

ニムロド(ニムロデ、ニムロッドとも。ヘブライ語: נמרוד、Nimrôd)は、旧約聖書の登場人物。『創世記』第10章において、クシュの息子として紹介されている。クシュの父はハム、その父はノアである。地上における最初の勇士で狩人であるとされる[1]。ユダヤ人の伝承が記された『ユダヤ古代誌』ではバベルの塔の建設を命じた王とされる[2]。
同時代の登場人物たちは概ね民族の代表者(族長)として記録されており、その名前はそれぞれの民族名をも兼ねているのだが、ニムロドの場合、民族的な背景は触れられずに単なる個人名(原義は反逆する者という意味[3])として記されている。単独で紹介された人物としては相対的に情報量が少ないが、同時代人の言葉により、彼が有能な狩人であったことが知られる。
創世記 10章9節 彼は主の前に力ある狩人であった。それゆえ、「主の前に力ある狩人ニムロデのように」と言われるようになった。(口語訳)
また、彼の王権がバベル、ウルク、アッカド、カルネ(その所在はいまだに特定されていない)といった古代都市を含むシンアルの地、及びニネヴェ、カラ、レセン、レホボット・イール(この都市の所在も不明である)のあるアッシリア地方にまで広がっていたことが『創世記』(10章)では述べられている。また、『ミカ書』(5章)ではアッシリアについて預言する際、同地を「ニムロドの地」として言及している。
一方、ミドラーシュではよりネガティブな人物として想定されている。それは彼の名前が即、神に対する反逆を表明しているからである。つまり「ニムロド」とはヘブライ語で「我等は反逆する」を意味している。狩人としての彼の行為もまた、凶暴かつ残虐的に描写されている。なかんずくバベルの塔の建造においてはその企画発案者と見なされている。彼は巨大な塔を建て、唯一の神ではなく、偶像崇拝を始めるようになる。
ユダヤ人社会では比較的ポピュラーな個人名として通用している。
古来、伝説上ニネヴェを建設したとされるニノスとニムロドを同一視する説があるが、最新の研究では、アッカドの狩猟農耕の神と讃えられたニヌルタ、あるいは、王名にその名を冠したトゥクルティ・ニヌルタ、あるいは、『シュメール王名表』にウルクの初代王として記録されているエンメルカルなどがニムロドと見立てられている。
ニムロドに関して、一部に次のような説がある。
陰謀論について研究する政治学者のマイケル・バーカンによれば、こうした説の起源は、スコットランドの神学者にしてフリーメイソンであるとされる、アレクサンダー・ヒスロップ(Alexander Hislop)による、反カトリック冊子『ふたつのバビロン 教皇崇拝はニムロデ夫妻崇拝である』(The Two Babylons)に求められる。
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