ロシア車

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ラーダ・ヴェスタ

ロシア車(ロシアしゃ、Russian Car)は、ロシアで製造される自動車(ロシア製自動車)、もしくはロシアを本拠とするメーカー及びブランドにより販売される自動車(ロシアブランド車)の事である。 ロシアでは、2018年度に1,767,674台の自動車が製造されており、同年度における自動車製造量の国別のランキングで13位を記録し、世界の自動車製造量の1.8%を占める[1]。

歴史

初期

ロシア帝国には、機械技術の発展において長い進歩の歴史があった。早くも18世紀には、イワン・ポルズノフ(ロシア語版、英語版)が世界初の2気筒蒸気機関を製作し、イワン・クリビン(ロシア語版、英語版)は、はずみ車、ブレーキ、変速機、ローラーベアリングを備えた人力車両を開発した[2][3]。また、1877年には、フョードル・ブリノフ(ロシア語版、英語版)によって、初期の履帯式車両の一つが発明された[4]。

ヤコヴレフ=フレーゼ(1896年)

1896年、ヤコヴレフ発動機工場とフレーゼ馬車製造工場は、ロシア初のガソリンエンジンを搭載した自動車「ヤコヴレフ=フレーゼ」を製造した[5]。

ガッチナにおけるイッポリート・ロマノフの電気バス

19世紀から20世紀への転換期には、ロシア初期の電気自動車が発明された。これは技師イッポリート・ロマノフ(ロシア語版、英語版)が1899年に開発したもので、「カッコウ」という愛称で知られていた。ロマノフはこのほかにも、蓄電池を動力源とする電気バスを製作した[6]。

1917年の十月革命に至るまでの数年間、ロシアではルッソ・バルト(ロシア語版、英語版)、プズィリョフ、レスネルなどの自動車の生産台数が増加していた。

また、1907年にはロシア初のモーターショーが開催され、国際的な自動車競技大会で好成績を収める愛好家も現れるようになった[7]。1912年のモンテカルロ・ラリーでは、ルッソ・バルト車が第9位に入賞した。この大会では、ペテルブルクから競技会場へ向かう途中、運転手と同乗の整備士の生命を脅かすほどの厳しい冬季の気象条件に見舞われたが、それを乗り越えての入賞であった[8]。同車はサン・セバスティアン・ラリーでも第2位に入賞し、1913年には西ヨーロッパおよび北アフリカで1万5,000km以上を走破した。この車両を運転したアンドレイ・ナーゲリは、国産自動車ブランドの名声を高めた功績により、皇帝ニコライ2世から直接表彰された[9]。

1915年までに、ロシア国内では約1,000台の自動車が製造されていた。 しかし、輸入車の数は国産車の生産台数を大幅に上回っており、1914年の時点で、国内製造車が自動車総保有台数に占める割合は10%未満にとどまっていた[10]。

1916年2月、帝政ロシア政府は、以下の6つの自動車工場の建設に資金を割り当てた。

しかし、これらの工場はいずれも、十月革命までに完成することはなかった[11]。

ソビエト時代

1917年の十月革命後、ルッソ・バルト社は1918年8月15日に国有化され、新たな指導部によってプロムブロン(ロシア語版、英語版)へと改称された。同社はルッソ・バルト車の生産を継続し、1922年10月8日には新型車を発表した。

一方、AMOはFIAT 15 Terトラックをライセンス生産するとともに、AMOの設計者チームが開発した、フィアット車を基にするより近代的なトラック「AMO-F-15(ロシア語版、英語版)」を発表した。1924年から1931年にかけて、約6,000~6,500台のF-15が製造された[12][13]。

NAMI-1(1927年)

1927年、NAMI(ロシア語版、英語版)の技術者たちは、ソビエト初の独自設計による乗用車「NAMI-1」を開発した。同車は1927年から1931年にかけて、モスクワのスパルタク国営自動車工場で少数生産された。

1929年、自動車需要の急速な増大を受け、ソビエト連邦の人民経済最高会議(ロシア語版、英語版)は、貿易上の協力相手であったフォード・モーター社との提携のもと、GAZを設立した[14]。

モスクワのZIL工場で働く労働者たち(1963年)
AvtoVAZの組立ライン(1969年)

その1年後には、モスクワに第2の自動車工場が設立された。この工場は、第二次世界大戦後にソビエト連邦の主要な乗用車メーカーとなり、「モスクヴィッチ」の名称で全国的に知られるようになった。

1960年代初頭には、国民の間に自動車の利用を普及させることを目的とした低価格の大衆車「モスクヴィッチ 408(ロシア語版、英語版)」が登場した[15]。また、MZMA、GAZ、ZAZなどのメーカーも、大衆市場向けにさまざまな乗用車を供給していた。

ソビエト政府は、一般大衆向けの乗用車を生産し、自家用車需要に応えるため、さらに大規模な乗用車工場を建設する方針を決定した[16]。 費用対効果の観点から、外国企業とライセンス契約を締結し、既存の近代的な車種を基に乗用車を生産することが決定された。複数の候補を検討した結果、設計が単純かつ堅牢で、製造や修理が容易であることから、フィアット124が採用された。この工場は、当時の小都市スタヴロポリ・ヴォルシスキーに、わずか4年間(1966~1970年)で建設された。同市はその後、人口50万人を超える都市へと発展し、パルミーロ・トリアッティを記念して、トリヤッチへと改称された[16][17]。

GAZ-21 ヴォルガ

同じ頃、ソビエト連邦全体の乗用車生産台数を増加させるため、国防相ドミトリー・ウスチノフの主導により、イジェフスクのイジェフスク機械工場の一部として、イジマシュ自動車工場が設立された[18]。同工場では、モスクヴィッチおよびモスクヴィッチを基にしたコンビ型ハッチバック車が生産された。

また、ヨーロッパ最大の大型トラック工場であるKamAZがナーベレジヌイェ・チェルヌイに建設された。一方、GAZ、ZIL、UralAZ、KrAZ、MAZ、BelAZなどの工場も、引き続きさまざまな種類のトラックを生産していた。

1980年代初頭までに、ソビエト連邦の自動車産業は複数の主要な工場によって構成されるようになり、それぞれが市場のさまざまな分野に向けた車両を生産していた。1987年末には、自動車産業全体で200万台の自動車が生産され、国内需要の45%を満たしていた[19]。

ソ連解体後

1990年代初頭、ロシアの自動車市場は急速に拡大した。その主な要因は輸入関税の大幅な引き下げであり、1993年までに、外国製の輸入車が自動車販売台数全体の49%を占めるようになった[20]。同時に、ロシアの自動車メーカーは市場経済体制へと組み込まれたが、財政支援の喪失、経済的混乱、犯罪活動、そして1990年代を通じて激化した国内市場での競争によって、直ちに危機的状況に陥った[21][22][23]。

1990年代初頭におけるロシアの主要な国内自動車メーカーは、アフトヴァース、AZLK(英語版)、Izh(ロシア語版、英語版)、GAZ、UAZであった[24]。これらのメーカーの一部は、AvtoVAZのように、危機を克服するために必要な多額の設備投資資金を確保すべく、他企業との提携に乗り出した。その例として、GM-アフトヴァース(ロシア語版)などが挙げられる[25]。

1993年までに、ロシアの自動車総生産台数は1990年と比較して14%減少した。1990年代におけるラーダの販売台数の減少に加え、EUの排出ガス規制が厳格化されたことにより、1990年代末までに西ヨーロッパ向けの輸出は停止された。ラーダはかつてイギリスで特に好調な販売実績を上げており、1980年代末には年間販売台数が3万台を超えるピークを記録した。しかし、その後の数年間で、他の低価格車ブランドに対する競争力を維持できなくなった。

1996年には、85万台の乗用車が販売された。需要が増加し続ける一方で、国内ブランドは依然として製造品質の低さという評判に悩まされていた。1996年には、新たに購入したアフトヴァース製の乗用車を十分に安心して使用できる安全水準に引き上げるには、1,000~2,000米ドル相当の修理が必要であると推定されていた[26]。

1998年のロシア金融危機も自動車産業に影響を及ぼした。輸入品の価格が上昇したため、自動車メーカーは輸入部品の使用を取りやめるようになった。しかし、自動車産業はその後数年間で急速に回復した[27]。

1997年の乗用車生産台数は、1996年と比較して13.2%増加し、98万1,000台に達した。AvtoVAZとUAZは、それぞれ生産台数を8.8%、52%増加させた。一方、KamAZは生産台数を倍増させた。ロシア全体のトラック生産台数は、1997年には7%増加して14万8,000台となり、2000年には18万4,000台に達した[28]。乗用車の総生産台数は、1993年の約80万台から2000年には116万台以上に増加したとされる[29]。ただし、別の資料では96万5,000台とされており、OICAの統計では、商用車を除いた生産台数は96万9,235台となっている[30][31]。

1990年代を通じて、販売店を通じた自動車購入資金の融資制度が利用できなかったため、自動車は現金で購入しなければならなかった[32]。

第一次プーチン政権期

2000年代初頭、ロシア経済は回復した。海外市場で多額の利益を上げていたロシアの金属関連企業は、国内の自動車産業への投資を模索するようになった。シビルスキー・アルミニウムは、まずPAZ(ロシア語版、英語版)を買収し、その後、GAZの株式保有比率を徐々に引き上げた。同じ頃、セヴェルスターリはUAZの経営権を取得した[33]。

2001年、フォードはロシア国内に独自の組立工場を設立した最初の西側自動車メーカーとなった。同社はフセヴォロジスク(ロシア語版、英語版)の工場に1億5,000万米ドルを投資し、フォード・フォーカスの生産を開始した。同車は、一時的にロシア国内で最も販売台数の多い外国ブランド車となった[34]。

2003年の時点でも、ロシア国内で生産される乗用車の90%以上は、ロシアのメーカーによるものであった。これには、自社ブランドで生産された車両だけでなく、外国企業との提携によって生産された車両も含まれていた。当時の主要な自動車企業グループは、アフトヴァース、SOKグループ(ロシア語版、英語版)、KamAZ、ルスプロムアフト(ロシア語版、英語版)、セヴェルスターリ自動車、AZLK(英語版)の6つであった[35]。なお、2002年に外国メーカーがロシア国内で組み立てた乗用車は、わずか1万1,000台であった[36]。

ラーダ・サマーラの組立ライン(2005年)

2005年第1四半期には、ロシアの歴史上初めて、外国ブランド車の販売台数が国内ブランド車を上回った。なお、この統計には輸入中古車も含まれている[34]。外国企業はロシア国内での自動車生産に大規模な投資を開始し、ロシア連邦内で生産される外国ブランド車の台数は、2005年の15万7,179台から2007年には45万6,500台へと急増した[37]。競争の激化に対応するため、国内ブランドもラーダ・カリーナなど、より近代的な外観を備えた新型車を投入した。

ロシアの自動車市場の金額ベースでの規模は急速に拡大し、2005年には14%、2006年には36%、2007年には67%の成長を記録した。これにより、2008年までにロシアは世界で最も成長の速い自動車市場となった[38]。

2000年代には、外国企業が次々とロシア市場への参入を開始した。これらの企業は、ロシアを現地生産の拠点であると同時に、輸出のための一大生産基地としても捉えていた。ロシアにおける労働力、原材料、エネルギーの費用は、西ヨーロッパのわずか6分の1であった[39][40]。

トリヤッチにあるアフトヴァースの工場で、従業員たちと面会するウラジーミル・プーチン大統領 (2007年)

国内生産車の市場占有率を高めるため、ロシア政府は複数の保護主義的措置を実施するとともに、外国の自動車メーカーを国内に誘致するための政策を開始した。2005年末、ロシア政府は、外国の自動車メーカーによる投資を促進することを目的として、特別経済区を創設するための法律を制定した。特別経済区で事業を行う企業には、税制上の優遇措置、資産税および土地税の免除、税制変更による不利益からの保護などが提供された。また、一部の地域では、1億米ドルを超える大規模投資に対して手厚い支援が実施された。こうした地域には、サンクトペテルブルクおよびレニングラード州(トヨタ、GM、日産)、ならびにカルーガ州(フォルクスワーゲン)が含まれる。特にカルーガ州は外国企業の誘致に成功しており、カリーニングラード州も同様の成果を上げていた[38]。

2008年の金融危機

ロシアの自動車産業は、世界金融危機に伴う大不況によって深刻な打撃を受けた。乗用車の生産台数は、2008年の147万台から2009年には59万7,000台にまで減少した。また、同じ期間にトラックの生産台数も25万6,000台から9万1,000台へと減少した[41]。

2008年末、ロシア政府は自動車産業の状況を改善するため、総額50億米ドルに相当する保護主義的措置を導入した。その内訳は、経営難に陥った企業への救済資金が20億米ドル、ロシア製自動車の購入者に対する融資が30億米ドルであった[42]。ウラジーミル・プーチン首相は、これらの措置が雇用を維持するうえで不可欠であると説明した[43]。

また、輸入される外国製の乗用車およびトラックに対する関税は、最低50%、最高100%にまで引き上げられた。関税率は車両のエンジン排気量に応じて設定された。

日本車の輸入が地域経済の重要な産業であったウラジオストクの事業者が被る損失を補うため、プーチン首相は自動車メーカーのソラーズに対し、モスクワにあった工場の一つをウラジオストクへ移転するよう命じた。工場の移転は2009年に完了し、移転先の工場では約700人の地元住民が雇用されるようになった。2010年には、ウラジオストクで1万3,200台の乗用車を生産する計画であった[44]。

ロシア政府が実施した金融危機対策のうち、最も効果的であったのは、2010年3月に導入された自動車買い替え補助制度であった。この制度では、新車を購入する消費者が最大60万ルーブル(約2万米ドル)の補助金を受け取ることができた[45]。この政策の結果、ロシア最大の自動車メーカーであるアフトヴァースの販売台数は2010年第2四半期に倍増し、同社は黒字に復帰した[46][47]。

2010年代

NAMIが開発した装甲リムジン計画「アウルス・セナート」

2010年末までに、ロシアの自動車生産は金融危機以前の水準にまで回復した[48]。

2010年にロシアで最も多く販売された10車種のうち、9車種は国内で生産されたものであり、アフトヴァースのラーダ各車種が販売ランキングの上位を占めていた[49]。同年、ロシアは世界第15位の乗用車生産国であった。同年の時点で、ロシアの自動車産業は世界の乗用車生産台数の約2%を占めていた[50]。

ロシアブランド車の市場占有率は、2010年には34%、2012年には21%にまで低下した。一方、ロシア国内で生産される外国ブランド車の市場占有率は上昇を続け、2012年には45%に達した[51]。また、輸入車もロシアの自動車市場で相当の割合を占めており、2014年には乗用車の27%、トラックの46%が輸入車であった[52]。

2014年の経済危機(ロシア語版、英語版)は、乗用車の販売台数と生産台数の再度の減少をもたらし、将来の成長予測も下方修正された[53]。

2016年には、ロシア国内の道路を走る乗用車の保有台数が4,062万9,200台に達した。このうちラーダ車が34.6%を占めていたが、これは5年前の41.6%から低下した数値であった[54][55]。これらの乗用車のほぼ半数は車齢が10年を超えており、最も普及していた単一の車種は依然として旧型のラーダ・リーヴァであった[56]。

中国車は、ロシアの自動車市場を制覇するにはまだ程遠い状況にあったものの、その地位を大幅に強化していた[57]。なかでも奇瑞汽車は特に顕著な成長を示しており、長城汽車系のハヴァルや吉利汽車など、その他の中国ブランドもロシア国内で人気を高めていた[58]。

2020年代

2020年、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的大流行により、自動車の生産は一時的に停止された[59]。同年6月には、ロシア国内の自動車工場の設備稼働率が30%を下回った[60]。

2021年には、自動車産業における半導体不足により、世界およびロシアの自動車産業は、生産規模の大幅な縮小を余儀なくされた[61][62]。

2022年には、世界的なパンデミックに伴う部品供給の危機が続くなか、ロシアによるウクライナ侵攻と、それに伴う制裁をめぐる対立の激化によって、さらなる問題が生じた。特に自動車製造業は深刻な打撃を受けた。4月の自動車生産台数は前年同月と比較して85%減少し、5月には96.7%、6月には89%、7月には80.6%の減少を記録した[63]。2022年5月に生産された乗用車は、わずか約4,000台であった[64]。これを受けて、ロシア政府はエアバッグ、シートベルトプリテンショナー、アンチロック・ブレーキ・システム (ABS)、排出ガス基準に関する要件を一時的に緩和した。

株式会社モスクワ自動車工場「モスクヴィッチ」で組み立てられるモスクヴィッチ3

2022年5月、ルノーはモスクワにある自社工場をモスクワ市に売却した。市は、この工場を国有化し、モスクヴィッチブランドによる自動車生産を再開する方針であった[65]。2022年7月6日、モスクヴィッチは新たな車種のラインナップを発表した。その内訳はセダン1車種とSUV3車種であり、「モデルI」には内燃機関を搭載した仕様と電気自動車仕様の両方が用意されていた。これらの車種には、IからIVまでのローマ数字を用いた名称が付けられていた。2022年12月26日、モスクヴィッチ3およびモスクヴィッチ3eのロシア国内での販売が開始された。これらはSehol X4(ロシア語版、英語版)を基にした車両であり、トラックメーカーのKamAZおよび中国の江淮汽車(中国語版、英語版、ロシア語版)との協力によって生産された。2023年7月中旬、同社は生産開始以来、累計1万1,000台以上の車両を製造したと発表した[66]。

また、2022年半ばには、マントゥロフ産業貿易相が、「ヴォルガ」または「ポベーダ」のブランドを復活させる計画について発表した[67]。

2023年、ロシア産業貿易省のデータによれば、ロシア国内の自動車工場では72万台以上の自動車が生産され、2022年と比較して16%増加した。需要の回復には、総額160億ルーブルに及ぶリース制度および自動車購入資金融資制度が寄与した。さらに、ロシア政府は2024年の自動車需要を支援するため、約1,130億ルーブルの資金を割り当てた[68]。

2023年6月には、コストロマにあるペガス電気機械工場において、国産のABSおよび電子制御式車両安定化装置の生産が開始された[69]。その後、それまでに発表されていたロシア国内での自動車生産に関する規制緩和措置は、要件を段階的に再導入しながらも、2024年2月まで継続されることとなった。2023年6月以降、自動車は少なくともユーロ2の排出ガス基準に適合することが義務付けられ、さらに2023年12月までにABSを装備することが求められるようになった[70]。

ヴォルガ K40

2024年には、ニジニ・ノヴゴロドの自動車産業集積地を拠点として、復活するヴォルガブランドの3車種の生産を開始する計画が立てられた。

計画された車種は以下のとおりである。

  • ヴォルガ C40:Dセグメントに属するセダン
  • ヴォルガ K30:Cセグメントに属するクロスオーバーSUV
  • ヴォルガ K40:Dセグメントに属するクロスオーバーSUV

本格的な一貫生産方式による製造は、2025年から開始される計画であった。復活するヴォルガブランドの自動車生産に投じられる資金の総額は、600億ルーブルに達する見込みとされていた[71][72]。

2025年、ロシア国内では132万6,016台の新車乗用車が販売された。これは2024年と比較して15.6%の減少であった。ラーダブランドの乗用車は、販売台数全体の約4分の1を占め、同ブランドの販売台数は合計32万9,890台であった[73]。外国ブランドのなかで最も多く販売されたのはハヴァルであり、その販売台数は合計約17万3,300台に達した[74]。

国際的な制裁は、中国の自動車メーカーがロシア市場で急速に占有率を拡大する要因となった。2025年には、ロシアで販売された乗用車の57.2%を中国ブランド車が占めるようになった。これは、2021年の6.9%から大幅に上昇した数値である[75]。

自動車産業

ロシアにおける乗用車生産台数の推移(1997~2015年)

ロシアの自動車産業は、国内ブランドのメーカー、外国の完成車メーカー、合弁企業、外国ブランド車を生産するロシア企業という4種類の企業に分類できる[76]。

2008年、ロシア国内には自動車および関連機器を製造する企業が5,445社存在していた。これらの企業の生産・販売総額は、1兆5,130億ルーブルに達していた[41]。

ロシアではディーゼルエンジンを搭載した乗用車はあまり普及しておらず、2015年の販売台数全体に占める割合はわずか7.6%であった。これは、ディーゼル車が市場の約半分を占めていた西ヨーロッパの多くの地域とは対照的であった[77]。また、2016年の時点で、ロシア国内には14万5,000台の天然ガス自動車が存在しており、国内の自動車総保有台数の0.3%を占めていた[78]。なお、有鉛ガソリンの販売は2003年に禁止された[79]。

国内自動車ブランド

2009年にロシアで最も多く販売された乗用車の上位4車種は、すべてアフトヴァースの製品であった。第1位は低価格の大衆車であるラーダ・プリオラで、販売台数は8万4,779台に達した。第2位はラーダ・サマーラで、ロシア国内で7万7,679台を販売した。第3位は旧型のラーダ2105/2107で、販売台数は5万7,499台であった。ラーダ2105については、2010年3月に開始された自動車買い替え補助制度によって、販売台数が大幅に増加すると予想されていた。第4位となったのは、ラーダの上級モデルであるラーダ・カリーナで、同年には5万2,499台が販売された[80]。

小型商用車の分野では、GAZが製造するガゼリバンが非常に高い人気を誇っていた。2009年には市場占有率49%を記録し、4万2,400台を販売した。自動車雑誌『アフトペレヴォズチク』は、ガゼリを2009年のロシア自動車市場において最も成功した車両と評価した。

ロシアの自動車産業で最大の企業は、トリヤッチ市に所在するアフトヴァースである。同社は13万人以上の従業員を雇用しており、ラーダの各車種はロシアの乗用車市場で支配的な地位を占めている。アフトヴァース製の乗用車は、ロシア国内の乗用車総生産台数の約50%を占めている[45]。

ロシアの自動車製造企業を代表する業界団体としては、ASMホールディングとロシア自動車製造業者協会の2団体が存在する[81]。

外国自動車ブランド

ロシアで第2位の規模を持つ自動車メーカーは、カリーニングラード州に所在するアフトトル(ロシア語版、英語版)である。アフトトルは、BMW、起亜自動車、ゼネラルモーターズのキャデラックおよびシボレーなど、外国ブランド車のSKD方式、CKD方式、あるいは一貫生産方式による組立を行っている。2009年、アフトトルは6万台の乗用車を生産し、ロシア国内の乗用車総生産台数の10%を占めた[45]。

第3位の自動車メーカーであるアフトフラモスは、2009年に4万9,500台の乗用車を生産した。同社の工場はモスクワ市南東部に所在していた。同社は、フランスのルノーとモスクワ市による合弁企業であったが、その株式の過半数はルノーが保有していた[45]。

ヒョンデ・ソラリス。ロシアの年間乗用車販売ランキングで初めて首位を獲得した外国ブランド車

ロシアに対する国際的な制裁が実施される以前、ロシア国内で第4位および第5位の規模を持つ自動車メーカーは、それぞれフォルクスワーゲンとフォードであった。

ロシアの自動車産業では、上位5社が国内で生産される乗用車全体の80%を占めていた[45]。

2016年、ヒョンデ・ソラリスは、1970年に販売統計の集計が開始されて以来、ロシアで初めて年間販売台数第1位となった外国ブランド車となった。これにより、ラーダが45年間にわたって維持してきた販売首位の座が失われた[82]。

2019年、中国の自動車メーカーである長城汽車は、ロシア中部トゥーラ州にある工場で、ハヴァルF7の生産を開始した。同工場の年間生産能力は8万台であった[83]。

商用車・大型車両

GAZが製造するガゼリネクスト。小型商用車市場で人気を集めている。

大型車両の分野では、トラックメーカーのKamAZが最大の企業である。同社はロシアの自動車産業全体でも有数の大企業の一つである。2010年、KamAZは合計3万2,293台のトラックを販売した。その内訳は、ロシア国内で2万8,254台、国外で4,039台であった[84]。

もう一つの非常に重要な企業がGAZであり、同社はバン、トラック、バスなど、さまざまな車両を製造している。同社の最も人気の高い製品はガゼリバンであり、小型商用車市場において49%の市場占有率を持っている。2009年、GAZはガゼリの改良型である「ガゼリ ビジネス」を発表した。バスの分野では、GAZグループのバス事業部門が市場占有率77%を占めていた。2009年には、小型バス6,169台、中型バス1,806台、大型バス1,156台を販売した。

ロシア最大のトラクターメーカーであり、世界でも有数の機械製造企業の一つが、チェボクサーリに所在するトラクター工場コンツェルン(ロシア語版、英語版)である。同社は約4万5,000人の従業員を雇用している。

短命に終わった計画

マルシャB2

マルシャ・モーターズが製造する「マルシャ」は、ロシアで初めて生産された現代的なスポーツカーであり、同国初のスーパーカーとなった。マルシャB1は、2008年12月16日にモスクワの新マネージュ展示場で発表された。2010年9月10日には、モスクワでマルシャ・モーターズ初のショールームが開設された[85]。マルシャ・モーターズを率いていたのは、ロシアの著名なテレビタレント、歌手、俳優、レーシングドライバーであるニコライ・フォメンコ(ロシア語版、英語版)であった。同社は、F1に参戦していたヴァージン・レーシングの株式の「相当な割合」を取得した。同チームは2011年から「マルシャ・ヴァージン・レーシング」へと名称を変更した[86]。このチームは、F1史上初のロシア資本によるチームとなることを目指していた。しかし、マルシャ・モーターズは2014年に破産を宣言し、F1チームへの支援と、自動車事業全体の活動を停止した[87]。

ヨーモビル・クーペ

もう一つの短命に終わったプロジェクトが、ヨーモビル(ロシア語版、英語版)であった。これはガソリンと天然ガスの両方を燃料として使用でき、さらに2基の電動モーターを組み合わせた都市向けの小型乗用車であった。この車両は2010年12月13日、モスクワで発表された。ヨーモビルは、ロシアのサンクトペテルブルクを拠点に大型トラックを少量生産していたヤロヴィト(英語版)と、投資グループのオネクシムによる合弁事業の製品であった。オネクシムを率いていたのは、プロジェクトの責任者であり資金提供者でもあったミハイル・プロホロフである[88][89]。2014年、このプロジェクト全体は名目的な金額でロシア政府に売却され、構想の事実上の放棄を示すこととなった[90]。結局、数台のコンセプトカーを除き、実際に車両が生産されることはなかった。

経済・政治上の立ち位置

トリヤッチにあるアフトヴァース本社の主要管理棟

ロシアの自動車産業は、経済的に重要な産業部門である。直接的に60万人を雇用しているほか、関連産業に従事する約200万~300万人の雇用を支えている[49]。

また、自動車産業は政治的にもロシア経済の極めて重要な一部を構成している。その理由は第一に、自動車産業が多くの人々を雇用していること、第二に、自動車メーカーが提供する社会福祉サービスに多くの国民が依存していることである。例えば、トリヤッチにある巨大なアフトヴァース工場の経営状態は、同市のみならず、サマーラ州全体にとっても極めて重要な意味を持っている[91]。トリヤッチは、経済活動を単一の企業に大きく依存する典型的な「企業城下町」である。

2009年、ドミトリー・メドヴェージェフ大統領は、ロシアの経済構造の多様化を目指す「メドヴェージェフ近代化計画(英語版)」を開始した。この計画は、原材料産業とエネルギー産業に大きく依存するロシア経済を多角化し、技術革新を基盤とする近代的なハイテク経済へと転換することを目的としていた。この政策のもとで、ロシアの自動車産業は、近代化に向けた大きな潜在力を持つ産業として注目されるようになった。

首相経験者であり、大統領であるウラジーミル・プーチンは、自動車産業に個人的な関心を寄せてきた。2010年8月、プーチンは自動車産業への支持を象徴的に示すため、新たに整備されたアムール幹線道路をラーダ・カリーナ・スポーツで走行する、大々的に報道された自動車旅行を実施した。その走行距離は2,165kmに及んだ[92]。

工場

サンクトペテルブルク・レニングラード州

カルーガ

ヴォルガ連邦管区

ニジニ・ノヴゴロド

トリヤッチ

イジェフスク

ナーベレジヌイェ・チェルヌイ

エラブガ

スィズラニ

モスクワ市・州

ヒムキ

  • 日野 - 2017年に工場を開設し、2019年にトラックの製造を開始した。

モスクワ

その他諸地域

カリーニングラード

ウラジオストク

チェルケスク

アルグン

ヤロスラヴリ

  • コマツ - 2010年に工場を設立し、リジッド式ダンプトラックを生産している。

ミアス

  • イヴェコ - 1994年にトラック工場が設立された。同工場はイヴェコAMTの工場であり、かつてはイヴェコとUralAZの合弁企業「イヴェコ・ウラルアズ」であった。イヴェコ・トラッカーおよびイヴェコ・ストラリスを生産している。

自動車用エンジン工場

日本におけるロシア車

日本にロシア(または旧ソ連)製の自動車が正規輸入されたことはないが、ラーダ・ニーヴァなどが並行輸入されている[115][116]。一方で2022年にロシアのウクライナ侵攻に伴う経済制裁でロシアからの自動車ならびにパーツの輸入が全面禁止されたため、カザフスタン製の自動車を輸入する動きもある[115]。

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関連項目