解説
- タイトルにある「リヴィエラ」はイタリア語で「海岸」を意味する。フォークソング風の「襟裳岬」に引き続き、ポップス風の作品である。
- レコーディングの際にはビクターの担当であった川原伸司や松本らに加え、ライバル会社であるCBS・ソニーの若松宗雄もスタジオに呼ばれて立ち会っていた。
- 作曲者の大瀧詠一は「歌詞の通りに曲を付けた」「森進一でジャズを、と依頼されたがジャズの素養がないから断念した」と語った[3]。朝日新聞の記事では、"曲はニューミュージック界の俊英、大瀧詠一"と書かれている[4]。森進一は「どんな歌だろうが、うたってしまえば自分のもの」と発言した[4]。
- 1974年の「北航路」以来9年ぶりのオリコントップ10入りを果たした。TBS「ザ・ベストテン」でも1979年の「新宿・みなと町」以来4年ぶりのランクインとなり、7週連続10位以内にランクインした。森のシングルでは2024年時点でオリコントップ10入りを果たした最後の曲となっている[1]。「ザ・ベストテン」10位内ランクインも、本曲が最後であった[2]。
- 作詞者の松本隆は1983年の「第16回日本作詩大賞」で初のグランプリを獲得した。
- 1983年の第34回と、29年後の2012年の第63回の合計2回披露した。
- 2013年に大瀧が65歳で急死した際に、森は「冬のリヴィエラは、いまも私にとって大きな宝物のような一曲。大瀧さんの元に届きますよう、心を込めて歌わせていただきます」とコメントした[5]。
脚注
出典
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| シングル |
| 1960年代 | |
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| 1970年代 | |
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| 1980年代 |
酒場舟 - 涙きらり - 恋月夜 - 夢という名の女 - 東京みなと - 命あたえて - それは恋 - 哀愁航路 - 男の真情 - 冬のリヴィエラ - 紐育物語(ニューヨーク・ストーリー) - モロッコ - 冬桜 - 待たせたね - 人を恋うる唄 - 北の螢 - 昭和流れうた - 女もよう - サマータイム - わが故郷は心のふるさと/止まり木のブルース - ゆうすげの恋 - 十六夜舟(いざよいぶね) - 男ばなし - 悲しいけれど - 挽歌の街から - 京都去りがたし -冬の桑港(シスコ) - 指輪 - うさぎ - 夢をつづけて
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| 1990年代 |
移り香 - 風のエレジー - 酒無情 - 泣かせ雨 - 愛しい人よ - 悲しい歌が流行ります - 劇場の前 - わるいひと - 夢をかざって - ふたり坂 - うそつき - 土俵の鬼 - 泣きむし東京 - ひとすじの白い道 - 女恋港 - 悲しみの器 - 薄雪草 - 夜の無言(しじま) - 北のふるさと - ライラ ライ - 女心 - 女の愛 - 昭和最後の秋のこと - 語りかけ - 裏切り
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| 2000年以降 | |
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| アルバム(一部) | |
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| その他の楽曲 | |
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| 所属事務所・レコード会社 | |
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| 関連人物 | |
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カテゴリ |
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KING(1971年 (1971)-1972年 (1972)) |
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Bellwood / KING (1972年 (1972)-1973年 (1973)) |
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| シングル |
- 空飛ぶくじら (1972年6月25日 (1972-06-25))
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| スタジオ・アルバム |
- 大瀧詠一 (1972年11月25日 (1972-11-25))
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NIAGARA ⁄ COLUMBIA(1976年 (1976)-1980年 (1980)) |
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NIAGARA / CBS/SONY(1981年 (1981)-1991年 (1991)) |
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| シングル | |
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| スタジオ・アルバム | |
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その他 (CM集・ インストゥルメンタル・ 編集盤等) | |
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| ボックス・セット | |
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その他(プロデュース作品・提供曲・作品集・編集盤等) |
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カテゴリ |