三ツ俣大樹

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三ツ俣 大樹
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 東京都葛飾区
生年月日 (1992-05-11) 1992年5月11日(32歳)
身長
体重
178 cm
88 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 遊撃手、二塁手、三塁手
プロ入り 2010年 ドラフト2位
初出場 2012年8月8日
最終出場 2023年9月27日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

三ツ俣 大樹(みつまた たいき、1992年5月11日 - )は、東京都葛飾区出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。

経歴

プロ入り前

6歳の時に、岡田彰布のサインボールでキャッチボールしたのをきっかけに葛飾アニマルズで野球を始め、中学時代は江戸川南シニアでプレーする[1]。

修徳高では投手兼遊撃手、エースで4番として活躍。2年夏に都大会ベスト8、3年春では都大会準優勝をしており、この大会では被本塁打が2回戦の明星高校戦の1本だけという結果であり、球威・制球が抜群で非常に飛びにくい球筋であった。この大会をきっかけに少しずつブレイクしていった。3年夏には決勝戦の山下幸輝擁する関東一高戦で好投を見せる。打っては7回に逆転適時打を放つも8回に足がつってしまい降板、その後サヨナラで敗れて甲子園を逃す。高校通算18本塁打。

2010年10月28日、プロ野球ドラフト会議でオリックスから2位指名される。高校では投手としても活躍したが、スカウトからは長打力のある打撃、強肩、フィールディングの良さなど野手としてのセンスが買われ、プロでは内野手一本でやっていくこととなった。また2011年1月5日には故郷の葛飾区社会福祉協議会に100万円を寄付している。

オリックス時代

オリックス時代(2013年7月3日 今津総合グラウンド)

2011年は、1年目から二軍で103試合出場で打率.225[2]、ポジションは遊撃手固定で起用されたものの失策はリーグトップの27と課題を残すなどプロの壁に当たったが、この年の二軍選手で唯一規定打席到達を果たした。またこの年のフレッシュオールスターゲームにも出場した。

2012年は、二軍で主に遊撃手として86試合に出場し、打率.220を記録。8月7日に一軍初昇格を果たすと、翌8日にプロ初出場を果たした。同月14日に一旦登録抹消となったが、9月に再昇格し、同月22日のロッテ戦では藤岡貴裕からプロ初安打を含む2安打を放ち、4試合連続安打を放った。最終的に9試合に出場して打率.238を記録した。

2013年は、一軍では主に代走、守備要員で21試合に出場したが、打率は.100に終わった。

2014年は、7月29日に岩﨑恭平とのトレードで中日ドラゴンズへの移籍が発表され[3]、翌30日に公示された[4]。

中日時代

中日時代
(2022年5月27日 京セラドーム大阪)

2014年8月16日の東京ヤクルトスワローズ戦(ナゴヤドーム)で移籍後初出場[5]。その後も一軍に残り、9月21日の阪神タイガース戦(阪神甲子園球場)では6回表に岩崎優からレフトポール直撃のプロ初本塁打を放った[6]。

2015年は、代走の1試合のみの出場。

2016年は、15試合に出場し打率.125。

2017年は8試合に出場。

2018年は一軍出場なし。

2019年は、21試合に出場し[7]2年ぶりの安打を記録する。

2020年は8試合の出場に終わり、オフの12月4日に100万円減の700万円で契約更改した[8]。

2021年は、開幕一軍スタートとなった[9]。4月11日のヤクルト戦(バンテリンドーム ナゴヤ)で、不振の京田陽太に代わって[10]2年ぶりに先発出場した[9]。4月17日の広島東洋カープ戦(バンテリンドーム ナゴヤ)では、8回裏2死一、二塁の場面で右越2点適時二塁打を放ち、7年ぶりに打点を記録した[9]。7月4日のヤクルト戦(バンテリンドーム ナゴヤ)では、6回裏に7年ぶりに本塁打を放った[11]。

後半戦は8月13日の読売ジャイアンツ戦(東京ドーム)で負傷し[12]、9月21日に復帰[13]するまで約1か月戦線離脱したが、同年は自己最多の58試合に出場した[14]。オフの11月18日に500万円増の年俸1200万円で契約更改[14]。

2022年は、春季キャンプ前の1月28日に新型コロナウイルスに感染したことが発表された[15]。

同年は二軍で3割を超える打率を残し[16]、5月5日に一軍昇格[17]。同日の横浜DeNAベイスターズ戦(横浜スタジアム)で「8番・遊撃手」として先発出場した[18]。5月28日のオリックス戦(京セラドーム大阪)では8回表二死一・二塁の場面で山本由伸から左前へ決勝適時打を放って自身初となるお立ち台に立ったり[19]、6月21日のヤクルト戦(バンテリンドーム ナゴヤ)では、延長10回裏二死満塁の場面で田口麗斗から自身初となる[20]サヨナラ安打を放つなど[21]、勝負強さが光る活躍を見せたが、8月22日に二度目の新型コロナウイルスに感染して以降は復帰後も二軍暮らしが続き[22]、自己最多タイとなる58試合に出場したもののオフの10月22日に球団から戦力外通告を受けた[23]。「自分ではまだできると思っている。」という思いもあってNPBでの現役続行を希望し、11月8日に行われた12球団合同トライアウト(楽天生命パーク宮城)に参加。3打席に立って1安打を打ち内野守備でも軽快な動きを見せ、アピールした[24]。

ヤクルト時代

2022年11月10日、東京ヤクルトスワローズと契約したことが発表された[25]。背番号は66。

2023年は18試合の出場にとどまった。

2024年は中日時代の2018年以来6年ぶりに一軍出場がなかった。同年9月30日に自身2度目の戦力外通告を受けた[26]。

選手としての特徴・人物

右打ちとバント技術に優れ[27][28]、広い守備範囲と確実な送球で遊撃を中心に二塁、三塁もこなすユーティリティープレイヤー[29][30][31]。

高校時代はピッチャーとして最速149km/hの直球とスライダーを駆使する本格派投手であったが、野手としても4番打者を務め、同じくオリックスに指名された塚原頌平から練習試合で120mの本塁打を放つなど長打力と強肩が特徴だった[32]。

愛称は「ミッツ」[33]。

2018年9月に結婚し、同年12月に第1子(長女)が誕生した[34]。

詳細情報

年度別打撃成績

年

度
球

団
試

合
打

席
打

数
得

点
安

打
二
塁
打
三
塁
打
本
塁
打
塁

打
打

点
盗

塁
盗
塁
死
犠

打
犠

飛
四

球
敬

遠
死

球
三

振
併
殺
打
打

率
出
塁
率
長
打
率
O
P
S
2012 オリックス 923212520070001010060.238.273.333.606
2013 2114102110022001030040.100.308.200.508
2014 2110000000000000010.000.000.000.000
中日 294136350111040041000101.139.135.278.413
'14計 314237350111040041000111.135.132.270.402
2015 1000000000000000000.---.---.---.---
2016 1519161200020002010040.125.176.125.301
2017 8110000000010000000.000.000.000.000
2019 2133272320050002040061.111.226.185.411
2020 8661100010000000020.167.167.167.333
2021 58138117826511361100130701270.222.272.308.580
2022 581541236268003410101311611394.211.305.276.581
2023 ヤクルト 1821142200022005020080.143.250.143.393
通算:11年 2484513722771182299291141234121076.191.261.266.527
  • 2024年度シーズン終了時

年度別守備成績

年
度
球
団
一塁二塁三塁遊撃
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
2012 オリックス -134011.000-8121116.958
2013 -1168021.000610001.00020000----
2014 中日 -101001.00010000----262337112.984
2015 ---101001.000
2016 -411011.000-731415.944
2017 -413011.00010000-----
2019 -6620051.000102001.000101001.000
2020 --10000-----
2021 -222641081.000511001.000293152310.965
2022 -5914041.000518011.000414589219.985
2023 ヤクルト 331001.000438031.000410001.000112001.000
通算 331001.00058551000251.00024411011.000116115207852.976
  • 2024年度シーズン終了時

記録

初記録

背番号

  • 30(2011年 - 2014年7月29日)
  • 37(2014年7月30日 - 2022年)
  • 66(2023年 - 2024年)

登場曲

脚注

  1. ↑ 「オリドラ2三ツ俣、両親に家建てる」『日刊スポーツ』2010年11月21日。2020年8月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年11月25日閲覧。
  2. ↑ ルーキー1年目総括『週刊ベースボール』2011年12月26日号、ベースボール・マガジン社、2011年、雑誌20442-12/26, 39頁。
  3. ↑ 「トレードのお知らせ」『中日ドラゴンズ オフィシャルウェブサイト』2014年7月29日。2014年10月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年6月22日閲覧。
  4. ↑ 「【30日の公示】トレードの三ツ俣、岩崎が支配下に 沢村が抹消」『スポニチアネックス』株式会社スポーツニッポン新聞社、2014年7月30日。2017年8月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年6月22日閲覧。
  5. ↑ 「中日三ツ俣、移籍後初出場」『日刊スポーツ』2014年8月16日。2020年8月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年11月25日閲覧。
  6. 1 2 「中日三ツ俣が第1号「必死に走りました」」『日刊スポーツ』2014年9月21日。2020年8月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年11月25日閲覧。
  7. ↑ 「三ツ俣、広島・菊池涼を独り占め。静岡で1対1の自主トレへ」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2020年1月7日。2022年6月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年6月22日閲覧。
  8. ↑ 「100万円ダウンの中日・三ツ俣「悔しさしかない…」生き残りへ「直倫さんがライバル」」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2020年12月4日。2022年6月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年6月22日閲覧。
  9. 1 2 3 「存在感発揮する11年目の中日三ツ俣の気迫「大事な存在」球団関係者が評価」『日刊スポーツ』2021年4月21日。2022年6月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年11月25日閲覧。
  10. ↑ 「【中日スタメン】京田が今季初めて先発外れる…代わりに2番遊撃は三ツ俣…根尾は8番左翼、小笠原先発」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2021年4月11日。2021年4月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年6月22日閲覧。
  11. ↑ 「【中日】三ツ俣、6年ぶり一発! 反撃のプロ通算2本目アーチ 「届けーと思いながら走りました」」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2021年7月4日。2021年7月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年6月22日閲覧。
  12. ↑ 「【中日】三ツ俣にアクシデント…5回チーム初安打放つも交代 走塁で左足首付近痛めたか」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2021年8月13日。2021年8月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年6月22日閲覧。
  13. ↑ 「【中日】ドラ3ルーキー土田龍空の登録抹消 入れ替わりで故障明けの三ツ俣大樹を登録」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2021年9月21日。2021年9月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年6月22日閲覧。
  14. 1 2 「【中日】三ツ俣大樹は大幅UP勝ち取る 500万増の1200万サイン「守備学びたい」今オフも広島の菊池涼と自主トレ」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2021年11月18日。2021年11月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年6月22日閲覧。
  15. ↑ 「【中日】沖縄入りを見合わせていた三ツ俣大樹が新型コロナ陽性、現時点では無症状」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2022年1月28日。2022年1月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年6月22日閲覧。
  16. ↑ 「【中日】試合途中”強制送還”の京田陽太に代わり三ツ俣大樹が試合前練習に合流 2軍で打率3割2分」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2022年5月5日。2022年5月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年6月22日閲覧。
  17. ↑ 「【中日】三ツ俣大樹が昇格即スタメンで二塁打!まずはバットで存在感示す」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2022年5月5日。2022年5月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年6月22日閲覧。
  18. ↑ 「2022年5月5日 【公式戦】 試合結果 (横浜DeNAvs中日)」『NPB.jp 日本野球機構』。2022年6月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年6月22日閲覧。
  19. ↑ 「“伏兵”中日・三ツ俣 執念決勝打でオリックス・山本に土つけた 大仕事に「今までやってきて良かった」」『スポニチアネックス』2022年5月29日。2022年11月10日閲覧。
  20. ↑ 「【中日】劇的サヨナラ打の三ツ俣、「追い込まれて頭が真っ白」立浪監督からは「腹くくっていけ」と助言」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2022年6月21日。2022年6月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年6月22日閲覧。
  21. ↑ 「【中日・立浪監督語録】采配ズバリ!サヨナラ打の三ツ俣「きょうはフリー良かった。左投手が来れば、と」」『スポニチ Sponichi Annex』株式会社スポーツニッポン新聞社、2022年6月21日。2022年6月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年6月22日閲覧。
  22. ↑ 「【中日】三ツ俣大樹がコロナ陽性判定、大西崇之コーチが濃厚接触者になりともに自主隔離」『日刊スポーツ』2022年8月23日。2022年11月10日閲覧。
  23. ↑ 「中日 桂と三ツ俣に戦力外通告 桂「今後は未定」三ツ俣「NPBでやりたい」」『スポニチアネックス』2022年10月22日。2022年11月10日閲覧。
  24. ↑ 「前中日の三ツ俣大樹は3打数1安打「緊張しました」と本音【トライアウト】」『中日スポーツ』2022年11月8日。2022年11月10日閲覧。
  25. ↑ 「選手獲得のお知らせ」『東京ヤクルトスワローズ』2022年11月10日。2022年11月16日閲覧。
  26. ↑ 「来季の契約について」『東京ヤクルトスワローズ』2024年9月30日。2024年11月9日閲覧。
  27. ↑ 「中日に欠かせない「もの言う兄貴分」 記者は三ツ俣大樹の早期復帰を願う」『BASEBALL KING』2021年8月19日。2023年4月14日閲覧。
  28. ↑ 「“殊勲の2人”試合前にはバント教室…右打ちの中日・三ツ俣が石川昂に左でバント指南「左で出来たら右は簡単」 | 東海テレビNEWS」『www.tokai-tv.com』。2023年4月14日閲覧。
  29. ↑ 「【ヤクルト】前中日の三ツ俣大樹を獲得へ…トライアウト攻守で光った 日本一奪還へ内野手を補強」『スポーツ報知』2022年11月10日。2023年4月14日閲覧。
  30. ↑ 「ヤクルト、前中日の三ツ俣大樹獲得へ 球団初のリーグ3連覇へ内野強化」『サンスポ』2022年11月10日。2023年4月14日閲覧。
  31. ↑ 「ヤクルト新加入3選手、秋季キャンプで初練習 三ツ俣大樹「感謝して優勝に貢献できるように」」『サンスポ』2022年11月12日。2023年4月14日閲覧。
  32. ↑ 「「プチ松坂」修徳・三ツ俣はエースで4番」『日刊スポーツ』2010年6月13日。2020年8月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年11月25日閲覧。
  33. ↑ 「中日・三ツ俣大樹 移籍8年目の盛り上げ役/わがチームのムードメーカー | 野球コラム」『週刊ベースボールONLINE』2021年5月11日。2022年2月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年2月8日閲覧。
  34. ↑ 「三ツ俣、結婚&第1子誕生 新しい家族のためにも必ず1軍」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2019年1月10日。2022年6月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年6月22日閲覧。
  35. ↑ 「2014年9月21日 【公式戦】 試合結果 (阪神vs中日)」『NPB.jp 日本野球機構』。2022年6月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年6月22日閲覧。
  36. ↑ 「【中日】三ツ俣が3戦ぶりマルチ安打 12年目でプロ初盗塁も」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』2022年5月31日。2022年5月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年6月22日閲覧。
  37. ↑ 「2022年5月31日 【公式戦】 試合結果 (中日vs東北楽天)」『NPB.jp 日本野球機構』。2022年6月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年6月22日閲覧。

関連項目

外部リンク