冷泉為孝

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冷泉 為孝
時代 戦国時代
生誕 文明7年(1475年)
死没 天文12年2月18日 (1543年4月2日)
改名 為孝→宗円(法名)
官位 正二位、権中納言
主君 後土御門天皇→後柏原天皇→後奈良天皇
氏族 下冷泉家
父母 父:冷泉政為、母:中山親通の娘
子 為豊
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冷泉 為孝(れいぜい ためたか)は、室町時代中期の公卿。権大納言・冷泉政為の子。官位は正二位・権中納言。下冷泉家3代。法名は宗円。

応仁の乱の戦乱を避けるため、たびたび所領のある播磨国に下向した[1]。

官歴

『公卿補任』による

系譜

脚注

  1. 1 2 3 4 『公卿補任』

出典

  • 坂本武雄『公卿辞典』七丈書院、1944年。 
  • 黒板勝美『公卿補任』吉川弘文館、2000年。