三幸秀稔

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三幸 秀稔
名前
愛称 ミユ、ヒデ
カタカナ ミユキ ヒデトシ
ラテン文字 MIYUKI Hidetoshi
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1993-05-23) 1993年5月23日(31歳)
出身地 千葉県市川市
身長 172cm
体重 64kg
選手情報
ポジション MF
利き足 右足
ユース
2006-2011 日本の旗 JFAアカデミー福島
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
2012-2013 日本の旗 ヴァンフォーレ甲府 6 (0)
2014 日本の旗 SC相模原 28 (1)
2016-2019 日本の旗 レノファ山口FC 140 (7)
2020-2021 日本の旗 湘南ベルマーレ 18 (0)
2022-2023 日本の旗 大宮アルディージャ 16 (0)
2024 大韓民国の旗 忠北清州FC 3 (0)
通算 211 (8)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

三幸 秀稔(みゆき ひでとし、1993年5月23日 - )は、千葉県市川市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー。

来歴

プロ入り前

日本サッカー協会が全国から能力の高い選手を選抜して、中高と恵まれた環境で育てる、エリート教育機関JFAアカデミー福島の1期生として入団。同期に幸野志有人、呉大陸、女子では田中陽子、和田奈央子などがいる。

ヴァンフォーレ甲府

アカデミー卒業後の2012年3月13日、Jリーグ・ヴァンフォーレ甲府に加入が決定[1]。2012年は新人ながら5試合に出場。デビュー戦のJ2第20節・カターレ富山戦ではDF津田琢磨のゴールをアシストした[2]。しかし同年9月13日、練習中に右膝前十字靭帯損傷で全治6ヶ月の大けがを負う[3]。その後リハビリを重ね、J1昇格を果たしたチームには翌2013年シーズン中盤に戦線復帰。リーグ戦1試合に出場し、天皇杯3回戦の湘南ベルマーレ戦では決勝ゴールをあげた。2013年12月4日、同年限りでの契約満了がチームより発表された[4]。

SC相模原

2014年よりJ3に加盟したSC相模原へ完全移籍[5]。28試合に出場したものの、ステップアップを模索し同年12月のJリーグ合同トライアウトに参加[6]。某チームへの練習参加の話があった矢先に左膝前十字靱帯損傷の大けがを負った[7] こともあり、結局移籍先が決まらないまま翌年1月にSC相模原との契約満了による退団が発表された[8]。

レノファ山口

膝の手術とリハビリ、JFAアカデミーや神奈川大学、古巣・相模原でのトレーニング[7]を重ねた1年間の浪人生活の後、翌年もJリーグ合同トライアウトに参加[9]。2016年2月にJFAアカデミー福島の2期下である小池龍太の所属するレノファ山口FCへの加入が発表された[10]。山口では初年度からレギュラーポジションを奪取、2018年シーズンから2年間はチームキャプテンを務めた[11]。

湘南ベルマーレ

2019年シーズン終了後、湘南ベルマーレへの完全移籍を発表した[12]。

大宮アルディージャ

2021年シーズン終了後、大宮アルディージャへの完全移籍を発表した[13]。

忠北清州FC

2023年12月29日、Kリーグ2の忠北清州FCへの完全移籍が発表された[14]。

2024年7月11日、自身のSNSを通じて、同年6月30日限りで現役を引退したことを公表した[15]。

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2012甲府29J250-1060
201331J110004151
2014相模原22J3281--281
2016山口29J2363-31394
2017211-10221
2018412-20432
2019421-10431
2020湘南J14010-50
20211404030210
2022大宮J290-10100
20231470-2090
通算日本J1 1905071311
日本J2 1617-1111729
日本J3 281--280
総通算 20885018223110

選抜歴

  • 2009年 JFAトレセン高校選抜 第15回NIKKEI杯沖縄高校招待サッカー出場

脚注

  1. ↑ 『三幸 秀稔選手(JFAアカデミー福島)新加入のお知らせ』(プレスリリース)ヴァンフォーレ甲府、2012年3月13日。2016年3月27日閲覧。
  2. ↑ “高崎2発にダヴィは今季16点目、甲府は今季最多4発で連勝”. ゲキサカ (講談社). (2012年6月17日)
  3. ↑ 『三幸秀稔選手の負傷について』(プレスリリース)ヴァンフォーレ甲府、2012年9月18日。2016年3月27日閲覧。
  4. ↑ 『契約満了選手のお知らせ』(プレスリリース)ヴァンフォーレ甲府、2013年12月4日。2016年3月27日閲覧。
  5. ↑ 『三幸秀稔選手 完全移籍加入のお知らせ』(プレスリリース)SC相模原、2014年1月31日。2016年3月27日閲覧。
  6. ↑ “Jリーグ合同トライアウト参加選手一覧”. 日刊スポーツ. (2014年12月3日) 2016年3月27日閲覧。
  7. 1 2 “【馬入日記:1月29日】これまでとこれから、決意の2020年。三幸秀捻選手インタビュー”. 湘南ベルマーレ公式サイト (2020年1月30日). 2020年2月1日閲覧。
  8. ↑ 『契約満了選手のお知らせ』(プレスリリース)SC相模原、2015年1月14日。2016年3月27日閲覧。
  9. ↑ 海江田哲朗 (2015年12月12日). “【Jリーグ】トライアウトで垣間見えた"ベテランの価値と矜持"”. サッカーダイジェストweb. 日本スポーツ企画出版社. 2016年3月27日閲覧。
  10. ↑ 『三幸秀稔選手 加入のお知らせ』(プレスリリース)レノファ山口FC、2016年2月21日。2016年3月27日閲覧。
  11. ↑ 『2018シーズンキャプテンについて』(プレスリリース)レノファ山口FC、2018年1月21日。2018年4月11日閲覧。
  12. ↑ “山口MF三幸秀稔が湘南へ!「山口に感謝しかない」「快く送り出して頂き感謝」「しもさん!行ってきます!」”. ゲキサカ (2019年12月17日). 2020年2月1日閲覧。
  13. ↑ 『三幸秀稔 選手 湘南ベルマーレより完全移籍』(プレスリリース)2021年12月27日。2021年12月27日閲覧。
  14. ↑ 『三幸秀稔 選手 忠北清州FCへ完全移籍のお知らせ』(プレスリリース)2023年12月29日。2023年12月29日閲覧。
  15. ↑ “サッカー・三幸秀稔が現役引退を発表 木下優樹菜との交際で話題も 23年に韓国・忠北清州FCに移籍”. デイリースポーツ (2024年7月11日). 2024年7月11日閲覧。

関連項目

外部リンク