今熊野観音寺

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今熊野観音寺
本堂
所在地 京都府京都市東山区泉涌寺山内町32
位置 北緯34度58分46.94秒 東経135度46分51.03秒 / 北緯34.9797056度 東経135.7808417度 / 34.9797056; 135.7808417座標: 北緯34度58分46.94秒 東経135度46分51.03秒 / 北緯34.9797056度 東経135.7808417度 / 34.9797056; 135.7808417
山号 新那智山
宗派 真言宗泉涌寺派
寺格 泉涌寺塔頭
本尊 十一面観音(秘仏)
創建年 伝・大同2年(807年)
開山 伝・弘法大師
正式名 新那智山 観音寺
別称 今熊野観音寺、今熊野
札所等 西国三十三所第15番
洛陽三十三所観音霊場第19番
ぼけ封じ近畿十楽観音霊場第1番
泉山七福神巡り第3番(恵比寿)
通称寺の会(今熊野)
神仏霊場巡拝の道第124番(京都第42番)
公式サイト 今熊野観音寺
法人番号 6130005002221 ウィキデータを編集
今熊野観音寺の位置(京都市内)
今熊野観音寺
今熊野観音寺
今熊野観音寺 (京都市)
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多宝塔「医聖堂」

今熊野観音寺(いまくまのかんのんじ)は、京都市東山区泉涌寺山内町にある真言宗泉涌寺派の寺院。総本山泉涌寺の塔頭。山号は新那智山。本尊は十一面観音。西国三十三所第15番札所。洛陽三十三所観音霊場第19番札所。正式な寺号は観音寺(かんのんじ)であるが、「今熊野」の通称で知られる。

本尊真言:おん まかきゃろにきゃ そわか

ご詠歌:昔より立つとも知らぬ今熊野 仏の誓いあらたなりけり

歴史

空海が唐で真言密教を学んで帰国した翌年にあたる大同2年(807年)、東山から光が出ているのを見つけた空海は不思議に思って当地にやってきた。そこで、老人の姿をした熊野権現が現れた[1]。熊野権現は空海に天照大神作の1寸8分の十一面観音菩薩像を手渡して[2]この地に一宇を建ててこの観音菩薩を祀り、衆生を救済するようにといった[1]。そこで空海は自ら1尺8寸の十一面観音菩薩像を刻み、授かった1寸8分の像をその体内仏として中に納め、熊野権現のいうようにこの地に一宇を建てて奉安した。これが当寺の始まりであるとされる[1]。

弘仁3年(812年)には嵯峨天皇から支援を受けた空海によって諸堂が造営され、天長年間(824年 - 833年)に完成したとされる[1]。天皇の勅願であったという[3]。さらに左大臣藤原緒嗣の発願によって広大な寺域に伽藍の造営が図られると、緒嗣亡き後もその子藤原春津によって緒嗣の菩提を弔うための事業として続けられ、斉衡2年(855年)に法輪寺として完成を見た[1]。また、清少納言の父であり、平安時代中期の歌人である清原元輔の邸宅は当寺の境内地の近くにあったという[1]。

平安時代後期になると、紀伊国熊野の熊野三山に対してこの地を今熊野と称し、白河法皇の時代には今熊野修験の中心地として栄え、寺名も東山観音寺と呼ばれるようになる[1]。

後白河上皇は熱心な熊野三山の信者であったが、紀伊国熊野の地は遠く、気軽には参詣できないために今熊野と呼ばれていた当地一帯に目を付け、永暦元年(1160年)に当地に新たに熊野権現を勧請し、当山の本尊をその本地仏として定めたうえで「新那智山」の山号を授けて東山観音寺を観音寺に改め、山麓に新熊野神社を造営している[1]。後白河上皇は持病である頭痛を当山の観音菩薩によって治してもらった。この出来事以来、一般の人々からも頭痛封じの観音様として尊崇されるようになった[1]。

鳥辺野の南西の地(鳥戸野)は、古くからの貴族の葬地であったが、当寺がその葬地をつかさどっていた。そのため貴族の葬儀や法要の多くを観音寺は行っている。後堀河天皇の観音寺陵は、当寺の東南に隣接している[1]。

南北朝時代の騒乱や応仁の乱などで当寺は炎上し、境内は荒廃したがその都度復興し、天正8年(1580年)には本格的に復興がなされている。その際、もともと奥の院の順礼堂が建っていた場所に本堂が建てられるようになった[1]。

現在の本堂は正徳2年(1712年)に宗恕祖元によって再建されたものである[1]。

境内

前後の札所

西国三十三所
番外 元慶寺 - 15 今熊野観音寺 - 16 清水寺
洛陽三十三所観音霊場
18 泉涌寺塔頭善能寺 - 19 今熊野観音寺 - 20 泉涌寺
ぼけ封じ近畿十楽観音霊場
1 今熊野観音寺 - 2 大報恩寺
泉山七福神巡り
番外 泉涌寺塔頭新善光寺 - 3 今熊野観音寺 - 4 泉涌寺塔頭来迎院
通称寺の会(今熊野)
神仏霊場巡拝の道
123 泉涌寺 - 124 今熊野観音寺 - 125 伏見稲荷大社

所在地

  • 京都府京都市東山区泉涌寺山内町32

アクセス

周辺

脚注

  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 由緒沿革.今熊野観音寺、2025年12月14日閲覧。
  2. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 境内伽藍.今熊野観音寺、2025年12月14日閲覧。
  3. ↑ 今熊野観音寺.洛陽三十三所観音霊場巡礼、2026年4月16日閲覧。

関連項目

外部リンク