いのうえ としゆき
井上 俊之
プロフィール
生年月日 (1961-07-20) 1961年7月20日(63歳)
出身地 日本の旗 日本・大阪府
出身校 大阪デザイナー学院(現・大阪デザイナー専門学校)
職業 アニメーター
キャラクターデザイナー
所属 スタジオジブリ
活動期間 1983年 -
ジャンル アニメーション
その他 日本アニメーター・演出協会(JAniCA)元理事(2014年から2016年までは代表理事)
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井上 俊之(いのうえ としゆき、1961年7月20日 - )は、日本のアニメーター、キャラクターデザイナー。スタジオジブリ所属[1]。大阪府出身。スタジオジュニオを経て、フリーのアニメーターとして主に劇場作品の原画、作画監督として活動[2]。日本アニメーター・演出協会(JAniCA)元理事(2014年から2016年までは代表理事)[3][4]。

人物

映画『AKIRA』の冒頭、鉄男のバイクシーン、映画『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の冒頭、草薙素子がビルからダイブするシーン、映画『魔女の宅急便』の序盤、キキがほうきに乗ってカモメたちと空を飛ぶシーン、後半、トンボがプロペラ付自転車を乗り出すシーン、映画『人狼 JIN-ROH』での群集の暴動シーン、映画『おおかみこどもの雨と雪』の雨、雪、母親の花が雪山で遊ぶシーンなど、その作品の顔となるカットを数多く手掛ける日本を代表する実力派アニメーター[注 1][5][6]。

原恵一監督からは「日本アニメ界の宝」「上手いだけじゃなくて早い」「この人がいないと日本のアニメは成り立たない」と言われ、押井守監督からは「演出家要らず」「パーフェクトなアニメーター」「井上俊之が5人いればアニメ映画はできちゃうんだよ」との評価を受ける[5][7][8]。

作画監督をあまり引き受けない理由について、自分には「こう描きたい」という欲求があまりないからと答えている[9]。キャラクターデザイナーや作画監督になるよりも、人間の動作を忠実に再現したリアルな芝居を描く事を目標に、1人の原画マンとして動きの表現を追究していきたいと考えている[5]。またアニメは色々な画を描かなくてはならないので、何かの色に染まってはいけないと考え、最初の頃はあまり顔は描かないようにしていて、その後も顔を描きたいという欲求はない[5]。また、後進に対する指導にも力を注いでいる[5]。

「カリスマ・アニメーター」[注 2]と呼ばれることについて、本人はやめて欲しいと語っている[9]。

経歴

高校生の頃に宮崎駿が監督したテレビアニメ『未来少年コナン』(1978年)を見たことがきっかけでアニメーターを目指すようになる[5]。ちょうど同じ頃に創刊されたアニメ雑誌「アニメージュ」で『コナン』を作っていたアニメーターたちの名前や彼らの参加した仕事を知り、急速に傾倒していく[5]。そして雑誌に載っていた名前と作品を見比べて追いかけるべき人を限定していった。そうして決まったアニメーターには大塚康生をはじめ、 宮崎駿、森やすじ、小松原一男、金田伊功、友永和秀がいた[5]。

高校卒業後、大塚、宮崎の在籍したテレコム・アニメーションフィルムの入社試験を受けるが不合格となり、大阪デザイナー学院(現・大阪デザイナー専門学校)へ入学[注 3]。その頃、なかむらたかしを知り、それまでに観た事のないアニメーションに衝撃を受ける[5]。

卒業後、アニメ制作会社スタジオジュニオへ入社[9]。1983年の『ストップ!! ひばりくん!』で原画デビュー。1984年の『Gu-Guガンモ』で頭角を現し、業界内の注目を集める[注 4]。1988年の映画『AKIRA』で初めて会社以外の仕事に参加する[9]。

2001年頃、Production I.Gで若手アニメーターを指導する「井上塾」を主宰。

2007年、『電脳コイル』で総作画監督を務めた[11]。

劇場アニメ『さよならの朝に約束の花をかざろう』や『地球外少年少女』でメインアニメーターを務める[12][13]。

2021年から宮崎駿の新作『君たちはどう生きるか』に原画担当として参加[14]。たくさんの扉がある通路から現実世界への扉が開き、出てきたインコと勝一が戦うシーンなどを担当している[15]。

2023年現在、スタジオジブリ所属[1]。2024年に『井上俊之の作画遊蕩』(対談集、KADOKAWA、電子書籍も)を出版。

参加作品

テレビアニメ

劇場アニメ

OVA

ゲーム

パイロットフィルム

脚注

注釈

  1. ↑ ピーエーワークスの公式サイトでは、原画の質、量、スピード、仕事に対する姿勢、全て揃った日本を代表するアニメーターとして紹介されている。
  2. ↑ アニメ制作会社Production I.Gの公式サイトで初めて使われ、アニメ専門サイトのWEBアニメスタイルで繰り返し使われたことから定着した。
  3. ↑ 同期には一緒にジュニオに入社した梶島正樹、佐藤豊、三宅和彦、ボーメのほか、平岡正幸、伊藤浩二、松本朋之、北崎正浩がいる。
  4. ↑ 同作のキャラクターデザインは表向き社長の香西隆男の名前がクレジットされているが、実際は井上と梶島正樹が行なっている[10]。
  5. ↑ フランス人のSavin Yeatman-Eiffel(サバン・イエットマン-エッフェル)監督の同名のプロジェクトのためのパイロットフィルム。

出典

  1. 1 2 “ご招待イベント<熱きコナンファンよ 集え!>参加者を募集します”. Museo d'Arte Ghibli. 株式会社スタジオジブリ. 2022年12月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年1月3日閲覧。
  2. ↑ “『シン・エヴァ劇場版』の高クオリティを実現した、庵野秀明の巧みな経営戦略 (2/7)”. 日本動画協会. (2021年3月12日) 2021年11月6日閲覧。
  3. ↑ “井上俊之×押山清高 「スーパーアニメーターたちが語る、アニメーターとして活躍していくための基礎技術」『アニメ制作者たちの方法―21世紀のアニメ表現入門』のための補足資料 第1回”. かみのたね. フィルムアート社 (2019年2月26日). 2021年11月6日閲覧。
  4. ↑ 『アニメーション・クリエイティブ・テクノロジー・フォーラム(ACTF)』レポート:日本アニメーター・演出協会(JAniCA)
  5. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 “animator interview 井上俊之(1)”. WEBアニメスタイル. 株式会社スタイル (2000年12月5日). 2021年11月6日閲覧。
  6. ↑ “神アニメーター・井上俊之が考える“本当にすごいアニメーター”とは?”. アニメ!アニメ!. 株式会社イード (2018年8月9日). 2021年11月6日閲覧。
  7. ↑ “原恵一監督が語る「百日紅〜Miss HOKUSAI〜」制作秘話”. JapanAnimeMedia (2015年6月7日). 2021年11月6日閲覧。
  8. ↑ 『アニメスタイル第2号』2000年、美術出版社、63p
  9. 1 2 3 4 “アニメランナー 第2回 井上俊之 業界トップアニメーターに聞く-アニメーターの養成について-”. P.A.Press. P.A.WORKS (2005年3月1日). 2021年11月6日閲覧。
  10. ↑ “animator interview 井上俊之(2)”. WEBアニメスタイル. 株式会社スタイル (2001年2月5日). 2021年11月6日閲覧。
  11. ↑ “アニメ「電脳コイル」アーカイブ本がコミケ先行販売、初出資料を含む368ページ”. コミックナタリー. 株式会社ナターシャ (2018年8月7日). 2021年11月6日閲覧。
  12. ↑ “「さよ朝」アニメーター・井上俊之の原画展、会場でしか見られない生原画など”. コミックナタリー. 株式会社ナターシャ (2018年5月31日). 2021年11月6日閲覧。
  13. ↑ “『電脳コイル』磯光雄監督による最新オリジナルアニメ『地球外少年少女』が前後編で劇場上映決定! 舞台は2045年の宇宙ホテル”. KADOKAWA. (2021年10月31日) 2021年11月6日閲覧。
  14. ↑ Matteo Watzky (2022年1月28日). “「電脳コイル」総作画監督 井上俊之インタビュー (日本語版)”. fullfrontal.moe. 2022年12月15日閲覧。
  15. ↑ 『SWITCH Vol.41 No.9 特集 ジブリをめぐる冒険』「本田雄 [報われた6年間]」スイッチ・パブリッシング、2023年8月、p.56。

参考文献

外部リンク

非営利団体
先代
山崎理
日本アニメーター・演出協会
代表理事

第3代:2014年 - 2016年
次代
入江泰浩
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