前田忠明

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まえだ ただあき

前田 忠明
生誕 (1941-05-15) 1941年5月15日
日本の旗 日本・北海道空知郡岩見沢町
(現・岩見沢市)
死没 (2022-09-28) 2022年9月28日(81歳没)
日本の旗 日本・東京都
出身校 明治大学文学部演劇学科
職業 芸能リポーター
(光文社・女性自身→フジテレビ専属契約)
活動期間 1970年 - 2020年
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前田 忠明(まえだ ただあき、1941年5月15日[1] - 2022年9月28日)は、日本の芸能リポーター。 愛称は前忠(まえちゅう)・本名の「ただあき」を音読みした「ちゅうめい」。従って「ちゅうめい」は愛称であり、本名は「ただあき」と読む。

北海道空知郡岩見沢町(現・岩見沢市)出身。1980年4月から2020年3月まで長きに渡りフジテレビと専属契約を結び、「フジテレビ芸能デスク」の肩書きで活動してきた。

経歴

北海道空知郡岩見沢町(現岩見沢市)生まれ。北海道岩見沢東高等学校、明治大学文学部演劇学科卒業[1]。1970年、『女性自身』(光文社)の記者となり、主に芸能記事を担当。1980年、芸能リポーターとしてテレビに転身し、フジテレビと専属契約を結んだ。2020年3月にフジテレビとの専属契約は解除された。2022年9月28日午後2時20分頃に自宅で転倒、都内の病院に救急搬送されたが、同日午後4時半頃くも膜下出血のため死去。81歳没。約3か月後の同年12月19日に明らかになった[2]。

人物

  • 同業者だった梨元勝とは取材方法や芸能ニュースへのスタンスの違いから、“天敵”、“犬猿の仲”と言われたが、前田自身は否定している。前田は梨元が死去した際、かつて梨元から「仲が悪いようにしていた方が面白いんじゃない」と提案された、と述べていた[3]。
  • 『小川宏ショー』(フジテレビ)以来、フジテレビ専属契約として、同局のワイドショーに出演。フジテレビ系列局(関西テレビ、テレビ西日本など)にも出演した。
  • 趣味は釣り。それゆえか、「これまでにない釣り番組を作りたい」という願望があった(フジテレビ公式サイトでのキャスタープロフィールより)。
  • 2008年9月25日放送の『とくダネ!』(フジテレビ)の終盤に、一時的な休養(約3週間)を宣言した。理由として大動脈瘤のバイパス手術の為と本人から説明があった[4]

出演番組

報道・情報番組

期間番組名役職
1980年4月1982年3月31日 小川宏ショー(フジテレビ)リポーター
1982年4月1日1999年3月31日 おはよう!ナイスデイ→ナイスデイ(フジテレビ)芸能デスク担当
1988年4月4日1993年9月30日 TIME3 タイム・スリー(フジテレビ)芸能解説担当
1993年10月1日1994年9月30日 タイムアングル(フジテレビ)
1995年10月2日1999年3月31日 ビッグトゥディ(フジテレビ)
1997年10月5日降板時期不明 スーパーナイト(フジテレビ・関西テレビ)番組コーナー『ワイドショー一番出し』担当
1999年4月1日2018年3月30日 情報プレゼンター とくダネ!(フジテレビ)[5]芸能デスク担当
2000年3月31日 2時のホント(フジテレビ)芸能解説担当
2000年7月7日2004年3月26日 2時ドキッ!(関西テレビ)金曜日パネラーでのコメンテーター
2004年4月2日2005年12月23日 2時ワクッ!(関西テレビ)金曜日パネリスト出演
2006年1月13日2006年3月31日 F-CUBE(関西テレビ)金曜日パーソナリティー
2006年10月6日2008年9月26日 情報レシピ ニジ☆ゴジ(テレビ西日本)番組コーナー『忠明の芸能ゲッチュウ』担当
2009年10月15日2011年4月1日 あっぷ&UP!(関西テレビ)木・金曜日レギュラー出演

ラジオ番組・その他

出演映画

著作

  • 大原麗子 炎のように(2011年7月、青志社、ISBN 978-4-905042-25-9)
  • アイドルと病(2012年10月、メディアファクトリー、メディアファクトリー新書、ISBN 4840134383)

前田忠明を演じた俳優

脚注

出典

外部リンク