井植薫

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井植 薫(いうえ かおる、1911年2月9日 - 1988年8月13日)は、日本の経営者。兵庫県出身[1]。

経歴

姉婿である松下幸之助が設立した松下電器産業での常務取締役を経て[2]、1949年12月に兄である井植歳男が設立した三洋電機に入社[1]。1950年4月に取締役に就任し、常務、専務を経て、1968年11月に副社長に就任し、1971年1月には社長に昇格し、1986年2月までに務めた[1]。

1969年3月に藍綬褒章を受章し、1981年4月に勲二等旭日重光章を受章[1]。

1988年8月13日肺炎のために死去[3]。77歳没。

脚注

  1. 1 2 3 4 人事興信所 1985, い7頁.
  2. ↑ 北 2014, p. 232.
  3. ↑ 1988年 8月14日 日本経済新聞 朝刊 p27

参考文献

  • 人事興信所 編『人事興信録 第33版 上』人事興信所、1985年。 
  • 北康利『松下幸之助 経営の神様とよばれた男』PHP研究所、2014年5月。  ISBN 9784569761763
先代
井植祐郎
三洋電機社長
1971年 - 1986年
次代
井植敏