三戸県(さんのへけん)は、1869年(明治2年)に盛岡藩領の一部であった陸中国北西部、陸奥国東部を管轄するために明治政府によって設置された県。現在の岩手県北西部、青森県東部、秋田県北東部を管轄した。本項では前身の北奥県(ほくおうけん)、九戸県(くのへけん)、第1次八戸県(はちのへけん)についても記す。
戊辰戦争で奥羽越列藩同盟を結成して盟主となった仙台藩の先兵として新政府軍に抗った盛岡藩は、表高20万石から明治政府が仙台藩から没収した白石城に13万石で減転封されるなどの制裁処分を受けた。その際、陸奥国二戸郡および北郡、三戸郡の一部、陸中国鹿角郡および九戸郡の一部は盛岡藩から分離され、明治政府の直轄の下野黒羽藩取締地となり、北奥県と称した。
その後、同地に九戸県が設置され、八戸県(第1次)、三戸県への移転・改称を経て、1869年(明治2年)11月28日、本県の一部地域に会津藩が移封されて斗南藩が立藩し、残部が江刺県に編入されたことにより廃止された。
「旧高旧領取調帳」の記述が江刺県、斗南藩への編入後のため詳細は不明。
本県廃止後、陸奥国二戸郡、北郡、三戸郡の一部が斗南藩、陸中国鹿角郡および二戸郡が江刺県となっている。
| 先代 盛岡藩の一部 (陸奥国二戸郡および北郡・三戸郡の一部、 陸中国鹿角郡および九戸郡の一部) |
行政区の変遷 1869年 (九戸県→八戸県→三戸県) |
次代 斗南藩(二戸・北・三戸郡) 江刺県(二戸・鹿角・九戸郡) |
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