冨樫剛一

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冨樫 剛一
名前
カタカナ トガシ コウイチ
ラテン文字 TOGASHI Koichi
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1971-07-15) 1971年7月15日(53歳)
出身地 神奈川県
身長 183cm[1]
体重 77kg[1]
選手情報
ポジション DF
ユース
1987-1989 日本の旗 読売クラブ
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
1990-1994 日本の旗 読売/ヴェルディ川崎 2 (0)
1991-1992 →日本の旗 読売ジュニオール 14 (0)
1995 日本の旗 横浜フリューゲルス 1 (0)
1996-1997 日本の旗 コンサドーレ札幌 27 (1)
通算 44 (1)
監督歴
2009 日本の旗 東京ヴェルディユース
2012-2014 日本の旗 東京ヴェルディユース
2014-2016 日本の旗 東京ヴェルディ
2022-2023  日本 U-20
2024- 日本の旗 横浜F・マリノスユース
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

冨樫 剛一(とがし こういち、1971年7月15日 - )は神奈川県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはDF。JSL時代の姓は「富樫」で登録されていた。

来歴

読売サッカークラブのユースで育ち、読売クラブ/ヴェルディ川崎、横浜フリューゲルスを経て、1997年に当時ジャパンフットボールリーグ(JFL)所属のコンサドーレ札幌で引退[2]。

1998年にヴェルディのスクールコーチとして指導者としてのキャリアをスタートさせる[2]。トップチームのマネージャーを経て、2002年にはコンサドーレ札幌の新監督に就任した柱谷哲二のもとでコーチを務めた[2]。2003年に東京Vに復帰してからはアカデミーの指導やスカウト[2]を歴任、2010年から2011年まで川勝良一が監督を務めるトップチームのコーチを務めた[2]。

2014年、JFA S級コーチライセンスを取得、2014年9月、東京Vのトップチーム監督に就任。

2017年、強化部ダイレクターに就任[3]。

2019年から年代別日本代表のコーチを務めている[4]。

AFC U20アジアカップ2023ではアジア王者こそ逃すもベスト4に入り、日本を2023 FIFA U-20ワールドカップ出場に導いた。本大会では初戦のセネガル戦こそ前半のリードを守り抜き勝利するが、2戦目のコロンビア戦は前半30分に先制するも後半に2点を奪われて逆転負け。3戦目のイスラエル戦でも負け以外で3大会連続の決勝トーナメント進出が決定する試合だったが、前半46分に先制したにもかかわらず後半に2点を奪われて逆転負けを喫し、2試合連続の逆転負けを喫した。翌日に行われたウルグアイ対チュニジア戦でウルグアイが1-0で勝利したことで勝ち点でチュニジアと並んだものの得失点差でチュニジアに逆転され各組3位チームの成績5位以下が確定。2001年大会以来のグループステージ敗退が決まった[5]。大会終了後、成績不振の責任を取る形で監督を退任した[6]。

2023年12月、横浜F・マリノスユース監督就任を発表[7]。

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本リーグ戦JSL杯/ナビスコ杯天皇杯期間通算
1990-91読売19JSL1部00000000
1991-922700000000
読売JrJSL2部140-
1992V川崎-J-000000
199320400060
199400000000
1995横浜F10-0010
1996札幌3旧JFL140-10150
1997121318000211
通算日本J 30400070
日本JSL1部 00000000
日本JSL2部 140-
日本旧JFL 2718010361
総通算 301120

その他の公式戦

指導歴

監督成績

年度クラブ所属リーグ戦カップ戦
順位試合勝点勝分敗ナビスコ杯天皇杯
2014東京VJ220位1115362--
20158位4258161016-2回戦敗退
201618位4243101319-3回戦敗退
J2通算 -95-292937--
  • 2014年の順位は最終順位。

脚注

  1. 1 2 『Jリーグオフィシャルガイド1995・NICOSシリーズ』p92
  2. 1 2 3 4 5 海江田哲朗 (2015年8月25日). “J2で特異な存在、東京ヴェルディの挑戦 躍進の理由はチームバランスの妙”. スポーツナビ. 2017年11月29日閲覧。
  3. 1 2 3 4 5 6 7 『冨樫 剛一強化部ダイレクター就任のお知らせ』(プレスリリース)東京ヴェルディ、2017年2月16日。2017年11月29日閲覧。
  4. ↑ “U-22兼U-20日本代表 コーチ 冨樫 剛一”. 日本サッカー協会. 2021年10月28日閲覧。
  5. ↑ “【U20W杯】日本に奇跡は起こらず…2001年大会以来のグループステージ敗退が決定”. サッカーマガジン (2023年5月29日). 2023年10月26日閲覧。
  6. ↑ “U-20日本代表 グループステージ敗退を受け、現地で解団式 ~FIFA U-20ワールドカップアルゼンチン2023”. 日本サッカー協会 (2023年5月30日). 2023年10月26日閲覧。
  7. ↑ “冨樫 剛一氏 横浜F・マリノスユース監督就任のお知らせ”. 横浜F・マリノス公式サイト (2023年12月25日). 2023年12月25日閲覧。
  8. ↑ 『コンサドーレ札幌 アシスタントコーチ 冨樫剛一氏、フィジカルコーチ 石栗建氏 就任のお知らせ』(プレスリリース)コンサドーレ札幌、2002年1月11日。オリジナルの2004年2月17日時点におけるアーカイブ。2017年11月29日閲覧。
  9. ↑ 『コンサドーレ札幌トップチームスタッフ 所属変更のお知らせ』(プレスリリース)コンサドーレ札幌、2002年6月25日。オリジナルの2004年2月17日時点におけるアーカイブ。2017年11月29日閲覧。
  10. ↑ 『冨樫剛一監督就任のお知らせ』(プレスリリース)東京ヴェルディ、2014年9月15日。
  11. ↑ 『冨樫 剛一監督 退任のお知らせ』(プレスリリース)東京ヴェルディ、2016年11月18日。

参考文献

  • 『1990-1991JSLイヤーブック』日本サッカーリーグ編、南雲堂、1990 ISBN 4-523-31032-7
  • 『1991-1992JSLイヤーブック』日本サッカーリーグ編、南雲堂、1991 ISBN 4-523-31033-5
  • 『日本サッカーリーグ全史』日本サッカーリーグ、1993
  • 『Jリーグオフィシャルガイド1992-1993』、小学館、1992 ISBN 4-09-102301-0
  • 『Jリーグオフィシャルガイド1993・サントリーシリーズ』、小学館、1993 ISBN 4-09-102303-7
  • 『Jリーグオフィシャルガイド1993・ニコスシリーズ ヤマザキナビスコカップ』、小学館、1993 ISBN 4-09-102305-3
  • 『Jリーグオフィシャルガイド1994・サントリーシリーズ』、小学館、1994 ISBN 4-09-102310-X
  • 『Jリーグオフィシャルガイド1994・ニコスシリーズ』、小学館、1994 ISBN 4-09-102314-2
  • 『Jリーグオフィシャルガイド1995・サントリーシリーズ』、小学館、1995 ISBN 4-09-102318-5
  • 『Jリーグオフィシャルガイド1995・NICOSシリーズ』、小学館、1995 ISBN 4-09-102321-5
  • 『Jリーグオフィシャルガイド1996』、小学館、1996 ISBN 4-09-102324-X
  • 『Jリーグオフィシャルレコード&データ1994』、小学館、1994 ISBN 4-09-102309-6
  • 『Jリーグオフィシャルレコード&データ1995』、小学館、1995 ISBN 4-09-102317-7
  • 『Jリーグオフィシャルレコード&データ1996』、小学館、1996 ISBN 4-09-102323-1
  • 『J.LEAGUE YEARBOOK 1999』、トランスアート、1999 ISBN 4-88752-099-9
  • 『J.LEAGUE OFFICIAL FANS' GUIDE 2002』、NTT出版、2002 ISBN 4-7571-8116-7
  • 『J.LEAGUE OFFICIAL FANS' GUIDE 2010』、コナミデジタルエンタテインメント、2010 ISBN 978-4-86155-852-8

関連項目

外部リンク