前野豊長

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前野豊長
時代 江戸時代
生誕 不詳
死没 正保3年(1646年)
別名 山内豊長
主君 山内一豊、山内忠義、山内豊昌
藩 土佐藩
氏族 土佐前野氏、前野山内氏
父母 父:前野豊成
母:祖父江儀太夫の娘
兄弟 豊長、前野正副、祖父江清十郎
子 前野定次、安積伊良室
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前野豊長(まえの とよなが)は、江戸時代ごろの武士・土佐藩士。別名山内豊長。前野豊成の息子。前野定次の父で、乾正方正室の祖父。土佐前野氏四代で前野山内氏二代。

人物

豊長は、時之流前野氏の当主・前野豊成の子に生まれる。前野家と山内家の関わりなどから、土佐藩に仕えていたと考えられている。乾正方の正室である豊長の孫娘は、正方との間に乾正清を産み、その子孫に板垣退助がいる。

氏族

豊長の父の代から山内姓を使っていたが、前野姓が本来の姓である。前野氏の始祖は桓武天皇皇子・良岑安世の子孫・良岑高成の三男である前野高長で、豊長の属する前野氏は高長の子孫の前野忠勝の子・前野時之の代から続く派生氏族である。