初沢城

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初沢城
(東京都)
初沢城遠景
初沢城遠景
別名 椚田城、高乗寺城
城郭構造 連郭式山城
天守構造 なし
築城主 椚田氏か
築城年 鎌倉時代初期か
主な改修者 長井氏、山内上杉氏
主な城主 椚田氏、長井氏、三田氏宗、北条氏
廃城年 天正18年(1590年)
遺構 土塁、堀
指定文化財 東京都指定史跡
位置 北緯35度38分8.37秒 東経139度16分44.04秒 / 北緯35.6356583度 東経139.2789000度 / 35.6356583; 139.2789000
地図
初沢城の位置(多摩地域内)
初沢城
初沢城
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初沢城(はつざわじょう)は、東京都八王子市初沢町にあった中世の日本の城(山城)。別名椚田城(くぬぎだじょう)・高乗寺城(こうじょうじじょう)という。東京都指定史跡[1]。

歴史・沿革

鎌倉時代に片倉城に在城していた高乗寺開祖の長井氏によって築城されたとも伝わるが、諸説ある。『新編武蔵風土記稿』によれば、鎌倉幕府初期の御家人で武蔵七党の横山党の一族・椚田氏の居城と推測されている[2]。

長井氏は鎌倉幕府初期の重臣・大江広元を祖先に持ち、横山党が1213年(建暦3年)和田合戦で滅亡すると、同地は大江氏に与えられた。長井氏は扇谷上杉氏の傘下となる。1504年(永正元年)、扇谷上杉軍が山内上杉軍を破った立河原の戦いの際、落城した扇谷上杉方の椚田塁に比定される。後北条時代、八王子城の出城の一つとされ、1590年(天正18年)の豊臣秀吉による八王子城攻めで、落城とともに初沢城も落城、廃城となった。

現在はハイキングコースとして整備され、東京都の指定史跡である。

考古資料

遺構

標高294メートル(比高100メートル)の初沢山の尾根上に、曲輪、堀切、土橋などの遺構が残る。

観光

アクセス

脚注

参考文献

  • 「上椚田村 高乗寺 城墟」『新編武蔵風土記稿』 巻ノ102下多磨郡ノ14下、内務省地理局、1884年6月。NDLJP:763990/110。 

関連項目