にわ れいこ
仁和 令子
本名 佐藤 知佐子
別名義
  • 小板 チサ子
  • 小坂 知子
  • 久永 智子
生年月日 (1958-01-17) 1958年1月17日
没年月日 (2018-07-05) 2018年7月5日(60歳没)
出生地 日本の旗 日本・大阪府吹田市
死没地 日本の旗 日本・ 東京都渋谷区
身長 156 cm[1]
職業 女優、歌手
ジャンル テレビドラマ、映画
配偶者 佐藤隆
主な作品
テレビドラマ

映画

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仁和 令子(にわ れいこ、1958年1月17日[2][3][4][5][6] - 2018年7月5日[7])は、日本の女優。本名、佐藤 知佐子[7](旧姓名、小坂 知佐子[3][4][6][8])。

大阪府[3][5]吹田市出身[4][9][10]。西郷エンタープライズに所属していた[3][8]。

人物

中学生時代は水泳の選手としても活躍[11]。東京パンチョスのバンドマスター・チャーリー石黒によってスカウトされ上京。堀越高等学校に入学[4][5]。

1974年、「小板 チサ子」の芸名で『仮面ライダーX』(毎日放送)でデビュー[4][5][9]。本来は「小坂」であったがクレジットでは「小板」と表記されていた[4]。

その後、「小坂 知子」に改名して活動の拠点を関西に移し、テレビドラマ『冬の陽』(読売テレビ)、『女の報酬』(毎日放送)などに出演[5][9]。この間、梅花高等学校に転入[5]。芸能界入りの条件として両親から「原則として自宅から仕事場に向かうこと」が提示されていたため、東京で収録されていた『冬の陽』出演当時は新幹線で通勤していた[9]。

1978年、『銭形平次』(フジテレビ)では小料理屋の娘・お京役でレギュラー出演[6][10]。主演の大川橋蔵が名付け親となり芸名を「久永 智子」とする[2]。

梅花女子大学に進学し[3][6]、在学中からラジオにDJとして出演する[11]など女優業と学業を両立させていたが、本格的に女優としてやっていこうと決めた1979年に大学を休学[11]。西郷エンタープライズ移籍を期に、「仁和 令子」に改め、女優業に専念[8]。1982年には『大岡越前 第6部』(TBS)にレギュラー出演[10]。その他の出演作にも時代劇が多く、『大岡越前』出演当時のプロフィールでは「時代劇向きの顔立ちである」と紹介されている[10]。

1984年には「TOKYOワルツ」で歌手としてもデビュー。後にシンガーソングライターの佐藤隆と結婚し、1986年に香港映画『皇家戦士』出演後に引退。1994年に花王ファミリースペシャル(フジテレビ)でオンエアされた「堀越学園同窓会」で久々にテレビに登場し、夫婦の仲むつまじい姿が紹介されていた。佐藤との間に一男あり[7]。

2017年には、かわいのどかと介護ソングユニット「まねきねこ」を結成し芸能活動を再開するが[12]、2018年5月14日に入院した際、ステージ4の末期がんであることが判明。夫の佐藤によればこの時点で体中にがんが転移し手の施しようのないという状態であったという。

同年7月5日1時53分、肝不全のため東京都渋谷区の病院で死去。60歳没。

特技は、水上スキー[1]、作詞[1]。趣味は、手芸[5]。水泳が得意で、中学時代は大阪府大会に出場したこともある[6][8][10]。高校時代はバドミントン部に所属していた[9]。

出演

テレビドラマ

映画

その他のテレビ番組

音楽

シングル
作詞:なかにし礼 作曲:宇崎竜童 編曲:萩田光雄[13]

脚注

[脚注の使い方]

注釈

  1. ↑ 小板サチ子名義。
  2. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 小坂知子名義。
  3. ↑ 声は江川菜子が担当。
  4. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 久永智子名義。

出典

  1. 1 2 3 『日本タレント名鑑'86』VIPタイムズ社、1986年、400頁。
  2. 1 2 『ファンタスティックコレクションNo.9 仮面ライダー 総集版』朝日ソノラマ、1978年、23頁。
  3. 1 2 3 4 5 『日本タレント名鑑'82』VIPタイムズ社、1981年、341頁。
  4. 1 2 3 4 5 6 OFM仮面ライダー4 2004, p. 26, 「特集 ライダーガールズグラフィティー 美しきヒロインたちの肖像」
  5. 1 2 3 4 5 6 7 『福島民報』1976年5月19日付朝刊、11面。
  6. 1 2 3 4 5 6 7 『福島民報』1978年6月3日付朝刊、9面。
  7. 1 2 3 “女優・仁和令子さん肝不全で死去 5月に末期がん宣告…「大岡越前」などで活躍”. デイリースポーツ. 2018年8月25日閲覧。
  8. 1 2 3 4 『福島民報』1979年9月4日付朝刊、9面。
  9. 1 2 3 4 5 『福島民友』1975年11月20日付朝刊、8面。
  10. 1 2 3 4 5 『福島民報』1982年3月22日付朝刊、12面。
  11. 1 2 3 河北新報 1981年10月12日夕刊 10面「登場」コーナー
  12. ↑ “女優・かわいのどかと仁和令子による介護ソングユニット“まねきねこ”結成”. music.jp. 2018年8月18日閲覧。
  13. ↑ 2018年9月22日、J-wid検索にて確認

参考文献

外部リンク

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