ヘンリー・ベストン

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ヘンリー・ベストン
Henry Beston
生誕 (1888-06-01) 1888年6月1日
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国・マサチューセッツ州クインジー
死没 1968年4月15日(1968-04-15)(79歳没)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国・メイン州ノーブルボロ
出身校 ハーバード大学
職業 作家、ネイチャーライター著述家
著名な実績 近代環境保護運動の先駆者
代表作 『The Outermost House: A Year of Life on the Great Beach of Cape Cod』
配偶者 エリザベス・コーツワース
受賞 エマーソン=ソロー・メダル(1959)
栄誉 アメリカ芸術科学アカデミー会員(1954)
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ヘンリー・ベストン(Henry Beston、本名:Henry Beston Sheahan、1888年6月1日 – 1968年4月15日)は、アメリカ合衆国の作家・ナチュラリスト(博物学者)である。

1928年に発表した自然文学の古典的名著『ケープコッドの海辺に暮らして:大いなる浜辺における1年間の生活』(The Outermost House: A Year of Life on the Great Beach of Cape Cod)によって広く知られる。

自らを「詩的喜びを持つ風景の詩人」と位置づけ、近代環境保護運動の先駆者のひとりと評価されている。作家レイチェル・カーソンは「自分の文章に影響を与えた唯一の作家」としてベストンの名を挙げた[1]。

生涯・経歴

幼少期と教育

ヘンリー・ベストンは1888年6月1日、マサチューセッツ州クインシーにて、アイルランド系アメリカ人医師ジョセフ・シーハンとフランス系アメリカ人の母マリー・ルイーズ・ベストン・シーハンの息子として生まれた。クインシーのアダムズ・アカデミーで中等教育を受けたのち、ハーバード大学に進学し、1909年に文学士号、1911年に文学修士号を取得した[2]。

ハーバード在学中、マサチューセッツ州トプスフィールドの歴史的建造物パーソン・ケープン・ハウスに居住した。1912年、フランスのリヨン大学で英語教師として勤務し、1914年にハーバード大学英語学部の助手として帰国した[3]。

第一次世界大戦と初期の著作活動

1915年、ベストンはフランス軍に参加し、救急車の運転手として西部戦線に従軍した。ル・ボワ・ル・プレートルの戦闘およびヴェルダンの戦いでの体験を綴ったのが、最初の著作『義勇衛生兵』(A Volunteer Poilu、1916年)である。

1918年には米海軍の報道担当者となり、英国大西洋艦隊に乗り込んだ唯一のアメリカ人特派員として活動した。この体験は二冊目の著作『全速前進』(Full Speed Ahead、1919年)に記された[4]。

第一次世界大戦終結後、ベストンは「ヘンリー・ベストン」のペンネームで童話の執筆を始めた。アイルランド系の姓「シーハン」を捨て、母方の旧姓「ベストン」を筆名として採用したのはこの頃である。1919年に『炉辺の妖精物語』(The Firelight Fairy Book)、1923年に『星明りの不思議な本』(The Starlight Wonder Book)を刊行した。

この時期、大西洋月刊誌(The Atlantic Monthly)の姉妹誌『リビング・エイジ』(The Living Age)の編集者も務め、英・仏・独の記事をアメリカ読者向けに再録する仕事に携わった[5]。

『ケープコッドの海辺に暮らして:大いなる浜辺における1年間の生活』

1925年、ベストンはマサチューセッツ州イーストハムのケープコッド沿岸に土地を購入し、地元の大工に小屋 "Fo'castle" を建てさせた。縦6メートル、横5メートルほどの一間で、薪ストーブはあるが電気は通っていなかった。

当初は夏の保養小屋として使うつもりだったが、1926年9月に滞在したベストンは、自然の美しさと神秘に強く引きつけられてその地に留まり続け、結果として一年間をそこで過ごすことになった。

第一次世界大戦の精神的傷を癒すように自然界の観察を続け、潮の満ち引き、渡り鳥の飛翔、嵐の猛威、夜空の星座の動きを丹念に書き留めた[6]。

このケープコッドでの一年の記録が、1928年に出版された『ケープコッドの海辺に暮らして』である。同書はケープコッドの自然文学の古典として版を重ね、ケープコッド国立海岸の設立を後押しした一因ともいわれる。書中でベストンは「自然は人類の一部であり、その神聖な神秘への気づきなくしては、人は真に人間であることをやめてしまう」と記した[7]。

結婚とメイン州での生活

ベストンは、児童文学作家・詩人のエリザベス・コーツワース(w:Elizabeth Coatsworth)と1929年に結婚した。二人はマサチューセッツ州ヒンガムに住んだのち、郊外の喧騒を避けるため、1932年にメイン州ノーブルボロのダマリスコッタ湖畔にある農場「チムニー・ファーム(w:Chimney Farm)」を購入した。この農場で二人は娘マーガレットとカサリン(のちメイン州初の桂冠詩人となるケイト・バーンズ Kate Barnes)を育て、以後ベストンの死まで創作活動の拠点とした[8]。

メイン州での生活から生まれた代表作が、『北の農場――メインの記録』(Northern Farm: A Chronicle of Maine、1948年)である。同書は雑誌『ザ・プログレッシブ』に連載した田舎暮らしのエッセイをまとめたもので、季節のリズムや農村共同体への深い愛着が歌われている。また植物と土壌の神秘を詩的に綴った『大地と薬草』(Herbs and the Earth、1935年)も、現在もなお版を重ねるロングセラーである[9]。

1940年代にはボードイン大学・ダートマス大学・メイン大学から名誉博士号を授与され、ハーバード大学のファイ・ベータ・カッパの名誉会員にも選ばれた。また全米オーデュボン協会誌の名誉編集者に就任した[10]。

晩年

健康が衰えるなか、1964年10月11日にベストンはイーストハムのビーチを最後に訪れ、かつての小屋 "Fo'castle" が国家文学ランドマークに指定される式典に出席した。同小屋は1978年のハリケーンで波にのまれ失われたが、今もその跡地を訪れる巡礼者が絶えない[11]。

ヘンリー・ベストンは1968年4月15日、メイン州ノーブルボロのチムニー・ファームにて逝去した。

学術的業績・環境保護への貢献

ベストンは「ライター=ナチュラリスト(writer/naturalist)」を自称し、自然を科学的な分析対象としてだけでなく、詩的・霊的な体験の場として描いた先駆者である。その思想と文体は、ヘンリー・デイヴィッド・ソローの系譜を引くものとして高く評価されている[12]。

『最果ての家』はケープコッド国立海岸(1961年設立)の設立推進を後押しした主要な文学作品のひとつとして位置づけられている。ベストンは1959年に "Fo'castle" をマサチューセッツオーデュボン協会に寄贈し、自然保護の象徴的な拠点として引き継がせた[13]。

ベストンの伝記 Orion on the Dunes: A Biography of Henry Beston(著:ダニエル・G・ペイン、David R. Godine Publisher刊)は、ベストンの私的アーカイブへの全面的アクセスと家族・友人へのインタビューをもとに書かれた最初の本格的な評伝であり、20世紀の保護運動における重要な思想家としてのベストン像を詳細に描き出している[14]。

主な著作

  1. A Volunteer Poilu (義勇衛生兵、1916年)
  2. Full Speed Ahead: Tales from the Log of a Correspondent with Our Navy (全速前進、1919年)
  3. The Firelight Fairy Book (炉辺の妖精物語、1919年)
  4. The Starlight Wonder Book (星明りの不思議な本、1921年)
  5. Book of Gallant Vagabonds (1925年)
  6. The Sons of Kai (1926年)
  7. The Outermost House: A Year of Life on the Great Beach of Cape Cod (最果ての家、1928年)
    日本語訳書『ケープコッドの海辺に暮らして:大いなる浜辺における1年間の生活』訳者:村上清敏、出版社:本の友社、1997年
  8. Herbs and the Earth (大地と薬草、1935年)
  9. American Memory (1937年)
  10. Chimney Farm Bedtime Stories (1941年)
  11. The St. Lawrence (セント・ローレンス川、1942年)
  12. Northern Farm: A Chronicle of Maine (北の農場、1948年)
  13. White Pine and Blue Water (編著、1950年)
  14. Henry Beston's Fairy Tales (1952年)
  15. Especially Maine: The Natural World of Henry Beston (1972年、没後出版)

受賞・栄誉

  • 1940年代:ボードイン大学・ダートマス大学・メイン大学 名誉博士号
  • 1954年:アメリカ芸術科学アカデミー(AAAS)フェロー選出[15]
  • 1959年:エマーソン=ソロー・メダル(AAAS)受賞(第3回、過去の受賞者はロバート・フロストとT・S・エリオットのみ)[16]
  • 1964年:"Fo'castle" が国家文学ランドマーク指定
  • 2007年:"Chimney Farm" が国家歴史登録財登録

思想・考え方

ベストンには、人間は自然から切り離された存在ではなく、自然界の壮大な網の目の一部であるという確信がある。

第一次世界大戦の体験で精神的に深く傷ついたベストンは、ケープコッドの大浜辺での一年を通じて、文明の「人工的な巧みさ」から離れ、自然の神聖な秩序と再びつながることの必要性を確信した[17]。

動物観についてもベストンは当時としては革新的な見解を持っていた。動物を人間の「兄弟」でも「下位存在」でもなく、「別の国民(other nations)」として位置づけたその思想は、のちの動物倫理(w:Animal ethics)や環境倫理の先駆けとなるものであった。レイチェル・カーソンはこのベストンの動物観に深く触発され、自身の自然文学の形成に決定的な影響を受けたと証言している[18]。

また夜の神聖さについてのベストンの考え方も注目される。機械文明が人工の光で夜を追い払ってしまったことを深く憂い、「夜を学び、夜を敬うこと」を説いた。夜の闇の中にこそ、詩的・宗教的な感情の深みがあるという認識は、現代の「光害(ライトポリューション)」問題の文脈でも繰り返し引用されている[19]。

さらにベストンは、科学と詩は対立するものではなく、自然の真実に到達するには両方が不可欠であると主張した。「詩は科学と同様に理解に必要であり、畏敬の念なく生きることは喜びなく生きることと同じくらい不可能だ」という言葉は、その思想の核心を端的に示している[20]。

発言

ベストンの思想の理解を助けるため、キーワードごとに分類した彼自身の説明等の発言を以下に引用する。

動物観
「私たちは、動物について、別の賢明なもっと神秘的な概念を必要としています。自然から離れ、人工の中に生きる人間は、文明の中で生き物を知識の眼鏡を通して眺め、羽根だけを拡大するなどし、全体像を歪めて見てしまいます。私たちは動物たちを、不完全で、私たちよりはるかに劣った存在と、見下しています。しかし私たちは大きな誤りを犯しています。動物は人間の尺度で測られるべきではありません。私たちよりも古く、より完全な世界の中で、彼らは完成した完全なものとして動いています。私たちが失ってしまった、あるいは決して得ることのなかった感覚の拡張を与えられ、私たちには決して聞こえない声によって生きているのです。彼らは兄弟でも、従者でもありません。彼らは別の国々の民であり、私たちと共に生と時の網の中に捕らわれ、大地の輝きと苦難の中の同じ囚人なのです。」
(原文:"We need another and a wiser and perhaps a more mystical concept of animals. Remote from universal nature, and living by complicated artifice, man in civilization surveys the creature through the glass of his knowledge and sees thereby a feather magnified and the whole image in distortion. We patronize them for their incompleteness, for their tragic fate of having taken form so far below ourselves. And therein we err, and greatly err. For the animal shall not be measured by man. In a world older and more complete than ours they move finished and complete, gifted with extensions of the senses we have lost or never attained, living by voices we shall never hear. They are not brethren, they are not underlings; they are other nations, caught with ourselves in the net of life and time, fellow prisoners of the splendour and travail of the earth.")[21]
自然と人間性
「自然は私たちの人間性の一部であり、その神聖な神秘への気づきと体験なしには、人は人間であることをやめてしまいます。プレアデス星団と草の中の風が人間の魂の一部でなくなり、まさに肉体と骨の一部でなくなったとき、人はいわば一種の宇宙的な無法者となり、動物の完全さと純粋さも、真の人間性の生得権も持てなくなるのです。」
(原文:"Nature is part of our humanity, and without some awareness and experience of that divine mystery man ceases to be man. When the Pleiades and the wind in the grass are no longer a part of the human spirit, a part of very flesh and bone, man becomes, as it were, a kind of cosmic outlaw, having neither the completeness and integrity of the animal nor the birthright of a true humanity.")[22]
夜の神聖さ
「夜を学んでください、そして夜に対する俗な恐怖を手放してください。なぜなら、夜が人間の体験から追い払われるとき、ある宗教的な感情、ある詩的な気分も消えてゆくからです。その感情と気分こそが、人類の冒険に深みを与えてくれるものなのです。」
(原文:"Learn to reverence night and put away the vulgar fear of it, for, with the banishment of night from the experience of man, there vanishes as well a religious emotion, a poetic mood, which gives depth to the adventure of humanity.")[23]
科学と詩
「詩は科学と同様に理解のために必要なものです。畏敬の念なく生きることは、喜びなく生きることと同じくらい不可能なのです。」
(原文:"Poetry is as necessary to comprehension as science. It is as impossible to live without reverence as it is without joy.")[24]
大地への敬愛
「大地を汚辱してはなりません、そうすれば人間の魂を汚辱することになります。炎の上にかざすように、大地に手を差し伸べてください。大地を愛するすべての人に、その血管の扉を彼女に向けて開く人に、大地は自らの力を与え、自らの暗い生命の計り知れない震えで彼らを養います。大地に触れてください、大地を愛してください、大地を敬ってください。」
(原文:"Do no dishonour to the earth lest you dishonour the spirit of man. Hold your hands out over the earth as over a flame. To all who love her, who open to her the doors of their veins, she gives of her strength, sustaining them with her own measureless tremor of dark life. Touch the earth, love the earth, honour the earth.")[25]

脚注

  1. ↑ “About Henry Beston”. henrybeston.com. 2026年5月17日閲覧。
  2. ↑ “Vita: Henry Beston Sheahan”. Harvard Magazine (2013年9月1日). 2026年5月17日閲覧。
  3. ↑ “Henry Beston – Artist”. MacDowell. 2026年5月17日閲覧。
  4. ↑ “Henry Beston – Artist”. MacDowell. 2026年5月17日閲覧。
  5. ↑ “About Henry Beston”. henrybeston.com. 2026年5月17日閲覧。
  6. ↑ “About Henry Beston”. henrybeston.com. 2026年5月17日閲覧。
  7. ↑ Henry Beston (1928). The Outermost House: A Year of Life on the Great Beach of Cape Cod. Doubleday, Doran
  8. ↑ “Biography offers glimpse into the life of 'Northern Farm' naturalist Henry Beston”. Bangor Daily News (2017年5月29日). 2026年5月17日閲覧。
  9. ↑ “About Henry Beston”. henrybeston.com. 2026年5月17日閲覧。
  10. ↑ “Henry Beston – Artist”. MacDowell. 2026年5月17日閲覧。
  11. ↑ “Vita: Henry Beston Sheahan”. Harvard Magazine (2013年9月1日). 2026年5月17日閲覧。
  12. ↑ “Henry Beston's The Outermost House”. The American Scholar (2015年7月8日). 2026年5月17日閲覧。
  13. ↑ “About Henry Beston”. henrybeston.com. 2026年5月17日閲覧。
  14. ↑ Daniel G. Payne (2016). Orion on the Dunes: A Biography of Henry Beston. David R. Godine Publisher. ISBN 978-1567925494
  15. ↑ “Henry Beston”. American Academy of Arts and Sciences. 2026年5月17日閲覧。
  16. ↑ “Henry Beston – Artist”. MacDowell. 2026年5月17日閲覧。
  17. ↑ Henry Beston (1928). The Outermost House: A Year of Life on the Great Beach of Cape Cod. Doubleday, Doran
  18. ↑ “Henry Beston's The Outermost House”. The American Scholar (2015年7月8日). 2026年5月17日閲覧。
  19. ↑ Henry Beston (1928). The Outermost House: A Year of Life on the Great Beach of Cape Cod. Doubleday, Doran
  20. ↑ Henry Beston (1928). The Outermost House: A Year of Life on the Great Beach of Cape Cod. Doubleday, Doran
  21. ↑ Henry Beston (1928). The Outermost House: A Year of Life on the Great Beach of Cape Cod. Doubleday, Doran. p. 25
  22. ↑ Henry Beston (1928). The Outermost House: A Year of Life on the Great Beach of Cape Cod. Doubleday, Doran
  23. ↑ Henry Beston (1928). The Outermost House: A Year of Life on the Great Beach of Cape Cod. Doubleday, Doran
  24. ↑ Henry Beston (1928). The Outermost House: A Year of Life on the Great Beach of Cape Cod. Doubleday, Doran
  25. ↑ Henry Beston (1928). The Outermost House: A Year of Life on the Great Beach of Cape Cod. Doubleday, Doran

外部リンク