リールンク

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リールンク
品種 サラブレッド
性別 牡
毛色 栗毛
生誕 1982年
死没 1987年6月??日(5歳没)[1]
父 コンノート
母 リランガ
生国 西ドイツの旗 西ドイツ
(ニーダーザクセン州)
生産者 フェアホフ牧場
馬主 フェアホフ牧場
調教師 ハインツ・イエンチ
競走成績
生涯成績 17戦12勝[1]
獲得賞金 893,431ドイツマルク
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リールンク(Lirung、1982年 - 1987年)はドイツの競走馬。父はイギリス産のコンノート[1]、母はドイツ産のリランガ。

アカテナンゴと同じフェアホフ牧場 (Gestüt Fährhof) で生まれ(同年生まれでもある)、同じくハインツ・イエンチ(ドイツ語版)に調教を受けた。当初は馬体や走りっぷりからこちらのほうが期待されていたという。2歳時はその期待に違わず無敗で西ドイツ2歳チャンピオンとなり、ラティボーレネンではアカテナンゴを破っている。翌1985年はヘンケル・レネン(西ドイツ2000ギニー)を勝って5戦無敗で挑んだドイチェスダービーでは距離不安を露呈してしまいアカテナンゴの3着に敗れた。しかし、その後マイル路線に焦点を合わせると強いレースぶりで勝ち進み、この年重賞を5勝した。翌1986年はフランスでも走り、ジャック・ル・マロワ賞 (G1) に優勝[1]、イスパーン賞、ムーラン・ド・ロンシャン賞などのG1競走でも3着に入りヨーロッパ最優秀マイラーに選ばれている。しかし翌1987年、イタリア遠征中に正体不明のウイルスにかかり、帰国後に安楽死となった[1]。

血統表

リールンクの血統ハイペリオン系・9号族(9-e) / Hyperion 4×5=9.38%、Donatello=9.38%(血統表の出典)
父

Connaught
1965 鹿毛
父の父
St.Paddy
1957 鹿毛
Aureole Hyperion
Angelola
Edie Kelly Bois Roussel
Caerlissa
父の母
Nagaika
1954 栗毛
Goyama Goya
Devineress
Naim Amfortas
Nacelle
母

Liranga
1973 栗毛
Literat
1965 鹿毛
Birkhahn Alchimist
Bramouse
Lis Masetto
Liebeslied
母の母
Love In
1966 栗毛
Crepello Donatello
Crepuscule
Tudor Love Owen Tudor
Amora

脚注

  1. 1 2 3 4 5 石川ワタル「海外ニュース『リルンク死亡』」『優駿』、日本中央競馬会、1987年8月、129頁。

外部リンク