刀祢館正也
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| 刀祢館 正也 とねだち まさや | |
|---|---|
| 生年月日 | 1928年11月6日 |
| 出生地 |
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| 没年月日 | 1978年1月8日(49歳没) |
| 死没地 |
(大阪大学医学部附属病院) |
| 出身校 | 京都大学法学部卒業 |
| 前職 | 中学校教諭 |
| 所属政党 | 新自由クラブ |
| 称号 |
従五位 勲四等瑞宝章 |
| 選挙区 | 旧兵庫2区 |
| 当選回数 | 1回 |
| 在任期間 | 1976年12月5日 - 1978年1月8日 |
| 当選回数 | 2回 |
| 在任期間 | 1955年 - 1961年 |
刀祢館 正也(とねだち まさや、1928年11月6日[1] - 1978年1月8日)は、日本の政治家である。衆議院議員(1期)。従五位勲四等。父は元朝日新聞社取締役。
経歴
伝記の記載を年譜形式のみとすることは推奨されていません。 |
- 1928年 - 東京府(現:東京都)に生まれる。
- 1945年 - 兵庫県立第一神戸中学校卒業。
- 陸軍士官学校入学。その後、終戦となり浪速高等学校へ入学。
- 1952年 - 京都大学法学部卒業。西宮市立大社中学校教諭を務める[2]。
- 1955年 - 西宮市議会議員。以後2期務める。
- 1961年 - 西宮市教育長就任。在任中に「ランドセル廃止」を推進したことで知られる。
- 1975年 - 西宮市長選挙に無所属で立候補し次点。
- 1976年 - 第34回衆議院議員総選挙兵庫2区に初当選した。(新自由クラブ)
- 1978年1月8日 - 大阪大学医学部附属病院に入院中、腸閉塞に腹膜炎を併発し[2]、衆議院議員在職中に死去した。49歳没。死に際し角膜はアイバンクに献眼された。同月13日、特旨を以て位記を追賜され、死没日付をもって従五位勲四等に叙され、瑞宝章を追贈された[3]。追悼演説は同年2月9日、衆議院本会議で土井たか子(同じ選挙区選出)により行われた[4]。
参考文献
- 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』(衆議院、1990年11月)