ロン・フランシス
| ロン・フランシス | |
|---|---|
|
ハートフォード・ホーエラーズ時代(1983年) | |
| 本名 | ロナルド・マイケル・フランシス・ジュニア |
| 原語名 | Ronald Michael Francis Jr. |
| 愛称 |
ロニー・フランチャイズ キャプテンクラス |
| 生誕 |
1963年3月1日(63歳) スーセントマリー |
| 身長 | 6 ft 3 in (1.91 m) |
| 体重 | 200 lb (91 kg; 14 st 4 lb) |
| ポジション | センター |
| ショット | 左打ち |
| 所属したチーム |
ハートフォード・ホエーラーズ ピッツバーグ・ペンギンズ カロライナ・ハリケーンズ トロント・メープルリーフス |
| 代表 |
|
| NHLドラフト |
1巡目(全体4位)(1981年) ハートフォード・ホエーラーズ |
| プロ選手期間 | 1981年 – 2004年 |
| 2007年殿堂入り | |
| 獲得メダル | ||
|---|---|---|
| 男子アイスホッケー | ||
| 世界選手権 | ||
| 銀 | 1985 チェコスロバキア | |

ロン・フランシス(英語: Ron Francis, 1963年3月1日 - )は、カナダ連邦オンタリオ州スーセントマリー生まれの元プロアイスホッケー選手、幹部である。ポジションはセンター。
長年にわたりNHL屈指のパサーおよび攻守に優れた「トゥーウェイ (2-way)・プレーヤー」として活躍した。フェイスオフにも非常に強く、現役を通じて高い知性とリーダーシップを兼ね備えた選手であり、NHL史上屈指のポイント生産力を誇る選手の1人である。
経歴
プロ入り前
ロン・フランシスは、父親が地元の製鉄所で40年間働いていたブルーカラーの家庭に生まれ育ち、その生い立ちは彼の勤勉さの基盤を作った。地元のジュニアホッケーチームであるグレイハウンズで1980–81シーズンに1試合平均約1ポイントを記録した後、1981年のNHLドラフトでハートフォード・ホエーラーズから全体4位で指名された。ジュニアでの2シーズン目に1試合平均約2ポイントを記録した後、1981年11月中旬にホエーラーズからNHLに招集された。
プロ入りとホエーラーズ時代
19歳ルーキーのフランシスは年齢離れした成熟ぶりを見せ、1年目のシーズン59試合で25ゴール、68ポイントを記録し、その優れた技術と地域社会への献身的な活動で、ファンからは「ロニー・フランチャイズ」と呼ばれるようになり、将来のホエーラーズの中心選手と見なされるようになった。遠征先では名選手であるデイヴ・キーオンと同室になる機会に恵まれ、指導を受けた。
ホエーラーズの若手育成期間にあたっていた最初の4年間、チームはスタンレー・カップ・プレーオフ進出を逃し、モントリオール・カナディアンズ、ボストン・ブルーインズ、ケベック・ノルディクスといった強豪ひしめくアダムス・ディビジョンに所属、フランシスは2シーズン目には31ゴール、90ポイントを記録した。
1984-85シーズンの途中で、当時のキャプテンであったマーク・ジョンソンがトレードされたことを受け、フランシスはNHL史上最年少クラスの22歳で後任のキャプテンに任命され、オフシーズンには唯一のカナダ代表メンバーとして世界選手権にマリオ・ルミュー、スティーブ・アイザーマンらと出場し、カナダの銀メダル獲得に貢献した。[1]
フランシスは小規模市場のフランチャイズをスタンレーカップへと導く新進気鋭のスターとして期待され、翌1985-86シーズンには53試合で77ポイントを記録すると、フランシスのいとこにあたるマイク・リウトが加入したチームはスタンレー・カップ・プレーオフに復帰して、ディビジョン決勝まで進出した。
1986-87シーズンには75試合で30ゴール、93ポイントを記録して、チームを初のディビジョン首位に導いた。その後も重圧に乱されることなく、1989–90シーズンにはキャリアハイの32ゴールと、101ポイントを記録したが、チームが4年連続してプレーオフ1回戦で敗退した後の1990-91シーズンの途中、コーチのリック・レイから理由の説明もないままキャプテンの座を剥奪された。それからわずか数週間後、スタンレーカップ優勝を狙って守備フォワードの補強候補を探していたピッツバーグ・ペンギンズへとトレードされることになった。
ハートフォードでは長年にわたり優秀な成績を残し、ホエーラーズでプレーした10シーズンで、チームのMVPを4回、5回のポイントリーダーと9回のアシストリーダーになった。また、ホエーラーズのNHL通算ゴール (264)、アシスト (557)、ポイント (821)、出場試合数 (714)の記録保持者でもある。[2]
ペンギンズ時代
1991年3月4日、ハートフォードからピッツバーグ・ペンギンズへトレード(グラント・ジェニングス、ウルフ・サミュエルソンと共に、ジョン・カレン、ジェフ・パーカー、ザーリー・ザラプスキーとの交換)された。
27歳でキャリアの絶頂期に差し掛かっていたフランシスは、すぐにピッツバーグで影響力を示し、マリオ・ルミューとトップ2センター陣を形成し、同年に加入したヤロミール・ヤーガーとともにペンギンズが1991年と1992年に2年連続でスタンレーカップ優勝を果たすのに大きく貢献した。1991年のプレーオフで挙げた7ゴールのうち4ゴールが決勝ゴールとなり、チームのオルタネイト・キャプテンに任命された1991-92シーズンのニューヨーク・レンジャースとのプレーオフ第2ラウンドでルミューが手を骨折して欠場した際には、第4戦で延長ゴールを含むハットトリックを達成してこのシリーズだけで7ゴールを記録し、最終的にリーグトップとなるプレーオフ19アシストと、スタンレーカップファイナルのシカゴ・ブラックホークス戦ではカップ優勝ゴールも記録した。
以降はリーグ屈指の守備センターとして活躍しつつ、ピッツバーグで最高の得点シーズンを過ごし、1992-93シーズンは2度目の100ポイントシーズンを記録し、プレーオフ12試合で17ポイントを記録した。
ルミューがロックアウトで短縮された1994-95シーズンを怪我で欠場していた間、ペンギンスのキャプテンに指名され、リーグトップとなる48アシストとプラス30を記録して、リーグ最高の守備フォワードに贈られるフランク・J・セルケ賞、[3]さらにはペナルティ18分の成績で初のレディ・ビング記念賞を受賞した。[4][5]
1995-96シーズンには、ルミューやヤーガーと並んでレフトウィングのポジションでプレーすることが増え、27ゴール、リーグ最多となる92アシスト、[6]キャリアハイとなる119ポイントを記録し、セルケ賞の投票では2位に入った。[7]
1996年のワールドカップに向けて、トレーニングキャンプやプレシーズンマッチに参加したが、怪我のため出場を辞退した。[8]
1997年にルミューが引退すると再びキャプテンの座を任され、1997-98シーズン81試合で25ゴール、87ポイント、20分のペナルティを記録して、2度目となるレディ・ビング記念賞を受賞した。[9]
ハリケーンズ時代
1998年7月13日、フリーエージェントとしてカロライナ・ハリケーンズと契約し、ホエーラーズ時代から続くフランチャイズの一員に復帰した。オルタネイト・キャプテンとして1998-99シーズンの全82試合に出場し、チームをサウスイーストディビジョン優勝へと導いた。
2シーズン目からは再びキャプテンの座に帰り咲き、チームトップの73ポイントを記録し、[10]2001-02シーズンに39歳で再びチームトップとなる77ポイントを記録すると、[11]ケーンズをイースタンカンファレンス優勝、そして初のスタンレーカップ決勝に導いた。プレーオフでチーム最多となる16ポイントを記録し、6ゴールのうち3ゴールは、デトロイト・レッドウィングスとの決勝第1戦での延長ゴールを含む決勝ゴールだった。[12]カップ決勝の敗退後、フランシスがNHLデビューを果たした1981年当時ホエーラーズに所属していたハリケーンズの用具係スキップ・カニンガム (Skip Cunningham) に、感謝の気持ちを表して、延長ゴールのパックとスコアシートを額装して贈呈した。
シーズン終了後には、18分のペナルティで3度目のレディ・ビング記念賞と、[13]学習障害のある兄の影響で、ノースカロライナ州ダーラムのデューク小児病院で患者とその家族を支援するプログラムに関わっていることが評価されキング・クランシー記念賞、[14]さらには、献身、忍耐、チームワークを体現し、地域社会の人々の生活を豊かにした選手に贈られるNHL財団選手賞も受賞した。
カロライナでさらに2シーズンをプレーしたものの、プレーオフ出場はならず、2003–04シーズンは68試合の出場でわずか30ポイントに終わり、2004年から2005年のNHLロックアウト後に再開された2005-06シーズンのスタンレーカップ優勝チームに残ることは叶わなかった。
メープルリーフス時代
2004年3月9日、カロライナからトロント・メープルリーフスへトレード(2005年NHLドラフトのトロントの4巡目指名権との交換。同指名権は後にコロンバスへトレードされ、コロンバスがジャレッド・ボルを指名)され、シーズンの12試合とプレーオフ12試合に出場した。
2005年9月14日、41歳で正式に引退を発表した。フランシスは当時最も見過ごされがちなスーパースターとして、NHL歴代5位の1,731試合に出場し、549ゴール、1,798ポイント、そしてNHL歴代2位となる1,249アシストを記録し、[15]これらすべてを非常に効率的かつ優雅に、そして控えめにプレーしながら達成した。
引退後
カロライナ・ハリケーンズが2006年のスタンレーカップ優勝を果たした後の11月、フランシスはハリケーンズに復帰し、同クラブの選手育成ディレクターに就任した。
2011年、フランシスはハリケーンズのホッケー運営ディレクターに就任し、2014年にゼネラルマネージャー (GM) に昇進した。その2年前、フランシスは5人の投資家グループであるプレイメーカーズ・マネジメントの一員としてチームの少数株主になっていた。GM在任中は観客動員の少なさに悩みながらも、セバスチャン・アホ、テウヴォ・テラヴァイネン、ジェイコブ・スレイヴィン、ジャスティン・ウィリアムズといった将来のフランチャイズに影響を与えるメンバーを獲得したが、2018年3月にはGMからホッケー運営部長に降格され、同年4月30日に解任された。
2017年、最高のNHL選手100人の1人に選出された。
2019年7月18日、シアトル・クラーケンの初代ゼネラルマネージャーに就任したが、チームはフランシスの在任5シーズンのうち1シーズンのみのプレーオフに出場にとどまった。
2026年4月9日にシアトル・クラーケンのゼネラルマネージャーを辞任し、6月19日にはホッケー運営特別顧問としてピッツバーグ・ペンギンズに採用された。[16]
プレーと評価
ホエーラーズではチームトップの攻撃の脅威であると同時に、チームトップのチェッカーでもあり、スペシャルチームの要であり、何よりもリーダーだった。ウェイン・グレツキーやルミューのように、状況を支配したり身体的な才能を備えているわけではなかったが、歴代2位のアシスト数を誇るフランシスは、チームメイトの最良の部分を引き出すことに非常に長けていた。ペンギンズ時代は、5対5の状況でヤーガーの決めたゴールの多くをアシストし、たとえ体調が万全でなかったり、プレーの調子が悪かったりしても、フランシスとなら必ず良いプレーができたヤーガーはさらなる自信を持つに至り、ヤーガー自身のプレースタイルの形成にも大きな影響を与えた。
ハンドアイ(手と目の協働)に優れ、ホッケー界屈指のティップイン(パックを軽く叩いてシュートの軌道を変えてゴールを奪う技)の名手である。フェイスオフの名手としても知られ、対戦相手だけでなく、パックを落とす審判の癖までも把握し、パックが落とされた後に味方がそれを確実に確保できるよう、チームメイトの配置を的確に指示することもできた。相手のトップフォワードを抑える守備でも優れた能力を発揮し、しかも反則を犯してペナルティボックスに入ることは少なかった。
スケーティングはぎこちなく、スピードも速いわけではなかったが、素早く移動できた。抜群のボディバランスを誇る恵まれた体格を巧みに使い、パックを奪うのが非常に困難な選手だったが、威圧感を与えるようなタイプではなかった。華やかさやカリスマ性とは無縁だったが、極めて効率良く的確にプレーした。グレツキーと同じように、誰よりも深くゲームを理解しており、コーチが後でビデオを見返してようやく気づくようなプレーを、氷上で瞬時に見抜くことができた。
ペンギンズではルミューやヤーガーといった稀代のスコアラーたちが圧倒的な注目を浴びる陰で、フランシスがもたらした守備への貢献と、控えめながらも優れた攻撃センスと重要な場面で最高の働きをするプレーは、ペンギンズのスタンレーカップ連覇における多大な功績の1つとして「控えめな形で」評価されている。
詳細情報
レギュラーシーズンとプレーオフの成績
| レギュラーシーズン | プレーオフ | |||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| シーズン | チーム | リーグ | GP | G | A | Pts | PIM | GP | G | A | Pts | PIM | ||
| 1979–80 | Sault Ste. Marie North Stars | Midget | 45 | 57 | 92 | 149 | — | — | 11 | 11 | 22 | — | ||
| 1980–81 | Sault Ste. Marie Greyhounds | OHL | 64 | 26 | 43 | 69 | 33 | 19 | 7 | 8 | 15 | 34 | ||
| 1981–82 | Sault Ste. Marie Greyhounds | OHL | 25 | 18 | 30 | 48 | 46 | — | — | — | — | — | ||
| 1981–82 | ハートフォード・ホエーラーズ | NHL | 59 | 25 | 43 | 68 | 51 | — | — | — | — | — | ||
| 1982–83 | ハートフォード・ホエーラーズ | NHL | 79 | 31 | 59 | 90 | 60 | — | — | — | — | — | ||
| 1983–84 | ハートフォード・ホエーラーズ | NHL | 72 | 23 | 60 | 83 | 45 | — | — | — | — | — | ||
| 1984–85 | ハートフォード・ホエーラーズ | NHL | 80 | 24 | 57 | 81 | 66 | — | — | — | — | — | ||
| 1985–86 | ハートフォード・ホエーラーズ | NHL | 53 | 24 | 53 | 77 | 24 | 10 | 1 | 2 | 3 | 4 | ||
| 1986–87 | ハートフォード・ホエーラーズ | NHL | 75 | 30 | 63 | 93 | 45 | 6 | 2 | 2 | 4 | 6 | ||
| 1987–88 | ハートフォード・ホエーラーズ | NHL | 80 | 25 | 50 | 75 | 87 | 6 | 2 | 5 | 7 | 2 | ||
| 1988–89 | ハートフォード・ホエーラーズ | NHL | 69 | 29 | 48 | 77 | 36 | 4 | 0 | 2 | 2 | 0 | ||
| 1989–90 | ハートフォード・ホエーラーズ | NHL | 80 | 32 | 69 | 101 | 73 | 7 | 3 | 3 | 6 | 8 | ||
| 1990–91 | ハートフォード・ホエーラーズ | NHL | 67 | 21 | 55 | 76 | 51 | — | — | — | — | — | ||
| 1990–91 | ピッツバーグ・ペンギンズ | NHL | 14 | 2 | 9 | 11 | 21 | 24 | 7 | 10 | 17 | 24 | ||
| 1991–92 | ピッツバーグ・ペンギンズ | NHL | 70 | 21 | 33 | 54 | 30 | 21 | 8 | 19 | 27 | 6 | ||
| 1992–93 | ピッツバーグ・ペンギンズ | NHL | 84 | 24 | 76 | 100 | 68 | 12 | 6 | 11 | 17 | 19 | ||
| 1993–94 | ピッツバーグ・ペンギンズ | NHL | 82 | 27 | 66 | 93 | 62 | 6 | 0 | 2 | 2 | 6 | ||
| 1994–95 | ピッツバーグ・ペンギンズ | NHL | 44 | 11 | 48 | 59 | 18 | 12 | 6 | 13 | 19 | 4 | ||
| 1995–96 | ピッツバーグ・ペンギンズ | NHL | 77 | 27 | 92 | 119 | 56 | 11 | 3 | 6 | 9 | 4 | ||
| 1996–97 | ピッツバーグ・ペンギンズ | NHL | 81 | 27 | 63 | 90 | 20 | 5 | 1 | 2 | 3 | 2 | ||
| 1997–98 | ピッツバーグ・ペンギンズ | NHL | 81 | 25 | 62 | 87 | 20 | 6 | 1 | 5 | 6 | 2 | ||
| 1998–99 | カロライナ・ハリケーンズ | NHL | 82 | 21 | 31 | 52 | 34 | 3 | 0 | 1 | 1 | 0 | ||
| 1999–00 | カロライナ・ハリケーンズ | NHL | 78 | 23 | 50 | 73 | 18 | — | — | — | — | — | ||
| 2000–01 | カロライナ・ハリケーンズ | NHL | 82 | 15 | 50 | 65 | 32 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | ||
| 2001–02 | カロライナ・ハリケーンズ | NHL | 80 | 27 | 50 | 77 | 18 | 23 | 6 | 10 | 16 | 6 | ||
| 2002–03 | カロライナ・ハリケーンズ | NHL | 82 | 22 | 35 | 57 | 30 | — | — | — | — | — | ||
| 2003–04 | カロライナ・ハリケーンズ | NHL | 68 | 10 | 20 | 30 | 14 | — | — | — | — | — | ||
| 2003–04 | トロント・メープルリーフス | NHL | 12 | 3 | 7 | 10 | 0 | 12 | 0 | 4 | 4 | 2 | ||
| NHL 合計 | 1,731 | 549 | 1,249 | 1,798 | 979 | 171 | 46 | 97 | 143 | 95 | ||||
国際試合
| 年度 | チーム | 大会 | GP | G | A | Pts | PIM | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1985 | カナダ | 世界選手権 | 10 | 2 | 5 | 7 | 2 | |
| シニア 合計 | 10 | 2 | 5 | 7 | 2 | |||
賞歴
- NHLオールスターゲーム選出:4回(1983, 1985, 1990, 1996年)
- スタンレーカップ優勝:1991, 1992年
- フランク・J・セルケ賞:1995年
- NHLプラスマイナス賞:1995年
- レディ・ビング記念賞:3回(1995, 1998, 2002年)
- キング・クランシー記念賞:2002年
- NHL財団選手賞:2002年
- ホッケーの殿堂:2007年
- ノースカロライナ州スポーツ殿堂:2013年[17]
- 最高のNHLプレーヤー100人選出:2017年
- オンタリオ州スポーツ殿堂:2026年[18]
背番号
出典
- ↑ 「World Championship 1985 - Player Stats」QuantHockey 2026年10月8日閲覧
- ↑ 「Hartford Whalers All-Time Leaders」QuantHockey 2026年10月8日閲覧
- ↑ 「Frank J Selke TrophyFrancis, Ron」Hockey Hall of Fame 2026年10月8日閲覧
- ↑ 「Statistics」NHL.com 2026年10月8日閲覧
- ↑ 「Lady Byng Memorial Trophy Francis, Ron Pittsburgh Penguins 1994-95」Hockey Hall of Fame 2026年10月8日閲覧
- ↑ 「Statistics」NHL.com 2026年10月8日閲覧
- ↑ 「Frank J. Selke Trophy」NHL.com Records 2026年10月8日閲覧
- ↑ 「Ron Francis」hockeyarchives.info 2026年10月8日閲覧
- ↑ 「Lady Byng Memorial Trophy Francis, Ron Pittsburgh Penguins 1997-98」Hockey Hall of Fame 2026年10月8日閲覧
- ↑ 「Statistics」NHL.com 2026年10月8日閲覧
- ↑ 「Statistics」NHL.com 2026年10月8日閲覧
- ↑ 「Statistics」NHL.com 2026年10月8日閲覧
- ↑ 「Lady Byng Memorial Trophy Francis, Ron Carolina Hurricanes 2001-02」Hockey Hall of Fame 2026年10月8日閲覧
- ↑ 「King Clancy Memorial Trophy Francis, Ron Carolina Hurricanes 2001-02」Hockey Hall of Fame 2026年10月8日閲覧
- ↑ 「Skater Records Most Assists, Career」NHL.com Records 2026年10月8日閲覧
- ↑ 「Francis hired by Penguins as special adviser of hockey operations」NHL.com June 20, 2026 2026年10月8日閲覧
- ↑ 「Ron Francis」North Carolina Sports Hall of Fame 2026年10月8日閲覧
- ↑ 「Ron Francis」Ontario Sports Hall of Fame 2026年10月8日閲覧
- ↑ 「Retired Jerseys」Sault Ste. Marie Greyhounds 2026年10月8日閲覧
外部リンク
- NHL.com, or Eliteprospects.com, or Eurohockey.com, or Hockey-Reference.com, or Legends of Hockey, or The Internet Hockey Database
- Stu Hackel (2017年1月2日). “Ron Francis: 100 Greatest NHL Players” (英語). NHL公式サイト. NHL.com. 2026年10月8日閲覧。
- Joe Pelletier (2019年4月10日). “Ron Francis” (英語). GreatestHockeyLegends.com. 2026年10月8日閲覧。
- Daniel Blanda (2025年9月1日). “Ron Francis’ 5 Best & Worst Moves as Hurricanes General Manager” (英語). The Hockey Writers. 2026年10月8日閲覧。