南海2000系電車

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南海2000系電車
2000系2195以下6両編成
(2017年5月17日 浅香山駅)
基本情報
運用者 南海電気鉄道
製造所 東急車輛製造
製造年 1990年 - 1997年
製造数 64両
主要諸元
編成 2両・4両(全車電動車)
軌間 1,067 mm(狭軌)
電気方式 直流1,500 V(架空電車線方式)
最高運転速度 本線・空港線:110 km/h
高野線平坦区間:100 km/h
設計最高速度 120 km/h
起動加速度 本線・空港線:2.5 km/h/s
高野線:3.1 km/h/s
減速度(常用) 3.8 km/h/s
減速度(非常) 4.0 km/h/s
編成重量 2両編成:71.5 t
4両編成:140.0 t
車両定員 2次車以前
先頭車:116(座席54)[1]
中間車:126(座席60)[1]
3・4次車
先頭車:116(座席51)[1]
5次車以降
先頭車:116(座席44)[1]
中間車:124(座席50)[1]
全長 17,725 mm[1]
全幅 先頭車:2,744 mm[1]
中間車(2次車以前):2,739 mm[1]
中間車(5次車以降):2,731 mm[1]
全高 4,030 mm[1]
車体 ステンレス鋼
台車 緩衝ゴム式ダイレクトマウント空気ばね台車
4次車以前:FS-541[1]
5次車以降:FS-541A[1][2][3]
主電動機 かご形三相誘導電動機
TDK6310-A[1]
主電動機出力 100 kW[1]
駆動方式 TD平行カルダン駆動方式[1]
歯車比 85:14(6.07)[1]
編成出力 2両編成:800 kW
4両編成:1,600 kW
制御方式 VVVFインバータ制御
GTOサイリスタ素子(新造時)
ハイブリッドSiC素子(2001F)[4]
制御装置 2次車以前(新造時):VF-HR125
3次車以降:VFG-HR1810A[5][注 1]
制動装置 回生ブレーキ併用電磁直通ブレーキHSC-R(応荷重装置付)[1]
保安装置 南海型ATS
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南海2000系電車(なんかい2000けいでんしゃ)は、1990年(平成2年)より運行を開始した南海電気鉄道(南海)の一般車両[6](通勤形電車)で、山岳直通車両「ズームカー」の一系列である。

本項では解説の便宜上、難波方先頭車の車両番号+F(Formation=編成の略)を編成名として記述する(例:2003以下4両編成=2003F、2032以下2両編成=2032F)。

概要

高野線の輸送力増強を目的に1990年(平成2年)登場し、その後は21000系・22000系および2200系を置き換えるため、1997年(平成9年)までに計64両が製造された。

南海の車両で初となるVVVFインバータ制御を採用する一方、南海伝統の緑色の外観を有する最後の新造車となった。本形式で採用された新機軸やデザインは、後に登場する1000系(2代)にも多数反映されている。

増備途中での仕様変更が多く、パンタグラフの取り付け位置・車体側面のビード本数・内装・座席配置などに違いがある。

車両概説

車体

軽量ステンレス構造の17 m級2扉車体で、側面外板はビードを取り入れたダルフィニッシュ(梨地)仕上げである。前頭部はFRP製で、上半部にやや後退角をつけることで貫通扉上部に立体感を持たせ、運転台・車掌台には傾斜に合わせて大型曲面ガラスを取り付けている。方向幕は列車種別と行先を個別に表示する方式とし、前面用は左右の窓内側に分散配置している。側窓にはユニット構造の大型2連窓を採用し、車内からの視野拡大と居住性の向上を図っている。

車内

客室は9000系のアコモデーションをベースとしながら、荷棚にポリカーボネートを使用、蛍光灯にアクリルカバーを取り付け、座席両端の袖仕切りを2段式にするなど各部に意匠を凝らしている。空調装置は冷凍能力13,000 kcal/hのユニットクーラを各車3基搭載し、温度・湿度・乗車率の各センサ情報により稼働率を制御する。また天井中央には整風グリルを車体全長にわたって連続的に配置し、冷房効果を高めるためラインデリアを内蔵させている。

機器類

制御方式は、南海では初採用となるGTOサイリスタ素子(4,500 V/2,500 A)による日立製作所製VVVFインバータ制御で、1基の制御装置で8台の主電動機を制御する。主電動機は定格出力100 kWの東洋電機製造製かご形三相誘導電動機で、これを各台車に2基ずつ装架する全電動車方式である。駆動装置はTD平行カルダンドライブ方式、台車は30000系で実績のある緩衝ゴム式の空気ばね台車、ブレーキ装置は在来車との併結の必要から電磁直通ブレーキを採用している。

機器構成は2両1組となっている。南海では故障時の冗長性を確保するため、主要機器(制御装置・補機類)を複数搭載する編成を組むことが原則となっている。このため、例外となる支線での運用を除き、本系列の2両単独での営業運転は行われない[注 2]。

インバータ制御であるため、減速時および抑速ブレーキ使用時の回生ブレーキに対応している。なお、回生ブレーキは運転本数の多い区間では他の列車が回生電力を消費しやすいため有効だが、山岳区間では他に電力を消費する列車がおらず回生失効を起こす可能性が高い。そこで本系列の導入にあたっては、山岳区間の変電所に回生電力吸収装置を設置することで回生失効を防止するようにした[注 3]。

2020年(令和2年)以降、前照灯がシールドビームからLEDに交換されている[7]。

次車別解説

1・2次車

  • 1次車(1990年2月竣工):2001F
  • 2次車(1990年6月竣工):2002F・2003F

4両編成×3本の合計12両(1次車×1本:4両・2次車×2本:8両)が在籍する。

南海では最後に緑色系統の外観で登場した車両で、前面と側面に緑の濃淡帯が配された。また、先頭車の側面には高野杉を模した路線シンボルマークが貼り付けられた。外観上の特徴として、側面のビードが後発グループよりも多く、またパンタグラフがモハ2001形(難波方先頭車)とモハ2101形(高野山方中間車)に1基ずつ分散配置されている[2]。連結部には従来車と同様、妻窓が設置されている。

座席は全席ロングシートで扉間16人掛け、モケットは当時標準のワインレッドながら、着席位置を明確化するため背擦りに縞柄模様が入れられた[2]。のちにモケットの色は変更されている[注 4]が、袖仕切りにワインレッドの模様がそのまま残されている。2次車は扉間中央部にある中仕切りの形状が変更されている[2]。化粧板は濃い模様入りの明るいベージュ系、床面は濃淡2色のブラウン系マーブル模様、天井の整風グリルはレモンゴールドに着色されており、後発グループとは色調の異なる客室となっている。

現在は3本とも後発と同じ車体色に変更されており、本系列の旧塗装は1993年(平成5年)10月に消滅した[9]。なお、塗装変更の際に車体側面の路線シンボルマークが撤去されたほか、緑帯を剥がした腰板部には別途グレーのフィルムが貼り付けられた。

3・4次車

  • 3次車(1992年11月竣工):2031F・2032F
  • 4次車(1994年4月竣工):2033F・2034F

2両編成×4本の合計8両(3次車×2本:4両・4次車×2本:4両)が在籍する。

1・2次車の車体色とは打って変わり、同時期に登場した1000系と同一のカラースキームが採用された。ただし、1000系ではベースカラーを車体に塗装したのに対し、本系列では無塗装車体に帯フィルムを貼り付けるのみとした。本グループからは編成中のパンタグラフ2基をモハ2001形に集中配置するよう変更されている[2]。

座席についても1000系と同様のバケットシート(グレーモケット)に変更しているが、車端部へのクロスシートの設置は見送られている[2]。扉間は引き続き16人掛けであるが、車椅子スペースを新設したため座席定員総数は減少している[2]。このほか、袖仕切りの形状や化粧板・床面の模様が1000系と同じデザインに変更されている[2]。

本グループから列車種別・行先表示の設定方法を、1・2次車のデジタル式スイッチの操作から列車モニタ装置表示画面のタッチセンサで行うよう変更しており、これに合わせて側引戸上部には車内案内表示器設置の準備工事を施している[2]。また、列車種別選別装置の更新準備工事を行っている[10][注 5]。

なお、4次車はCI導入後の製造となったため、従来の2代目社章を廃止してCI章を採用するとともに、車体側面のNANKAIロゴがCIと同じ斜字体となった[2](1 - 3次車も後に統一)。また、4次車では前面・側面とも車号標記のフォントがやや小さくなったほか、製造年書式をこれまでの年号から西暦に変更している[2]。

5 - 7次車

  • 5次車(1995年5月竣工):2035F - 2039F・2041F(計14両)
  • 6次車(1996年8月竣工):2040F・2042F - 2044F(計14両)
  • 7次車(1997年7 - 8月竣工):2021F - 2024F・2045F・2046F(計16両)

※太字は4両編成。

4両編成×6本と2両編成×10本の合計44両が在籍し、本系列の大半を占めている。

本グループの車端部にはクロスシートが設置されており、これに伴い連結面の妻窓が廃止されている[10][注 6]。その他の座席は3・4次車同様のバケットシートとしているが、扉間を14人掛けに短縮することで出入口付近の立席エリアを拡大、従来よりも乗降時間の短縮を意識している[2]。列車種別選別装置は最初から双方向デジタル伝送(トランスポンダ)方式を採用している[2](1 - 4次車も後に更新)。

2035F・2036F・2039F・2040F・2023Fの5本は、2024年(令和6年)1月から2025年(令和7年)3月にかけて支線ワンマン改造が施工され、南海本線に転属、支線区で運用されている(後述)[12][13][14][15]。

形式・編成

2000系編成表[1][14][16]
← 難波

← 難波・加太


← 羽衣

4両編成 2次車
まで
形式
◇ 

モハ2001
(Mc1)
 
モハ2051
(M2)
◇ 

モハ2101
(M1)
 
モハ2151
(Mc2)
搭載機器 VVVFSIV
CP
VVVFSIV
CP
自重
(t)
36.034.034.535.5
定員
(座席)
116
(54)
126
(60)
126
(60)
116
(54)
5次車
以降
形式
 ◇
◇ 

モハ2001
(Mc1)
 
モハ2051
(M2)
 
モハ2101
(M1)
 
モハ2151
(Mc2)
搭載機器 VVVFSIV
CP
VVVFSIV
CP
自重
(t)
36.034.034.535.5
定員
(座席)
116
(44)
124
(50)
124
(50)
116
(44)
2両編成 形式
 ◇
◇ 

モハ2001
(Mc1)
 
モハ2151
(Mc2)
 
搭載機器 VVVFSIV
CP
自重
(t)
36.035.5
定員
(座席)
116
(51[注 7])
116
(51[注 7])
凡例
  • VVVF:制御装置(VVVFインバータ制御)
  • SIV:補助電源装置(静止形インバータ)
  • CP:空気圧縮機
  • ◇:集電装置(下枠交差型)

改造工事

支線転用・ワンマン対応改造

支線区に転用された2040F
(2025年9月15日 岸里玉出駅)

2022年(令和4年)10月、本系列にワンマン改造を施工し、支線区の2200系を置き換える予定であることが開示された[17]。2024年(令和6年)1月、ワンマン改造を終えた2035Fが加太線・和歌山港線・汐見橋線で試運転を行った[18]。以降、2025年(令和7年)3月までに2両編成×5本(2035F・2036F・2039F・2040F・2023F)が支線区に投入され、「天空」を除く全ての2200系を置き換えた[12][13][14][15]。

「GRAN 天空」向け改造

「GRAN 天空」仕様に改造された2001F
(2026年5月9日 三国ヶ丘駅 - 百舌鳥八幡駅間)

2026年(令和8年)4月、2200系で運転されていた観光列車「天空」の後継として、新観光列車「GRAN 天空」が運行を開始した。種車には更新時期を迎えていた本系列の2001Fが選ばれ[19][20]、同年4月24日付けで床下機器の更新とともに車体の大規模な改造が行われた[21]。先代の2200系「天空」と異なり、形式称号・車両番号の変更はない。

外観はベースカラーを真紅として重厚感を持たせつつ、ゴールドを基調とする装飾を重ねて繊細な華やかさを兼ね備えたものとしている。車体側面の装飾は南海のかつての社章である羽車マークから着想を得たものとし、列車旅のその先にある旅の可能性を象徴する[22][4]。また、高野山に咲くシャクナゲや難波駅舎に用いられたアカンサスを随所に散りばめ、自然の曲線美をデザインに取り入れる南海の伝統文化を表現している[22][4]。前面には羅針盤をモチーフとした大型エンブレムを装備し、南海各沿線にある魅力への発見や気づき(インスピレーション)の広がりを視覚的に表現している[22][4]。

車体は観光列車に相応しい側扉や側窓の配置とするため一部を埋め込むとともに、既存の側窓は開口部の大きさを維持しつつ、外観デザインと統一感を持たせた角の付いた固定窓に変更している。このため換気装置を新設している[4]。前面は前照灯の移設と丸型化により観光列車のイメージを訴求し、スカートも外観デザインに合わせて曲線的な形状に変更している[4]。

内装は高級感を重視したものとなり、各車両ごとに異なる設備とすることで幅広いニーズに応えている。高野山方先頭の1号車は「リラックスシート」と称し、2+1列の回転式リクライニングシートを装備する。2号車「ワイドビューシート」は、車窓側に向かうベンチタイプの座席と、向かい合わせのボックス座席を配置している。3号車の「ロビーラウンジ」では、物販を行うカウンターを設置している。4号車の「グランシート」「グランシートプラス」はホテルを思わせる重厚感ある内装にソファー席を配置し、地元食材を使用した食事メニューを提供している。そのほか、各車両には紀州材や真田紐など沿線の素材や工芸品を取り入れている。

制御装置は引き続きMc1車・M1車に装備するが、ハイブリッドSiC素子を用いた1C4M2群方式に更新されている[4]。また、主電動機も全閉構造のものへと更新し、低層音性とメンテナンスフリー性を向上させている[4]。SIVについては3レベルIGBT素子に変更し、編成内の2台を並列同期運転する冗長性のあるシステムを採用している[4]。このほか、空気圧縮機は9000系更新車以降の標準であるオイルフリー式のものに交換している[4]。

登場の背景・運用の推移

高野線へ導入・旧型車を置き換え

22000系との併結

高野線中百舌鳥駅以南では狭山ニュータウンや橋本林間田園都市等の沿線開発が功を奏し、1980年代を通して利用客が増加していた[23][注 8]が、混雑率は依然高止まりでさらなる車両増備の必要に迫られていた。三日市町駅以北の平坦区間には60年代から一貫して20 m級4扉車を投入してきたが、1985年(昭和60年)の8200系を最後に増備は停滞していた。これは当時、御幸辻駅 - 橋本駅間が複線化工事の真只中で、輸送改善の目玉となる20 m車を使用した長編成列車の橋本駅乗り入れや、小原田検車区開設による車両収容能力の拡大[注 9]にはまだ年単位の時間を要することが確定的だったからである[注 10]。

他方、17 m級2扉車で運転される急行[注 11]は、平坦区間における混雑緩和のためダイヤ改正のたびに列車増発や車両増結が行われ、21000系・22000系の運用が極めて逼迫していた[2]。当時の急行は御幸辻駅以南に入線して難波駅 - 極楽橋駅間を直通する「大運転」が基本のため、急行のさらなる輸送力増強を行うには20 m車では代替できず、17 m車の増備が不可避であった[2]。ところで当時の車両技術は急速に進歩し、チョッパ制御からVVVFインバータ制御への移行期にあった。インバータ制御はプログラム設定により既存の抵抗制御車に運転特性をなるべく合わせられる[27]ほか、在来車と同様の運転扱いにより区間に合わせて走行特性のモード切換にも対応できる[27][注 12]ため、ズームカーへの適用は山岳区間の回生失効対策を行えば十分に可能であった。また、将来の性能向上に容易に対応できるとともに、機器の小型化や無接点化による保守の低減も図れる[27]。こうして南海で初の新機軸を取り入れつつ、21000系・22000系と併用可能な17 m車体の次世代車を開発することで決定され、1990年(平成2年)に本系列が登場した。

1次車は同年5月2日より営業運転が開始され[28]、その後竣工した2次車とともに、7月1日ダイヤ改正からの輸送力増強に対応した[27][注 13]。当初は老朽化が進んでいた21000系の置き換えを見越して製造された[27]が、新たに策定された1992年(平成4年)度からの「第8次輸送力増強等5ヵ年計画」に基づき支線・貴志川線の冷房化率100 %を達成するため[30]、21000系全車に22000系の大半も加えて置き換え対象を拡大し、44両の増備が計画された[31]。他方この5ヵ年計画では、車体更新を行った22000系のうち3本を、2200系として引き続き高野線で運用することも計画された[注 14]。

ところが1992年(平成4年)11月10日のダイヤ改正で特急・急行が金剛駅に停車を開始すると急行に乗客が集中、平日朝ラッシュ時に17 m車を使用する列車で遅延が常態化するようになり、この状況が数年間にわたり続いた[注 15]。これは当時17 m車でも最大8両編成しか組めなかったため輸送力に限界があったこと、出入口の数が少なく乗降に手間取ったこと[33]など通勤通学路線に本来不向きなズームカーの車体構造に起因していたが、それだけでなく本系列と在来車が併結した場合、協調運転に難があった[34][注 16]ために列車の遅延を回復できないことも影響していた。このうち輸送力不足については、複線化開業を迎えた1995年(平成7年)9月1日ダイヤ改正で、平日朝ラッシュ時の急行2本を20 m車に置き換えたほか、17 m車による急行2本を10両編成に増結することで対処されるに至った[24][注 17]。ここに本系列の10両運転が開始された[38][39][注 18]。

1995年(平成7年)度中の6次車製造の頃になると、大運転を基軸とする運行形態を今後も継続する方針が固まっていた[11]ため、当初の5ヵ年計画から繰り下げられていた21000系完全淘汰用の8両(2045F・2046F)についても、1997年(平成9年)度分の7次車として増備される計画となった[40][41][注 19]。しかしその後、前述の運転特性の相違のほか、将来の速度向上に支障をきたすことから、高野線用に更新された2200系を支線に転用する方針転換がなされたため、22000系・2200系置き換え用の2両編成×4本(2021F - 2024F)が7次車に追加された[34][41][注 20][注 21]。こうして本系列は以前の21000系・22000系と同数の計64両が新製され、先送りにされていた性能差の問題についても車種統一により完全な解消を果たした。

なお、お盆期間を中心に難波駅 - 極楽橋駅間(のちに橋本駅 - 極楽橋駅間に短縮)で運転されていた全車自由席の臨時特急にも、在来車に混じりデビュー初期から使用された[42][43]。

朝ラッシュ最混雑時間帯の上り急行運用から撤退・平坦区間内の運用に本格進出

平坦区間での各駅停車運用
(2012年8月31日 今宮戎駅)

2003年(平成15年)5月31日のダイヤ改正からは35年ぶりに運行を開始した快速急行に使用されるようになった[33][44]一方、朝ラッシュ時の中でも最混雑時間帯に運転される上り急行(天下茶屋駅7:20 - 8:30着)の全列車に女性専用車両が導入され、これに20 m車8両編成が充てられたため、本系列は最混雑時間帯の急行運用から撤退、それに伴い本系列による10両運転が終了した[33][注 22]。また従来20 m車が担っていた橋本駅以北での日中の区間急行運用、朝ラッシュ時の各駅停車運用の一部にも充当されるようになった[34][44]。

大幅な運用減・南海本線へ転属

南海本線での普通車運用。「2扉車」の表記が目立つ。
(2007年8月22日 新今宮駅)

2005年(平成17年)10月16日の高野線白紙ダイヤ改正では、全ての時間帯において橋本駅での大規模な系統分割が行われた。極楽橋駅まで直通していた急行は一部を除き橋本駅折り返しとされ、日中は快速急行以外の運用は全て橋本駅までの運転となった。そして、橋本駅折り返しの急行の大半は6000系列などの20 m車に、橋本駅で接続する山岳区間の各駅停車も多くが2300系によるワンマン運転に変更された。大運転や山岳区間内運用が大幅に減った本系列は、平坦区間の各駅停車や区間急行の運用が増えたものの、半数近い車両が余剰となって1年以上の間、運転休止となった[34]。

これらの編成は2006年(平成18年)12月から南海本線で試運転を開始し[45]、2007年(平成19年)8月11日のダイヤ変更から南海本線・空港線の普通車として営業運転に復帰した[34] 。これにより老朽化が進行していた7000系の一部を置き換えた。

2001F・2002F・2003F・2042F・2043Fの4両編成×5本と、2031F・2032Fの2両編成×2本がダイヤ変更当日付で南海本線に転属した[46]。2両編成の2031Fと2032Fは常時連結して4両編成で運転されている[47]。これらの編成には制御装置のプログラム変更が行われた[11][注 23]ほか、利用客の混乱防止のため、先頭車前面の助手側窓ガラスに2扉車の大型ステッカーが貼り付けられた。なお、正月3が日や岸和田だんじり祭・春木だんじり祭等のイベント開催日は普通車も混雑するため、本系列の運用は4扉車が代走した[8]。

一方、高野線所属車については、2009年(平成21年)7月3日から橋本駅 - 極楽橋駅間で運行を開始した観光列車「天空」の自由席車としての運用が設定された[49]。また、2012年(平成24年)夏季に実施された節電ダイヤでは、日中6両で運行される本系列の快速急行・区間急行運用の一部が4両編成で運転された[50]。

高野線でのさらなる運用減・支線へ転出

特急「こうや」の代走運用
(2022年6月5日 天下茶屋駅)

高野線では2017年(平成29年)8月26日ダイヤ変更で、橋本駅以北での区間急行・各駅停車運用からは撤退、同時に快速急行・急行の運用も削減された[注 24]。

2022年(令和4年)5月、30000系1本が脱線事故のため運用を離脱し、高野線特急が慢性的な車両不足に陥った。このため特急「こうや」「りんかん」の一部列車と同ダイヤにて自由席特急が運転されることになり[52]、この運用に本系列が使用された[53][54]。代走は同年11月2日まで続けられ、以降は特急「泉北ライナー」に使用されていた11000系が「りんかん」に復帰することで対応された[55]。その後も特急車両に修理が必要となった場合は、本系列が自由席特急として代走するケースが生じた[56][57]。

2024年(令和6年)3月より、ワンマン改造された2両編成が多奈川線・高師浜線をはじめとする各支線でのワンマン運転を開始した[58][注 25]。

高野線で運用数微増・南海本線での運用終了

2024年(令和6年)11月、高野線の一部列車で20 m車から17 m車に車種が変更されることとなり、平日上下1本ずつ本系列の区間急行運用が復活した[60]。これに合わせて同年8月、南海本線所属の2042Fが、11月には2031F・2032Fが高野線へと復帰した[14][61][注 26]。12月には2001F・2002F・2043Fも高野線に転属となり[14][61]、支線ワンマン改造と並行して高野線への復帰が進められた。これにより南海本線での運用本数は徐々に減少し、12月21日のダイヤ改正をもって南海本線での運用を終了した[65]。運用終了後もしばらく南海本線所属だった2003Fは、2025年(令和7年)5月に高野線へ転属した[66]。

2026年(令和8年)7月1日現在、4両編成×9本、2両編成×9本の合計54両が小原田検車に、2両編成×5本の合計10両が住ノ江検車に配置されている[67][68][69][21]。

特別装飾・ラッピング

  • 2007年(平成19年)10月、高野線山岳区間を沿線住民とともに観光路線化する「こうや花鉄道」プロジェクトの第2弾として、2044Fが「花のラッピング列車」となり出場した[70]。車体には地元の小学生200人が描いたシャクナゲ、サルスベリなど四季折々の花の絵がラッピングされていた。2011年(平成23年)3月をもって、このラッピングは解除された。
  • 2015年(平成27年)11月にはNHK大河ドラマ「真田丸」の放送に合わせ、主人公真田幸村蟄居の地である九度山の振興を図るため、2044Fが真田の赤備え甲冑をモチーフとする「真田赤備え列車」としてラッピングされた[71][72]。運行期間は当初1年を予定していたが、利用者や自治体からの要望により期間を延長[73]、定期検査に入る直前の2019年(平成31年)2月20日まで運転された[74]。
  • 「真田赤備え列車」運行と同時期の2016年(平成28年)5月からは、カプコンのアクションゲーム「戦国BASARA」のキャラクターを装飾し、同じく九度山をPRするラッピング列車が2両編成×3本(2021F・2022F・2023F)設定され、主に観光列車「天空」の自由席車として運用された[75][76][77]。
  • 2024年(令和6年)7月より、「加太さかな線プロジェクト」の一環で運行されている「めでたいでんしゃ」の5編成目として、2036Fが内外装をリニューアルして運用に復帰した。デザインコンセプトは「太古の記憶」と「未来への想いとSDGs」で、イメージパース公開時の仮称は“はじまりの「めでたいでんしゃ」”[78]、運行開始当日の記念セレモニーにて愛称を「かなた」とすることが発表された[79][80]。「太古の記憶」をテーマとする2186号車の客室には、和歌山県で発見された新種の古代生物ワカヤマソウリュウが描かれている[78]。

車歴表

2026年(令和8年)7月1日現在[67][68][69][21]

凡例
  • 本線:南海本線(汐見橋線・高師浜線・多奈川線・加太線・和歌山港線)
  • 高野:高野線(汐見橋線は本線車を使用)
  • 下線:支線ワンマン仕様車
4両編成
← 難波
極楽橋 →

← 難波
和歌山市・関西空港 →
モハ
2001

(Mc1)
モハ
2051

(M2)
モハ
2101

(M1)
モハ
2151

(Mc2)
所属竣工[81]次車区分備考
2001 2051 2101 2151 高野1990/02/081次車 GRAN 天空[20]
(2026/04/24改造[21])
2002205221022152 1990/06/122次車
2003205321032153
2041209121412191 1995/05/255次車
2042209221422192 1996/07/296次車
2043209321432193 1996/08/13
2044209421442194 1996/08/30
2045209521452195 1997/07/197次車
2046209621462196 1997/08/26
2両編成
← 難波
極楽橋 →

← 難波・加太
和歌山港・関西空港 →

← 汐見橋
岸里玉出 →

← 羽衣
高師浜 →

← みさき公園
多奈川 →
モハ
2001

(Mc1)
モハ
2151

(Mc2)
所属竣工[81]次車区分支線ワンマン改造備考
20312181 高野1992/11/163次車
20322182
20332183 1994/06/024次車
20342184
20352185 本線1995/04/135次車2024/01/05[12][13]
20362186 2024/03/29[12][13] めでたいでんしゃ かなた[80]
20372187 高野
20382188
20392189 本線2024/07/04[14][15]
20402190 1996/08/306次車2025/03/08[14][15]
20212171 高野1997/08/127次車
20222172
20232173 本線2025/03/08[14][15]
20242174 高野1997/08/26

脚注

注釈

  1. ↑ なお、これ以前の文献では製造年次にかかわらず全てVF-HR125と記載されている[1]。
  2. ↑ このため、山岳区間でのワンマン運転開始時には専用車両として2300系を新たに導入している。
  3. ↑ これにより8000系(初代)が三日市町駅以南へ乗り入れ可能となったほか、後に登場する1000系が南海線・高野線の両線共通仕様車として設計されることとなった。
  4. ↑ 1000系登場後グレー系に、近年は8300系と同じ茶色系のドット柄(優先座席は青色系)に張り替えられている[8]。後者はほかの製造年次の車両も同様である。
  5. ↑ これはその準備工事を行っていなかった他の既存車両も共通で、従来の列車種別選別装置が使用後20年近く経過し、設備機器の老朽化までもが著しくなってきたためである。南海本線では空港線開業、高野線では橋本駅までの複線化開業を目処にそれぞれ更新を実施した。
  6. ↑ クロスシート設置に合わせ、車端部の側窓についても位置取りを従来より妻面寄りに変更している[11]。
  7. 1 2 クロスシート設置車は44[1]。
  8. ↑ なお中百舌鳥駅以北については、1987年(昭和62年)4月の大阪市営地下鉄(現:Osaka Metro)御堂筋線の中百舌鳥延伸に伴い、泉北高速線からの直通利用客が減少した。
  9. ↑ 当時、千代田検車区(現:小原田検車区千代田検車支区)は既に満車に近い状態に達しており[24]、車両を増備するにしても自ずと製造数に限界が生じていた。
  10. ↑ この区間(第7・8工区)の工事は1986年(昭和61年)に着工し、小原田検車区の新設も含め当初は1989年(平成元年)までに竣工する計画だった[25]が想定通りには進めず、複線化の完成は1995年(平成7年)、小原田検車区の開設は1996年(平成8年)まで延期した。このように1990年(平成2年)までの数年間で当初の輸送改善計画に翳りが見え始めていたが、一方で遠距離を中心に利用が堅調に増加していたため、既存の設備容量や特殊な運行形態など厳しい制約が残る中で可能な輸送力増強策を模索し実行する必要があった。
  11. ↑ 当時の高野線は、区間急行以下の種別には20 m車、急行には朝ラッシュ時のごく一部の例外を除き17 m車体のズームカーが専ら充当され、列車種別と使用車種の組み合わせがほぼ固定されていた[26]。この運行形態は20 m車が橋本駅乗り入れを開始した1992年(平成4年)[24]以降、徐々に変化していくことになる。
  12. ↑ 俗に山線スイッチと呼ばれるもので、本系列でも在来車に倣い運転台上方に弱界磁切換スイッチと称して装備する[27]。
  13. ↑ この改正で17 m車による林間田園都市駅始発の急行が初めて設定された[29]。
  14. ↑ この5ヵ年計画によれば、22000系は32両全車が更新修繕の対象とされ[30]、本系列の増備は22000系に余剰車が生じないよう計画された。なお完全冷房化を早期に実現するため、未更新のままでの支線転用が考慮された[11]結果、1995年(平成7年)以降は未更新の8両について更新が保留された。
  15. ↑ 急行の混雑自体はこの時始まったものではないが、従来の停車駅では千代田駅 - 狭山駅間の乗客の多くが北野田駅で急行に乗り換えていたため北野田駅ホームの混雑が悪化、金剛駅への停車は本来この「乗換え混雑」の緩和を狙ったものであった[32]。しかし当時の金剛駅の乗車人員数は堺東駅に次ぐ高野線内4位にまで成長していたこと、様々な制約から列車のさらなる増発や増車もままならなかったこと、ズームカー急行の救済として先走りしていた区間急行[26]が急行へ格上げされたこと等が重なり、遠距離旅客をターゲットにしていたはずの急行[26]で平坦区間内の旅客の比重がかえって増大、ズームカー急行の収容力の低さをさらに露呈させる結果となった。
  16. ↑ 両車の運転特性は理論上同一とされていたものの、制御方式の違いによる加減速特性の微妙な差異は運転扱い上、無視できない問題となった。特に減速時は、在来車の発電ブレーキと本系列の回生ブレーキでは挙動に差が出やすく、所定の停止位置に正確に停車させるのが困難なほどだったという[35]。
  17. ↑ 極楽橋駅発の4両編成に橋本駅で4両を増結、さらに河内長野駅で2両を増結して10両編成となっていた[36]。この10両運転に対応するため、ダイヤ改正までに北野田駅・金剛駅・河内長野駅でホーム延伸工事が行われた[37]。
  18. ↑ この時点では21000系・22000系・2200系も高野線に残っており、4系列混用で10両を組んでいた。
  19. ↑ この時点で橋本駅で系統分割(大運転を縮小)することも選択肢にあった[11]が、実際にはなされず17 m車の運用が大きく減少することもなかった。
  20. ↑ この時点で2両編成は2040Fまで製造されており、2041F以降は4両編成が既に番号を使用していたため、増備車では続番を使用できず番号が若返った。こうした点からも、これら4本が当初増備を予定されていなかったことがうかがえる。
  21. ↑ 本系列の追加増備により支線へと転出した2200系は、一足先に支線に転属し未更新のまま残っていた22000系を置き換えて、これを余剰廃車にした。
  22. ↑ これは同時に、最混雑時間帯に難波方面へ直通する上り大運転列車の廃止でもあった。
  23. ↑ 起動加速度は下げられたものの、高速域の加速性能が向上し南海本線に適した走行特性に変更されている[48]。高野線では車種統一後の速度向上を想定して高速性能に余裕を持たせていた[27]が、結果的に南海本線転属によってその性能を発揮することとなった。
  24. ↑ 2017年(平成29年)3月30日、南海電鉄は2018年(平成30年)を目処に難波駅1番線にホームドアを設置することを発表していた[51]。20 m車とは扉位置が大きく異なる本系列が橋本駅以北の各駅停車運用から撤退する大きな要因となった。また各駅停車運用と一体であった優等列車の運用も20 m車が受け持つこととなり、2005年(平成17年)ダイヤ改正以来の純粋な運用減となった。
  25. ↑ 高師浜線は「南海本線・高師浜線(高石市)連続立体交差事業」の進捗に伴い、2021年(令和3年)5月から列車の運転を休止しバス代行輸送を行っていたが、高架化が完了した2024年(令和6年)4月6日から運行が再開され、初日から本系列が運用に入った[59]。
  26. ↑ 2042Fは2012年(平成24年)9月から2015年(平成27年)8月にかけて、車両不足を補うため高野線へ再転属していた[62][63]。2031F・2032Fは半固定編成として高野線に転入した[64]。

出典

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  2. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 「私鉄車両めぐり〔153〕南海電気鉄道」-『鉄道ピクトリアル』1995年12月臨時増刊号、PP.246-248
  3. ↑ 「FS541/南海電気鉄道2000系」-『鉄道ホビダス(資料館 台車近影)』、ネコ・パブリッシング(2007年7月9日)
  4. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 泰中直樹「高野山観光の新たな価値創出を目指した2000系改造観光列車『GRAN 天空』」-『Rolling Stock & Machinery』2026年9月号(No.912)、P.61-64、日本鉄道車両機械技術協会
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  10. 1 2 「車両総説」-『鉄道ピクトリアル』1995年12月臨時増刊号、PP.36-37
  11. 1 2 3 4 5 「2000系 解説・サイドビュー写真」-『南海電鉄車両大全』第1巻(チョッパー&VVVF制御車)、PP.13-14・19-20
  12. 1 2 3 4 「別冊付録:大手私鉄車両ファイル」-『鉄道ファン』2024年8月号
  13. 1 2 3 4 『私鉄車両編成表2024』、PP.211・213
  14. 1 2 3 4 5 6 7 8 「別冊付録:大手私鉄車両ファイル」-『鉄道ファン』2025年8月号(なお、2040Fのワンマン改造施工日は南海本線転属後の日付となっており誤植と思われる)
  15. 1 2 3 4 5 『私鉄車両編成表2025』、PP.206・208
  16. ↑ 『私鉄車両編成表2025』、PP.161・163
  17. ↑ 鉄道線旅客運賃の変更認可申請を行いました - ウェイバックマシン(2023年5月10日アーカイブ分)(P.15) - 南海電気鉄道(2022年10月28日)
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  19. ↑ 「GRAN 天空」2026年4月24日より運行開始! (PDF) - 南海電気鉄道(2025年11月12日)
  20. 1 2 「南海2000系「GRAN天空」が営業運転を開始」-『railf.jp(鉄道ニュース)』、交友社(2026年4月27日)
  21. 1 2 3 4 「私鉄 DATS FILE 私鉄車両のうごき[2026.4.1~6.30]」-『鉄道ダイヤ情報』2026年11月号、P.79
  22. 1 2 3 「南海電鉄「GRAN 天空」2000系改造「通勤車両らしさ」なくす外観に」-『マイナビニュース』、マイナビ(2026年2月16日)
  23. ↑ 「輸送と運転」-『鉄道ピクトリアル』1995年12月臨時増刊号、PP.21-23
  24. 1 2 3 萱野雅文(南海電気鉄道(株)鉄道営業本部営業部運転保安課)「南海電気鉄道 我が社のダイヤ」-『運転協会誌』1999年3月号(No.477)、PP.12-13、日本鉄道運転協会
  25. ↑ 南海電気鉄道株式会社(編)『南海電気鉄道百年史』、P.386、南海電気鉄道(1985年)
  26. 1 2 3 藤原良雄・三崎章雄(南海電気鉄道(株)運輸部運輸課)「列車ダイヤの変遷 南海電気鉄道株式会社」-『運転協会誌』1987年6月号(通巻336号)、PP.16-17、日本鉄道運転協会(1987年)
  27. 1 2 3 4 5 6 7 『電気車の科学』1990年10月号、PP.35-40
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  32. ↑ 南海電気鉄道株式会社広報課『ニュース南海』1992年10月号(No.233)、南海電気鉄道
  33. 1 2 3 「輸送と運転 近年の動向」-『鉄道ピクトリアル』2008年8月臨時増刊号、PP.32-36
  34. 1 2 3 4 5 「南海電気鉄道 現有車両プロフィール2008」-『鉄道ピクトリアル』2008年8月臨時増刊号、PP.265-267
  35. ↑ 2017年(平成29年)に発売された「鉄道コレクション 南海2000系後期型4両セット」の外箱に記載の解説文より引用。当製品は南海電鉄が公式に企画・販売した市場流通品であるため、付属の解説文についても信頼できる情報源に該当する。
  36. ↑ 「高野線の車両 プロフィール」-『関西の鉄道』2004年新春号(No.46)、P.29、関西鉄道研究会
  37. ↑ 南海電気鉄道株式会社広報課『ニュース南海』1996年2月号(No.273)、南海電気鉄道
  38. ↑ 「NEWS and TOPICS 高野線ダイヤ改正」-『関西の鉄道』1995年初冬号(No.32)、P.99、関西鉄道研究会
  39. ↑ 「海へ山へ空へ」-『鉄道ピクトリアル』1995年12月臨時増刊号、P.166
  40. ↑ 「21001系,22001系のあゆみ」-『鉄道ピクトリアル』1995年12月臨時増刊号、P.213
  41. 1 2 『車両発達史シリーズ6 南海電気鉄道 下巻』、P.122
  42. ↑ 「高野線の列車種別」-『関西の鉄道』1992年爽秋号(No.27)、P.25、関西鉄道研究会
  43. ↑ 「南海高野線で臨時特急運転」-『railf.jp(鉄道ニュース)』、交友社(2009年8月18日)
  44. 1 2 「高野線の列車種別」-『関西の鉄道』2004年新春号(No.46)、PP.16・19・23、関西鉄道研究会
  45. ↑ 「NEWS 南海だより」-『関西の鉄道』2007年盛夏号(No.53)、P.96、関西鉄道研究会
  46. ↑ 「別冊付録:大手私鉄車両ファイル2008」-『鉄道ファン』2008年9月号
  47. ↑ 『私鉄車両年鑑2017』、P.102、イカロス出版(2017年6月20日、ISBN 978-4-8022-0342-5)
  48. ↑ 南海電気鉄道(編)「運転士インタビュー」-『南海電鉄車両大全第1巻(チョッパー&VVVF制御車)』、P.64
  49. ↑ 藤田将之(南海電気鉄道(株)営業推進室)「南海電気鉄道2200系「天空」」-『鉄道ピクトリアル』2009年8月号、P.109
  50. ↑ 「NEWS 南海だより」-『関西の鉄道』2012年初秋号(No.61)、P.99、関西鉄道研究会
  51. ↑ 難波駅にホームドアを試験設置します 〜難波駅1番線に「大開口ホーム柵」を設置します〜 - ウェイバックマシン(2021年4月20日アーカイブ分) - 南海電気鉄道(2017年3月30日)
  52. ↑ 一部特急こうや・りんかんの運休(代わりに自由席特急を運転)と両数変更について - ウェイバックマシン(2023年12月9日アーカイブ分) - 南海電気鉄道(2022年7月15日)
  53. ↑ 「特急“こうや”・“りんかん”を2000系が代走」-『railf.jp(鉄道ニュース)』、交友社(2022年5月28日)
  54. ↑ 「【南海】30000系の車庫内での脱線事故で、2000系が高野線特急の代走」-『鉄道ホビダス(鉄道投稿情報局)』、ネコ・パブリッシング(2022年5月31日)
  55. ↑ 11月1日(火)より、50000系車両(ラピート)を特急泉北ライナーとして運行します - ウェイバックマシン(2024年1月8日アーカイブ分) - 南海電気鉄道(2022年9月30日)
  56. ↑ 「南海高野線,一部特急列車を2000系が代走」-『railf.jp(鉄道ニュース)』、交友社(2023年6月25日)
  57. ↑ 「南海高野線で2000系による自由席特急運転」-『railf.jp(鉄道ニュース)』、交友社(2023年10月8日)
  58. ↑ 「南海2000系2035編成が多奈川線で営業運転を開始」-『railf.jp(鉄道ニュース)』、交友社(2024年3月25日)
  59. ↑ 「南海高師浜線が全線高架化・運行を再開」-『railf.jp(鉄道ニュース)』、交友社(2024年4月6日)
  60. ↑ 一部列車の車両変更について - ウェイバックマシン(2024年11月22日アーカイブ分) - 南海電気鉄道(2024年10月17日)
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  66. ↑ 「私鉄車両のうごき[2025.4.1~6.30]」-『鉄道ダイヤ情報』2025年11月号、P.95
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  68. 1 2 「別冊付録:私鉄車両ファイル」-『鉄道ファン』2026年8月号
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  70. ↑ 地元小学生が描きました! 「花のラッピング列車」が出発進行! (PDF) - 南海電気鉄道(2007年10月22日)
  71. ↑ 南海・真田赤備え列車、この秋参上!! 高野線車両(1編成)と九度山駅を「真田色」に装飾します。 (PDF) - 南海電気鉄道・和歌山県九度山町(2015年8月11日)
  72. ↑ 「南海高野線で「真田赤備え列車」の運転開始」-『railf.jp(鉄道ニュース)』、交友社(2015年11月2日)
  73. ↑ 南海・真田赤備え列車、運行延長! - ウェイバックマシン(2020年3月29日アーカイブ分) - 南海電気鉄道(2016年10月27日)
  74. ↑ 2019年2月20日(水)南海・真田赤備え列車の運行が終了します - ウェイバックマシン(2020年3月29日アーカイブ分) - 南海電気鉄道(2019年2月7日)
  75. ↑ 戦国BASARA×南海電鉄 夏の陣 〜真田ゆかりの地へいざ出陣〜 - ウェイバックマシン(2024年1月18日アーカイブ分) - 南海電気鉄道・カプコン(2016年4月21日)
  76. ↑ 「南海「天空」の自由席車両を「戦国BASARA」のキャラクターで装飾」-『railf.jp(鉄道ニュース)』、交友社(2016年6月14日)
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  78. 1 2 ~めでたいでんしゃ5編成目~ “はじまりの「めでたいでんしゃ」”の全貌を発表! (PDF) - 南海電気鉄道(2024年6月13日)
  79. ↑ ~めでたいでんしゃ5編成目~ “はじまりの「めでたいでんしゃ」”の名前が「かなた」に決定しました (PDF) - 南海電気鉄道(2024年7月13日)
  80. 1 2 「南海『めでたい電車「かなた」』が営業運転を開始」-『railf.jp(鉄道ニュース)』、交友社(2024年7月14日)
  81. 1 2 「南海電気鉄道 車両履歴表」-『鉄道ピクトリアル』2008年8月臨時増刊号、P.278

参考文献

関連項目

外部リンク