということになる。テセウスの船も同様である。
このような解答は、質的な同一性をさらに詳細化して考えていったとき、それが数的な同一性より範囲が狭くなるという問題をはらんでいる。例えば、ボウリングのボールの属性をその時空間における位置であるとした場合、異なる位置や時間に存在するボールは(数的には同じであっても)質的には同じであるとは言えなくなる。同様に、川も時と共に属性が変化していると見ることもでき、水面の波の状態などは一度として同じになることはない。質的に同じでないものは数的にも同じでないとされるため、異なる時点の川は数的にも異なるということになる[注釈 8]。
このパラドックスへの1つの解答が4次元主義(en)の概念から生じた。David Lewis らは、全ての事象を4次元オブジェクトとして考えることでこれらの問題が解決すると提案した。あるオブジェクトは空間的には3次元の広がりを持ち、第4の次元として時間的にも広がりを持つ。4次元オブジェクトは3次元時系列からなる。すなわち、空間的広がりを持って、ある期間だけ存在する。あるオブジェクトは因果関係のある一連のタイムスライスから構成される。各タイムスライスは数的に同じであり、タイムスライスの集合体としての4次元オブジェクトも数的に同じである。しかし、個々のタイムスライスは質的に異なる。
川の問題で言えば、各時点で川は異なる属性を持つ。したがって、3次元タイムスライスを抜き出してみれば、川はそれぞれのタイムスライスで異なる属性を示す。しかし、それらをまとめたとき、全体として川としての同一性があると言える。したがって、同じタイムスライスの川に入ることはできないが、同じ川に2度入ることは可能である[10]。
ここで特殊相対性理論を考慮すると、タイムスライスを形成する唯一の「正しい」方法が存在しないことになる。しかし、これはあまり問題ではない。ミンコフスキー空間では観測者は同じタイムスライスを2度通過することはないため、依然として「同じ川の同じタイムスライスに2度入ることはできない」のである。
ロバート・M・パーシグ の Lila: An Inquiry into Morals で示された属性の形而上学(Metaphysics of quality)では、パターンの階層が定義され、それを使ってこのパラドックスの新たな解答が与えられている。すなわち、船は、変化する低位のパターン(部品)の集合体であり、単一の高位のパターン(船全体)は変化しない。
言語学者フェルディナン・ド・ソシュールは「テセウスの船」に直接解答した訳ではないが、あくまで言語学の立場から「午後8時45分ジュネーブ発パリ行きの列車」を例に出し、列車や乗客や運行などが違っていても同じ列車であると近代言語学を開いた『一般言語学講義』で述べている。実体が違っても価値は同じという考え方を採り、これが構造主義や記号論を形成する考えの一つになっていく。同じようにチェスにおいても、駒の素材が何であれ、キングなりビショップなりがどういう位置にあるか、どういう構造の中にあるか、によってその価値が決まってくると考える。
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