マームード

ウィキペディアから、無料の百科事典
マームード
欧字表記 Mahmoud
品種 サラブレッド
性別 牡
毛色 芦毛
生誕 1933年
死没 1962年9月18日
父 ブレニム
母 ムーマハル
母の父 ゲインズバラ
生国 フランスの旗 フランス
生産者 アーガー・ハーン3世
馬主 アーガー・ハーン3世
調教師 フランク・バタース(イギリス)
競走成績
生涯成績 11戦4勝
テンプレートを表示

マームード (Mahmoud) は、フランスで生まれイギリスで調教された競走馬。近親にはナスルーラ、ミゴリなどがいる。体高は150センチメートル代中ごろの小柄な芦毛馬で、容姿はアラブ馬に似ていたという。

概要

フランスでのセリで売りに出されたが値が付かず、主取りになりアーガー・ハーン3世の持ち馬としてイギリスで走ることになる。現役時代は1936年のエプソムダービーをレコードで優勝するなど活躍した。芦毛馬の優勝はエプソムダービー史上3頭目であった。ほかにリッチモンドステークス、シャンペンステークスなどに優勝、2000ギニーは2着、セントレジャーステークスでも3着に入っている。

引退後は第二次世界大戦の影響もあり、84000ドルでコーネリアス・ヴァンダービルト・ホイットニーに購入され、レキシントンファームで種牡馬入りした。種牡馬成績も素晴らしく1946年アメリカ種牡馬チャンピオンに輝くなど成功、ステークス優勝馬だけでも63頭に達し、1957年にはチャンピオンブルードメアサイアーの座にもついている。

マジデー(アイリッシュオークス、アイリッシュ1000ギニー)、オイルキャピトルら産駒の活躍も大きかったが、娘を通じての後世への影響も小さくなく、マジデーはギャラントマンを産み、アルマームードはノーザンダンサーの母ナタルマ、ヘイローの母コスマーを産んだ。また、アルマームードやマジデーは芦毛ではなかったが、それ以外の産駒を通じてザテトラークから受け継いだ芦毛遺伝子を広めるのにも一役買った。

主な産駒

血統表

マームードの血統(ブランドフォード系 / St.Simon5×5=6.25% Black Duchess5×5=6.25%)(血統表の出典)
父

Blenheim
1927 黒鹿毛
父の父
Blandford
1919 黒鹿毛
Swynford John o'Gaunt
Canterbury Pilgrim
Blanche White Eagle
Black Cherry
父の母
Malva
1919 黒鹿毛
Charles o'Malley Desmond
Goody Two-Shoes
Wild Arum Robert Le Diable
Marliacea
母

Mah Mahal
1928 芦毛
Gainsborough
1915 鹿毛
Bayardo Bay Ronald
Galicia
Rosedrop St.Frusquin
Rosaline
母の母
Mumtaz Mahal
1921 芦毛
The Tetrarch Roi Herode
Vahren
Lady Josephine Sundridge
Americus Girl F-No.9-c

外部リンク