| 吉井 賢太郎 | |
|---|---|
| 出身地 | 香川県小豆郡小豆島町 |
| ジャンル | Rock |
| 職業 |
ミュージシャン、音楽プロデューサー、 経営者 |
| 活動期間 | 1994年~ (メジャーデビューより起算) |
| レーベル | Vanilla Sky Records |
| 公式サイト | http://www.yosi-ken.net/ |
ヨシケンは、Vanilla Sky Records所属の日本のロックシンガー。音楽プロデューサーとしても活躍。
自ら歌手活動を行う傍ら、合資会社ヴァニラスカイの代表を務め、インディーズレーベルVanilla Sky Recordsを運営。
歌声はハスキーで太く、オペラの歌唱法に強い影響を受けたビブラートが持ち味。
本名は吉井 賢太郎(よしい けんたろう)。香川県小豆島出身。4月6日生まれのおひつじ座。
高校卒業後、1994年にバップレコードから本名吉井 賢太郎としてソロデビュー。その後紆余曲折を経て、一時期は歌手活動から距離を置いて小説の執筆、ラジオDJなどの活動をするも、「どうしても音楽がやりたい」という想いを抑えきれず、ヨシケンを名乗り原宿神宮橋にアコースティックギター1本を手に突如登場。当時ストリートライヴのメッカと化していたこの地での中高生の圧倒的な支持のもと、2001年の日本青年館ライヴを皮切りに大型会場での単独公演を次々と成功させる。また、渋谷公会堂ワンマンライヴのチケットを路上の手売りのみで販売し、公演を成功させたことはストリートシーンの伝説とも称えられている[1][リンク切れ]。そしていくつかの音楽プロダクション、レコード会社を経て、2003年には自身で音楽制作企業ヴァニラスカイを設立。
インディーズレーベルVanilla Sky Recordsを立ち上げ、自らも活動の中心を移す。
若手ミュージシャンのプロデュース、レーベルイベントのプロデュースも積極的に行っている。
The Jets(ザ・ジェッツ)と称したサポートミュージシャンと共にステージを行う。ヨシケンとしてのライヴハウスワンマンライヴは今はなき四谷FOURVALLEY。当時の動員記録を達成。以後同会場にて多数ワンマン公演を決行。2001年より大会場ワンマンシリーズと銘打ち、1500〜2000人キャパクラスの会場でワンマンライヴを決行。数々のライヴハウスでの公演を経て、2013年からは新宿Loftをホームグラウンドとして活動。またレーベルの若手アーティストの為のライヴとして行って来たレーベルマンスリー公演を2007年より月一回行っており、コアなファン向けにアコースティックライヴを毎月開催している。
大会場ワンマンライヴシリーズ
新宿Loftワンマン公演
その他の代表的なワンマン公演
2002年7月発売のシングル「BOY'S LIFE」は、発売直後、渋谷タワーレコードにおいてインディーズチャート一位となった[2]。
吉井賢太郎として、メジャーデビューする以前には当時のアイドル歌手や俳優への楽曲提供を行っていた[3][リンク切れ]。
2002年に発売し、タワーレコード渋谷インディーズチャート初登場一位を記録した「Boys'Life」では、元REBECCAの友森昭一をサウンドプロデューサーに迎えている[4]。メッセージ性の強い歌詞のアッパーチューンと、ロマンチックなラヴストーリーで綴られるバラードが特徴。
デビュー以来の作品は以下のとおり。
影響を受けたミュージシャンはジョン・レノン、ブルース・スプリングスティーン、ブライアン・アダムス、ジャクソン・ブラウン等。1960〜70年代の洋楽を深く愛している。邦楽では矢沢永吉、浜田省吾の影響を深く受けている。愛読書はジャック・ケルアック「路上」、村上龍「コインロッカーベイビーズ」。趣味はボクシング、猫をこよなく愛する。
The Jets
レコーディング・過去のライヴサポートミュージシャン
レコーディングエンジニア・プロデューサー
ヴィジュアル・プロデューサー
その他雑誌掲載、ラジオ出演多数。
OK Music 取材:山口智男 / Vol.122 Interview / 2014.12.29
Fan Club 会報「Back Street Familiar」インタビューより "MY ROCK'N ROLL IS NOT DEAD" Black Box 1より
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