| 初台 | |
|---|---|
| 町丁 | |
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初台商盛会ショッピングロード(2010年10月) | |
北緯35度40分44秒 東経139度41分04秒 / 北緯35.678947度 東経139.684392度 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 特別区 |
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| 地域 | 代々幡地域 |
| 地区 | 代々木地区 |
| 人口情報(2023年(令和5年)1月1日現在[1]) | |
| 人口 | 8,709 人 |
| 世帯数 | 5,101 世帯 |
| 面積([2]) | |
| 0.352396286 km² | |
| 人口密度 | 24713.65 人/km² |
| 郵便番号 | 151-0061[3] |
| 市外局番 | 03(東京MA)[4] |
| ナンバープレート | 品川 |
現行行政区画名は初台一丁目および初台二丁目[* 1][* 2]。住居表示実施済み区域である。
初台は代々幡地域の代々木地区に属する。これはかつて初台が代々木村の一部であったことに由来し、代々木村が幡ヶ谷村と合併し代々幡村となった後は村役場や代々幡警察署、代々幡郵便局が当地に置かれるなど、代々幡地域の中心として位置づけられていた。渋谷区になった後も「代々木初台町」として代々木地区の一角を占めていたが、1961年の町名地番整理によって初台一丁目・初台二丁目に地名を変えて現在に至る。
北部の甲州街道周辺は、隣接する西新宿と一体の中心業務地区となっており高層ビルが立ち並ぶ。しかし、北部を除けば大半が閑静な住宅街であり、初台駅前には商店街が存在する。新宿が徒歩圏内であり、複数の鉄道路線(京王線・小田急小田原線・東京メトロ千代田線)が利用できる好立地であること、近隣に代々木公園や玉川上水緑道など自然が多いことから人気の住宅街となっており、マンションや一戸建てが多い。
初台駅北側にある東京オペラシティや新国立劇場は初台界隈のランドマークであるが、東京オペラシティは新宿区西新宿に、新国立劇場は渋谷区本町にあり当地には所在しない。初台駅周辺は再開発が計画されており、今後景観が変わることが予想される。
町域北端の一部は新宿区(西新宿)との区境に当たる。町域の北部は甲州街道を境に渋谷区本町に、東部は山手通りを境に渋谷区代々木に接している。町域の西から南西にかけては渋谷区西原に接し、南端は渋谷区元代々木町に接する。
全域が武蔵野台地上にあるが、南西側(西原側)及び南東側(代々木側)は浅い谷になっている。これは宇田川の支流(初台川および河骨川)が流れていたものであるが、現在では川は暗渠化されている。
住宅地の地価は、2024年(令和6年)1月1日の公示地価によれば、初台2-8-6の地点で105万円/m2となっている[5]。

2023年(令和5年)1月1日現在(東京都発表)の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
| 丁目 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 初台一丁目 | 2,848世帯 | 4,638人 |
| 初台二丁目 | 2,253世帯 | 4,071人 |
| 計 | 5,101世帯 | 8,709人 |
国勢調査による人口の推移。
| 年 | 人口 |
|---|---|
| 1995年(平成7年)[7] | 5,817 |
| 2000年(平成12年)[8] | 6,145 |
| 2005年(平成17年)[9] | 7,104 |
| 2010年(平成22年)[10] | 7,863 |
| 2015年(平成27年)[11] | 8,290 |
| 2020年(令和2年)[12] | 9,036 |
国勢調査による世帯数の推移。
| 年 | 世帯数 |
|---|---|
| 1995年(平成7年)[7] | 3,115 |
| 2000年(平成12年)[8] | 3,391 |
| 2005年(平成17年)[9] | 4,038 |
| 2010年(平成22年)[10] | 4,685 |
| 2015年(平成27年)[11] | 4,908 |
| 2020年(令和2年)[12] | 5,265 |
区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる(2023年3月時点)[13]。
| 丁目 | 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|---|
| 初台一丁目 | 全域 | 渋谷区立幡代小学校 | 渋谷区立代々木中学校 |
| 初台二丁目 | 全域 |
前述の通り初台は代々木地区に属するため、詳細な歴史は代々木の歴史を参照されたい。
ここでは、地名の由来及び初台に関する事項をまとめた年表のみ記す。
室町時代後期の太田道灌が、武蔵国豊島郡の代々木村(cf. 藩政村としての代々木村〈武州御料他 代々木村〉および近代行政村としての代々木村〈東京府南豊島郡代々木村〉の前身に当たる自然村・代々木村)に築いた8か所の砦のうち、一の砦(狼煙台)のあった場所が「初台」と呼ばれるようになったとの説がある[14]。また、安土桃山時代の末、土井利勝の弟・土井昌勝の妻で徳川秀忠の乳母でもある初台局(はつだいのつぼね)が天正19年(1591年)に下賜された代々木村内の200石の所領にゆかりがあるとの説もある[15][14]。天正18年(1590年)徳川家康が江戸城に入ってからも、この辺は江戸の郊外の農村であったとされる。
明治時代、玉川上水のうち、初台を貫流する水域・水路が暗渠化される。これも時期は未確認ながら、暗渠化後の跡地は「初台緑道」として再整備され、現在に到る。
かつては初台駅の西側に幡代駅と幡代小学校前駅が存在したが、いずれも終戦前までに廃止されている。
2021年(令和3年)現在の経済センサス調査による事業所数と従業員数は以下の通りである[16]。
| 丁目 | 事業所数 | 従業員数 |
|---|---|---|
| 初台一丁目 | 399事業所 | 7,311人 |
| 初台二丁目 | 91事業所 | 1,144人 |
| 計 | 490事業所 | 8,455人 |
経済センサスによる事業所数の推移。
| 年 | 事業者数 |
|---|---|
| 2016年(平成28年)[17] | 460 |
| 2021年(令和3年)[16] | 490 |
経済センサスによる従業員数の推移。
| 年 | 従業員数 |
|---|---|
| 2016年(平成28年)[17] | 6,732 |
| 2021年(令和3年)[16] | 8,455 |
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