トーロ王国

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トーロ王国

Kingdom of Tooro(英語)
Obukama bwa Tooro(トーロ語)
1830年
トーロ王国   の国旗
国旗
国歌: Agutamba(トーロ語)
アグタンバ
ピンク:ウガンダ赤:トーロ王国緑:かつてトーロ王国の一部であった県
  • ピンク:ウガンダ
  • 赤:トーロ王国
  • 緑:かつてトーロ王国の一部であった県
首都 フォート・ポータル
共通語 英語
トーロ語
宗教
キリスト教
統治体制 議会君主制
• オムカマ
エドワード・ルキディ・ニャボンゴ1世
歴史  
• ブニョロからの独立
1830年
• ブニョロに吸収合併
1876年
• ブニョロからの再独立
1891年
• 王政廃止
1967年
• 王政復古
1993年
通貨 ウガンダ・シリング (UGX)
時間帯 +3

トーロ王国(トーロおうこく、Tooro)は、現在のウガンダ南部のバントゥー系の伝統的な王国の一つ。1830年頃にブニョロ・キタラ帝国のオムカマ(王)ニャムトゥクラ・キェバンベ3世の息子カボヨ・オリミ1世が自立して西部に建国したのが始まりで、1876年にはブニョロ王国に併合され、イギリスの軍事力を借りて1891年にイギリスの保護国として「再独立」した。首都はカバロレであったが、度々改名されフォート・ポータルとされた。主要な民族は東部がトーロ族、西部が北にアンバ族、中にブウィシ族、南にコンジョ族である。北にアルバート湖、北東にブニョロ王国、東にブガンダ、南にアンコーレ王国、ジョージ湖、エドワード湖を挟みキゲジ、西にコンゴ北キヴ州、イトゥリ州と接する。

ウガンダ独立時には連邦の準構成国としてある程度の自治権を持ったが、1963年2月には西部のルウェンゾリ山地のコンジョ族とアンバ族がルウェンズルル王国として独立を宣言し、第一次ミルトン・オボテ政権時の1967年には他のブガンダ、ブニョロ、ブソガなどと並んで王制を廃止された。イギリス植民地時代以降イギリス人の入植が進んだが、イディ・アミン政権時に追放された。1993年に儀礼的な王制が復活され、1995年にルキディ4世(英語版)(1992年生まれ)が3歳で即位し、世界最年少の君主として知られたが、癌治療を受けていたアメリカ合衆国にて2026年8月に34歳で崩御。9月4日の後継者会議でロンドン在住のサッカー選手、ジョージ・デズモンド・カムラシ(George Desmond Kamurasi)(SEドンズFC(英語版)所属)が選出されたが、ルキディ4世の妹であるルース・コムンターレ(Ruth Komuntale)王女が公にされていないルキディ4世の息子が後継者に指名されていたと主張して決定を拒否し、後継者争いが勃発した[1][2]。結局、カムラシは即位を辞退し[3]、後継には元ニュースキャスターのエドワード・ルキディ・ニャボンゴ1世が王族の長老らによって推戴され、9月12日に行われたルキディ4世の葬儀で一族の当主がニャボンゴ1世の即位を宣言した[4]。

歴代オムカマ

  • オリミ1世(Olimi I, 1830年頃 - 1860年代)
  • ルハガ(Ruhaga, 簒奪 - 1860年代)
  • キェバンベ1世(Kyebambe I, 1860年代- 1870年)
  • ルキディ1世(Rukidi I, 1870年 - 1871年)
  • キェバンベ1世(1871年 - 1872年)
  • オリミ2世(Olimi II, 1872年 - 1870年代)
  • キェバンベ2世(Kyebambe II, - 1870年代)
  • ルキディ2世(Rukidi II, - 1870年代)
  • ルキディ・キェベンバ3世(Rububi Kyebambe III, - 1870年代)
  • カケンデ(Kakende, 1870年代 - 1876年)
  • ブニョロに併合(1876年 - 1891年)
    • カサガマ
  • キェベンバ4世(Kyebambe IV, 1891年 - 1928年)
  • ルキディ3世(Rukidi III, 1929年 -1965年)
  • オリミ3世(Olimi III, 1965年 - 1967年)
  • 王制廃止
  • オリミ3世(1993年 - 1995年)
  • ルキディ4世(英語版)(Rukidi IV、1992年4月16日生、1995年[5] - 2026年8月27日[6])
  • エドワード・ルキディ・ニャボンゴ1世(Edward Rukidi Nabongo I, 2026年 - )

脚注

出典

  1. ↑ “Royal family rift after popular TV news presenter chosen to succeed Ugandan king”. BBC. 2026年9月14日. 2026年9月15日閲覧.
  2. ↑ “ウガンダ、3歳で伝統王国率いた「少年王」死去 後継はキャスターか”. 朝日新聞. 2026年9月15日. 2026年9月15日閲覧.
  3. ↑ “「次の国王候補」に選ばれた36歳男性が王位を辞退…ロンドンでの仕事と家族を選ぶ”. Pen Online. 2026年10月19日. 2026年10月19日閲覧.
  4. ↑ “Emotional Musuuga declares regnal name of new King of Tooro at Oyo’s send off”. Pulse Uganda. 2026年9月12日. 2026年9月16日閲覧.
  5. ↑ 「りりしい男たち、ウガンダ・トロ王国で即位式」『AFPBB News』2010年4月21日。オリジナルの2025年11月26日時点におけるアーカイブ。2026年8月28日閲覧。
  6. ↑ “King Oyo of Uganda’s Tooro dies aged 34”. the newtimes (英語). 2026年8月27日. 2026年8月28日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2026年8月28日閲覧.

外部リンク