南海7000系電車

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南海7000系電車
南海7000系による特急「サザン」
(和歌山大学前駅 - 紀ノ川駅間)
基本情報
製造所 帝國車輛工業
近畿車輛
東急車輛製造
製造年 1963年 - 1968年
製造数 90両
引退 2015年10月3日
廃車 2015年10月
主要諸元
編成 4両(17編成)
2両(11編成)
軌間 1,067 mm
電気方式 直流1,500 V
(架空電車線方式)
最高運転速度 110 km/h
設計最高速度 120 km/h
起動加速度 2.5 km/h/s
減速度(常用) 3.7 km/h/s
減速度(非常) 4.0 km/h/s
全長 20,725 mm
全幅 2,740 mm
全高 4,160 mm
車体 普通鋼
主電動機 直流直巻電動機
MB-3072-B 375 V
主電動機出力 145 kW×4
駆動方式 WNドライブ
歯車比 85:16 (5.31)
編成出力 580 kW(2両編成)
1,160 kW(4両編成)
制御装置 超多段式バーニア抵抗制御方式
VMC-HTB-20F, VMC-HTB-20A
制動装置 電磁直通空気ブレーキ
(発電ブレーキ併用、応荷重装置付)
直通予備ブレーキ
保安装置 南海型ATS
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非冷房・旧塗装時代の7000系
(1987年頃 浜寺公園駅)

南海7000系電車(なんかい7000けいでんしゃ)は、南海電気鉄道が1963年に製造を開始した一般車両[1](通勤形電車)。

本項ではマイナーチェンジ車に当たる7100系電車についても記載する。また、難波駅方先頭車の車両番号+F(Formation=編成の略)を編成名として表記する。

概要

南海本線の輸送力増強を図るため、1963年(昭和38年)から1968年(昭和43年)にかけて製造された20 m級片側4扉片開き・普通鋼製車体の高性能車である。1963年(昭和38年)から1968年(昭和43年)までの5年間に帝國車輛工業・近畿車輛・東急車輛製造(大阪製作所)で90両が製造された。

7000系は2015年(平成27年)時点で南海本線用車両として最も使用年数が長く、南海本線・空港線で2015年(平成27年)まで使用された。10000系と併結して特急「サザン」の自由席車両としても運行されていた。

2007年(平成19年)より廃車が開始され、2015年(平成27年)10月に運行を終了した。8000系の導入(2014年〈平成26年〉度までに52両)、2000系の南海本線転属、泉北高速鉄道3000系の南海への移籍により廃車が進み、残りの車両についても、2015年(平成27年)10月3日に実施された引退記念イベントをもって営業運転を終了しており[2]、同年10月8日より営業運転を開始した8300系への置き換えで全廃となった。

1969年(昭和44年)から1973年にかけて製造された7100系は7000系のマイナーチェンジ車で、側扉が両開きとなったが性能は7000系と同一である。

構造

車体

車体の基本スタイルは普通鋼製であること以外は前年から製造された高野線用6000系とほぼ同一で、1959年(昭和34年)から製造された1521系・2051系に準じる。1521系からの変更点は、前照灯が当初からシールドビーム2灯であること、窓が2段上昇窓であること、室内の換気装置がファンデリアに変更されていることなどである。製造時の車体塗装は2051系と同じ緑の濃淡のツートンカラーであった。

片側に幅1,200 mmの片開き扉が4箇所、側窓は2段上昇窓で幅780 mm(戸袋窓は幅880 mm)となっており、車体が普通鋼製となった以外は6000系に準じている[3]。

6000系がオールステンレスで導入されたのに対し、当系列は普通鋼で導入されているのは、オールステンレス車はまだ開発されたばかりで高価格であったことに加え、当時は南海本線の踏切事故が非常に多く、衝突事故に際して修繕を容易にするという目的もあったためである[注 1]。[要出典]

南海本線系統に運用されていた通勤形では唯一の片開き扉車両で、南海本線の主力車のひとつだった。片開き扉を採用する通勤形は南海では最後であり、日本の大手私鉄においては6000系および、京浜急行電鉄の800形と併せて、2010年代までまとまった車両数が在籍していた。

片開き扉は通勤形電車としては旧型の機構であり、両開き扉の普及にともない大規模で頻繁な乗降のある車両には不向きであることが判ってきた。本系列においては、両開き車と同等の広さを確保しているため、扉の開閉速度を速くすることで、開閉時間は両開きと大きな差はない。しかし、ドアエンジン装置の入手が困難になっているという問題がある。[要出典]

座席の長さや位置などの関係上、南海本線の車両では最も着席定員が多いものの、車椅子スペース設置などのバリアフリー対応はしていなかった。

主要機器

制御方式は抵抗制御だが、6000系と同じく超多段式バーニア制御器を採用し、スムーズで衝動の少ない乗り心地の良い加速を実現している。ただし、定格速度が高く設定されているので、弱め界磁制御の速度域までにノッチオフすると遮断までに電流の絞り込みを行わないため、衝動が大きい。主電動機はMB-3072-A、制御装置はVMC-LTB20A、駆動方式はWN駆動方式、歯車比は85:16 (5.31) で、これらの機器類は6000系と同様である[3]。

台車はミンデンドイツ式の空気ばね台車を採用しており、形式は電動台車がFS-355、付随台車がFS-055である[3]。基礎ブレーキ装置は両抱き式の踏面ブレーキである[3]。

初期車は600Vのみ対応の単電圧車であったが、1965年度以降の増備車は1500Vへの昇圧に備えた複電圧車となり、主電動機がMB-3072-B、制御装置がVMC-LHTB-20A(昇圧後はVMC-HTB-20A)、電動発電機がTDK-366-Aに変更されている[3]。1968年の増備車は新造時よりATS(自動列車停止装置)が搭載された[3]。

編成構成

登場当初は難波方からモハ7001形(Mc, 制御電動車)+クハ7901形(Tc、制御車)+モハ7001形(Mc)+サハ7801形(T、付随車)+モハ7001形(Mc)の5両編成であった。なお、将来6両運転を開始する時にはT車を新造した上でTc車をMc車に改造し、Mc+T+Mc編成2組で組成する計画であった。そのため、Tc車はパンタグラフの取付が容易にできる構造となっていた。

← 難波
和歌山港 →
形式 モハ
7001

(Mc1)
クハ
7901

(Tc)
+ モハ
7001

(Mc1)
サハ
7801

(T)
モハ
7001

(Mc2)
竣工
車両番号 70017901+700378017002 1963/10/25
70057902700778027006 1963/11/06
70097903701178037010 1963/11/06
70137904701578047014 1964/11/16
70177905701978057018 1964/11/26
70217906702378067022 1966/03/04

1966年(昭和41年)に6両運転を実施することになり、その際3M3Tの6両で走行テストを行った結果、性能上充分対応できることが判明したためTc車のMc車への改造は見送り、Mc+T+T+Mc+Mc+Tcで組成することとなった。6両編成へ組み替える時T車は番号の若い順から揃えられ、不足分は新造で補った。また、2両固定編成は難波方から和歌山市方に組成された。

形式 サハ
7801

(T)
竣工
車両番号 7807 1966/11/07
7808
7809
7810
7811
7812
← 難波
和歌山港 →
形式 モハ
7001

(Mc1)
サハ
7801

(T1)
サハ
7801

(T2)
モハ
7001

(Mc2)
竣工
車両番号 7025781378147026 1966/11/01
7029781578167030
7033781778187034 1967/11/02
7037781978207038 1967/11/27
7041782178227042
← 難波
和歌山港 →
形式 モハ
7001

(Mc1)
クハ
7901

(Tc)
竣工
車両番号 70277907 1966/11/01
70317908
70357909 1967/11/13
70397910
70437911 1967/11/27

7000系の最終製造年となった1968年(昭和43年)製造分は普通列車運用向けに4両固定編成のみ製造された[4]。

← 難波
和歌山港 →
形式 モハ
7001

(Mc1)
サハ
7801

(T1)
サハ
7801

(T2)
モハ
7001

(Mc2)
竣工
車両番号 7045782378247046 1968/03/25
7047782578267048 1968/08/27
7049782778287050 1968/09/02
7051782978307052 1968/09/24
7053783178327054 1968/09/17
7055783378347056 1968/10/02

改造工事

初期車の複電圧化改造

600V車として登場した初期車は1972年から1973年にかけて1500 Vへの昇圧準備に対応した複電圧化改造が行われ、主電動機がMB-3072-B、制御装置がVMC-LHTB-20A1(昇圧後はVMC-HTB-20A1)、電動発電機がTDK-366-Bに変更された[3]。

表示幕設置改造

1977年12月から翌年8月にかけて、4両(基本)編成のうち7001F・7005F・7009F・7021F・7051F・7053Fの6編成24両には、前面・側面に方向幕の設置工事を行っている。残りの編成には1983年からの冷房化と同時に方向幕の設置工事が行われた[5]。

冷房化・車体更新

1983年(昭和58年)から冷房化および車体更新を実施した。冷房装置は分散式のRPU-1510Rが1両あたり8基搭載され、集電装置も下枠交差式パンタグラフのPT-4803-A-Mに変更されている。

4両固定編成では補助電源装置が電動発電機 (MG) から静止形インバータ(SIV)に変更され、出力140 kVAのBS483-Kを和歌山市方Mc(制御電動車)のみ搭載した。またすべてのモーター(難波方Mc車4個と和歌山市方Mc車4個の合計8個)を難波方Mc車のみで制御するようになり(ユニット化)、制御装置は1C8M方式のVMC-HTB-20Fに変更されている[3]。2両固定編成では補助電源装置の電動発電機を出力75 kVAのTDK-3736-Aに変更し、クハ7901形に移設された[3]。

上記のユニット化により、4両固定編成に補助電源装置は1基のみの搭載とされた。これが故障した時のことを考慮し、営業運転時に4両固定編成を単独で使用することが一部を除いて制限されていた。同様の理由により9000系4両固定編成も単独運用が制限されている。

本系列はその後、実際に車両故障を起こしたため[要出典]営業運転での4両固定編成単独運用をとりやめ、2両固定編成か4両固定編成の本系列もしくは7100系と併結して、6両ないし8両で運用されるようになった。1994年(平成6年)ごろからは、8両運用を中心に7100系との混結編成が組成されるようになった。

旧塗装リバイバル車両

1992年(平成4年)までに全車両が現行塗装に変更されたが、南海創業120周年記念キャンペーンの一環として2005年(平成17年)10月1日より2006年(平成18年)7月4日まで7037Fと7027Fの6両が旧塗装である緑のツートンカラーの塗装に変更して運用された[注 2]。翌5日に千代田工場にて現行塗装に戻された。これらの車両はのちに、ほかの7000系と共通の運用となった。

2015年(平成27年)には、同社創業130周年を迎えることと同年9月末をめどに当系列が運行を終了することを記念し、当系列と特急サザン10000系の1編成ずつに上記のような「懐かしの緑色」が再塗装され、同年6月13日から8月31日までは130周年記念の、9月中は引退記念のヘッドマークを掲出して運行された[6]。当系列は約3ヶ月半での運行となるが、旧塗装が復活するのは9年ぶりのことであった。「サザン」のデビュー当時に準じた塗装は2016年(平成28年)3月まで運行されていた。「サザン」の旧塗装が施されるのは約20年ぶりのことであった[7]。上記のとおり、このリバイバル塗装編成が、本系列で最後に運行された車両となった。

運用

特急・急行・区間急行・準急行・普通車のほか、特急「サザン」の自由席車両として、4両固定編成の10000系と連結し、8両編成で走ることもあり、特急「ラピート」をのぞく全ての種別の運用につくことが可能だった。2両編成は過去に支線区(加太線・多奈川線・天王寺支線)での運用実績がある。

なお、千代田工場への送り込み・返却回送時には4両固定編成単独で運転されたこともある。そのほか、2両固定編成を2本連結した4両編成による営業運転もまれに行われており、この4両が特急「サザン」の自由席車両に用いられることもあった。

従来、基本的に普通車は4両編成で運用されていたため、車体更新後は主に急行などの優等列車に使用されていたが、1990年代からは6両編成で運転される普通車が増え(特に2005年(平成17年)11月のダイヤ改正以降)、本系列による普通車も多く見られるようになった。

廃車

7000系は車体が普通鋼製であり、海岸に近い所を走るため塩害による老朽化に悩まされていた。1980年代に大規模な更新工事を全車に施工することで一旦問題が解決されたが、関西国際空港連絡橋で海上を走行する空港線開業による同線への運用増加や、全編成が更新から20年経過(一部の車両は25年に達する)、製造からは40年が経過するなど、同車の老朽化が問題となっていた。

このため南海は、2007年(平成19年)8月ダイヤ改正で高野線から南海本線に2000系の一部の編成を転属させて普通車での運用を開始し、7001F・7005F・7015Fの3編成合計10両を置き換えた。これらの編成はすでに廃車されており、2007年(平成19年)10月までに解体が完了した。同年11月3日の「南海電車まつり」では、これら解体車両の部品が販売された。

さらにその後、8000系(2代)の導入により、2008年(平成20年)7月10日付で7009F・7013Fの計8両が廃車解体された。なお7013Fは基本編成で冷房化まで方向幕を装備しなかった編成として廃車となった最初の事例となった[8]。こちらも引き続き「南海電車まつり」で2編成からの解体部品が販売されている。

また2009年(平成21年)に入ると2連口としては7015F以来2年ぶりに同年5月18日付で7003F・7007Fの2本が、ほかに2010年(平成22年)1月29日付では4連口としては7029Fの1本の計8両が廃車・解体された[9]。これによって3形式すべてのトップナンバーが消滅した。

続いて2011年(平成23年)1月24日付で7023F・7039Fの2連2本、計4両が[10]、2012年(平成24年)4月23日付では7011F・7035Fの2連2本、さらに同年5月28日付でも7025Fの4連1本、計8両がそれぞれ廃車・解体された[11]。また2013年に入ると同年8月10日付で7041Fの4連1本、7027Fの2連1本が、加えて同年12月30日付で7033F・7047Fの4連2本、2度で計14両がそれぞれ廃車・解体された[12]。

以降も2008年(平成20年)3月に営業運転を開始した8000系や、その後継である8300系、さらには泉北高速鉄道より購入した3000系が増備されることにより、7000系の代替廃車を進めており[13]、2015年(平成27年)8月9日に現行塗装車と2連車が消滅した[14]。リバイバル塗装車の7037Fも、同年9月30日をもって営業運行を終了し、同年10月3日のさよなら運転をもって運用を終了した[15][16][2]。これにより、南海本線における片開き式扉の一般車両の運用が消滅した。

静態保存車

7000系静態保存車
(右:旧塗装、左:新塗装)

みさき公園内にある、2014年(平成26年)9月27日にオープンした「わくわく電車らんど」にて、2013年(平成25年)に廃車された7000系先頭車2両のカットボディが保存されている。1980年代 - 90年代の姿を再現した旧塗装(7033)と末期の姿の現塗装(7041)が展示され[17]、両車とも扉の開閉、パンタグラフと前照灯の操作、車掌マイクの扱いが可能となっていた。しかし、みさき公園は2020年(令和2年)3月31日で閉鎖されたため、現在は非公開となっている。

編成表

4両編成
← 難波
和歌山港・関西空港 →
形式
 ◇
◇ 

モハ
7001

(Mc1)

サハ
7801

(T1)

サハ
7801

(T2)

モハ
7001

(Mc2)
廃車 備考
搭載機器 CONTCPSIV
CP
車両番号 7001780178027002 2007/10/29
7005780378047006
7009780578067010 2008/07/10
7013780778087014
7017780978107018 2014/05/22
7021781178127022 2015/07/17
7025781378147026 2012/05/28
7029781578167030 2010/01/29
7033781778187034 2013/12/307033号はみさき公園にて保存
(旧塗装)
7037781978207038 2015/11/17復刻塗装
最後まで残った7000系
7041782178227042 2013/08/107041号はみさき公園にて保存
(新塗装)
7045782378247046 2015/06/26
704778257826704 2013/12/30
7049782778287050 2015/05/28
7051782978307052 2014/04/08
7053783178327054 2014/10/10
7055783378347056 2014/07/29
2両編成
← 難波
和歌山港・関西空港 →
形式
 ◇

モハ
7001

(Mc1)

クハ
7901

(Tc)
廃車 備考
搭載機器 CONT
CP
MG
車両番号 70037901 2009/05/18
70077902
70117903 2012/04/23
70157904 2007/10/29
70197905 2015/08/09
70237906 2011/01/24
70277907 2013/08/10
70317908 2015/07/27
70357909 2012/04/23
70397910 2011/01/24
70437911 2015/07/17
凡例
  • CONT:主制御器
  • MG:電動発電機
  • SIV:静止型インバータ
  • CP:空気圧縮機

7100系

南海7100系電車
南海7100系 初期更新車
(2018年8月 浜寺公園駅)
基本情報
製造所 近畿車輛
東急車輛製造
製造年 1969年 - 1973年
製造数 152両
主要諸元
編成 4両(28編成)
2両(20編成)
制御装置 超多段式バーニア抵抗制御方式
VMC-HTB-20A
備考 7000系と共通する点は省略
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本系列は1973年(昭和48年)の架線電圧1500 Vへの昇圧において、戦前から戦後まもない時期に製作された600 V専用の1201形・1551形・2001形・1501形を置き換えるべく、前述の7000系のマイナーチェンジ車として登場した。

本系列は乗降時分短縮のため客用ドアを両開きに変更し、客室側窓の開閉方法も操作性向上の観点から一段下降式に変更されており、その他台車など、細部の変更を行っている。側扉は幅1,300 mmの両開き、側窓は850 mm × 850 mmの1段下降窓を採用し、戸袋窓は廃止された[18]。台車はS形ミンデン台車に変更され、電動台車がFS-376、付随台車がFS-076となった[18]。

1969年(昭和44年)から1973年(昭和48年)にかけて近畿車輛・東急車輛製造[注 3]で152両が製造された[注 4]。この両数は2009年(平成21年)まで南海の車両史上最も多かった。[要出典]

2015年(平成27年)10月に7000系が引退したことにより片開きがなくなり本線を走る通勤車両は本系列を含めすべて両開きとなった。7100系は2015年の7000系引退後も南海本線・空港線・和歌山港線・加太線・多奈川線で現在も使用されており、引退前の7000系と同じく特急「サザン」の自由席車両として運行されることもある。

高野線に導入された6100系(現:6300系)は本系列のステンレス車体バージョンである。

1次車

1次車 (7101F - 7117F)はモハ7101形(Mc, 制御電動車)+サハ7851形(T, 付随車)+サハ7851形(T)+モハ7101形(Mc)の4両編成×9本が製造された[19]。このグループは非冷房で登場し、7000系登場時と同じく菱形パンタグラフを使用していた。一部の編成は落成後高野線に一時的に配属されていたことがあるが、これは6100系車両の導入予定年度が1969年(昭和44年)度になる予定であったものが、1970年(昭和45年)度にずれ込んだためである[20]。

後述の冷房化改造が施工された後は2次車以降と併結可能となったが、実際には改造済みの4両編成を分割の上、さらに別の4両編成と組成して6両編成で運用されることがほとんどであった[21](非冷房編成はそのまま4連で運用され、難波方先頭車への貫通幌も装着されなかった)。

方向幕は1978年(昭和53年)に同系4次車・6100系4次車・22000系3次車から取り外した前面のみのタイプを設置していたが、冷房化完了後の1983年(昭和58年)から1984年(昭和59年)にかけて側面にも設置して外観美を統一した[21]。1985年(昭和60年)より1次車を対象とした局部更新工事が開始されたものの施工は半数の18両にとどまった[21]。

7100系1次車は非冷房車だったが、後の車体更新の際に冷房装置を搭載した(ただし、7100系1次車は大掛かりな車体更新をしていない)。

1次車は更新工事が施工される時期に、当初の計画が見直され一部編成の廃車が始まった[22]。その際、4両編成×3本のうち1編成が2両ずつに分けられ、残りの2編成に振り分け6両固定編成となった。編成組替と同時に新塗装へ塗装変更されており、6100系(現:6300系)中間改造車と同様、編成中間に入る先頭車は帯の塗装を中間車に揃えて前面を無塗装にする処置がなされた。

2次車以降

1970年(昭和45年)から1973年(昭和48年)にかけて製造された2 - 6次車 (7121F - 7197F) は急行運用を中心に使用する目的で製造されたため、新製時より冷房を搭載している[20]。これらのグループは4両編成とモハ7101形 (Mc) +クハ7951形(Tc, 制御車)の2両編成が製造されている[19]。7100系2次車は登場当初から冷房車である。

方向幕は2・3次車は搭載していなかったが、1972年(昭和47年)製造の4次車は前面のみ付けられ、1973年(昭和48年)製造の5・6次車は側面にも方向幕を付けている[23](後に全車設置)。6次車は昇圧後の1973年(昭和48年)10月に竣工したため1500 V単電圧仕様となっている[23]。また、連結器のジャンパ栓(受)も3本から4本に増設されており、1次車とは区別が明確になった。

モハ7101形は製造過程で、当時非冷房だった1次車と区分するために7119と7120が欠番となった。またMc+T+T+McとMc+Tcの6両単位で作られたため、7124以降は4の倍数の車番が欠番。最終7197Fは2両組成のため7198も欠番になっている[20]。サハ7851形は製造過程で7898まで達し、これ以上増やすと7900台に入りクハ7901形と番号が重複するため7899と7900は欠番、形式より若い車番 (7843 - 7850) が振られた[24]。

改造

冷房化改造

1979年(昭和54年)から1982年(昭和57年)にかけて冷房化改造が行われ[23]、この際に下枠交差形パンタグラフに交換されている[21]。

更新工事

1989年(平成元年)より全編成を対象とした更新工事が行われており、側面綱体をブロック工法により取替、外板・屋根鋼板の全面張替、内張デコラの新調、床材の取替、種別・行先表示器の設置が行われた[21][23]。この時期に更新されたのは2次車以降の一部編成(4両編成の7133F・7137F・7153F、2両編成の7127F・7131F・7143F)のみで、1次車の更新は見送られた。主な特徴として、座席の長さが変更されておらず7000系と同じ小型の方向幕を採用している[注 5]。

1990年(平成2年)後半になると、従来の更新内容に加え排障器の設置[注 6]、乗務員室の車掌台側に仕切戸の設置、大型化された方向幕の設置、車椅子スペースの設置が新たに施された[26]。前頭部貫通扉への車番貼り付けは更新時には行われなかったが、新塗装が採用された後に随時貼り付けされた。

1992年(平成4年)3月19日からは、7173Fに青と橙色の帯を纏った新塗装が南海一般車において初めて施された。側面の「NANKAI」ロゴは過度期の旧デザインであったが、翌年1994年(平成6年)にCI導入で新たなデザインのロゴが採用されたため、同年4月2日出場の7151Fからは新ロゴが使用されている[27]。新ロゴは旧ロゴより横幅が狭くなったため、狭くなった分側面のストライプが延長されている。

ワンマン対応・局部更新工事

2000年(平成12年)より、各支線(加太線・多奈川線・和歌山港線)におけるワンマン運転が開始されることに向け、2両編成の一部にワンマン対応工事が施工された[22]。主な特徴として自動放送装置、車体横スピーカーが設置されている。

本線での使用も考慮してワンツーマン切替スイッチを設けている[26]。ワンマン改造されていない7100系や7000系との併結運転は可能である[22]が、営業運転は行われないため難波側の前面貫通幌が撤去されている。

2007年(平成19年)には、初期更新車の一部編成に車体の腐食防止策として局部更新工事が施された。更新内容は、外板の交換および再塗装のみで床板の交換や車椅子スペースや車掌台の仕切り戸の設置は行われていない。

標識灯LED化改造工事

2023年(令和5年)より一部編成において標識灯(列車識別灯)のLED化が開始された。最初の工事は7181Fで、2024年(令和6年)9月現在は10編成が改造済みとなっているがなんば側先頭車のみ改造されている編成が多い。同様の改造は6300系にも施工中である。

観光列車「めでたいでんしゃ」

めでたいでんしゃ「さち」

南海電鉄では2014年(平成26年)11月から加太線沿線の魅力を発信するプロジェクト「加太さかな線プロジェクト」を進めてきていたが、その一環として7100系ワンマン車1編成 (7187F)を、加太を代表する海の幸「鯛」をモチーフにした観光列車「めでたいでんしゃ」にリニューアルし、2016年(平成28年)4月29日より運行を開始した[28]。「めでたいでんしゃ」は「加太の鯛」と「淡嶋神社の縁結び」をイメージし[28]、乗るだけでおめでたい気分になる電車、ずっと乗っていたくなるような愛(め)でたくなるような電車、「おめでたい」と「愛でたい」が出会って生まれた電車をコンセプトにしている[29]。内装デザインは魚が車内を泳ぐイメージを表現し、優しさと温かみを感じる車内にした[28]。外装デザインは「加太の鯛」をイメージしたうろこ柄をシンプルに表現し[28]、ピンクを基調とした塗装に変更した[30]。

2017年(平成29年)10月7日から、2編成目となる水色の編成(7167F)が運行を開始した[31][32]。2018年(平成30年)3月3日から4月8日まで、一般公募で2列車の愛称が募集され4月26日に公表された[33][34]。それぞれの愛称はピンク色が「さち」、水色が「かい」に決定した。両者の名前を合わせると「海の幸」になり、加太沿線の豊かな海を表している。

また、2018年(平成30年)11月には南海電鉄HPより、「さち」「かい」が正式に結婚することが発表され、同月23日には加太駅構内で結婚イベント『めでたいウェディング』が開催された[35]。翌2019年(平成31年)1月26日には「さち」「かい」の2編成を連結し、『新婚旅行』と銘打って「めでたいでんしゃ」化後初となる難波駅への入線を果たした[36][37]。

2019年(平成31年)3月には2人の子供として赤色の編成(7197F)が登場することが発表され[38]、同年3月31日に営業運転を開始した[39]。同年7月25日、同編成は「なな」の愛称が与えられた。3編成の「めでたいでんしゃ」の愛称の頭文字を連ねると「さかな」となる[40]。同編成は2021年(令和3年)7月22日から12月末まで(予定)、コラボレーションによりすみっコぐらしのラッピングが追加されている[41]。

2021年(令和3年)8月には4編成目として黒色の編成(7195F)が登場することが発表され、「かしら」の愛称も同時に決定した。同編成は和歌山市出身のミュージシャン・HYDEとのコラボレーション企画として、車内にはHYDEのシルエットやロゴマークも施される[42]。同年9月17日に試乗会を行い、翌18日から営業運転を開始した。なお、「かしら」は「さち」の兄という設定になっている[43]。

旧塗装リバイバル車両

7100系リバイバル塗装車による特急「サザン」
(2025年2月)

2024年(令和6年)8月21日より、7100系4両編成×1本(7169F)がリバイバル復刻塗装となり運行を開始することが発表された[44][45]。なお、7100系がリバイバル塗装化されるのはこれが初である。しかし、車両運用の都合で1日前倒しの8月20日から運行開始、現行塗装編成との混色での初運用となった[45]。

運用

7000系と同じく南海本線・空港線で、空港特急「ラピート」以外の全種別の運用に就くことが可能であるが、先述したように7000系は4両編成単独で運用することがほぼなくなったため、4両編成で普通車に使用されることが多くなった。しかし2005年(平成17年)のダイヤ改正以後、全体的に6両編成の列車が増えたため本系列も6両編成を組成して、急行や区間急行に使用される機会が増えた。

従来、7000系と9000系のみが女性専用車両の対象であったが、2007年(平成19年)8月に実施されたダイヤ改正以降は7100系も対象に加わった。8両編成の運転では、2007年(平成19年)6月からモハ7101形偶数番号車が女性専用車両に設定されたため、8月11日のダイヤ変更以降、従来の7000系との併結による8両編成のほか、7100系単独での8両編成も組成されるようになった。[要出典]2009年(平成21年)4月時点では、一般的には7000系と連結して8両運転されることが多かったが(この場合、7000系の2両固定編成を2本連結した4両編成との連結時は難波方に、4両固定編成との連結時は和歌山市方に置かれる[注 7])、前述の7000系が廃車がされたために、7100系単独での6両・8両編成も組成されることが増えている。旧塗装の時代(7000系冷房化以前)では当時数少ない通勤冷房車だったために1000系(旧)とともにもっぱら6両編成で自由席特急や急行運用に就くことが多かった。

前述のワンマン運転に対応した編成は、加太線・多奈川線・和歌山港線で2200系・2000系とともに使用されるなど、多彩な運用を見せている。しかし、2005年(平成17年)のダイヤ改正で支線用ワンマン編成の運用が減ったため、一時期はワンマン編成の一部が本線でも運用されていた[46]。その際は、ワンマン機器が運行上の支障となる理由から必ず4両固定編成の中間(3・4号車)に組み込まれ6両編成となった状態で運転される[26]。

現在は8300系の導入により車歴の浅い7100系も置き換えが進んでいるが、6000系の置き換えを優先していること、10000系の置き換えが中断されていることから2024年(令和6年)現在においても半数以下が現役である。7100系は前述の局部更新工事を施工している車両が増加している。[要出典]なお、2012年(平成24年)度導入のATS-PNや防護無線は、原則的に全ての車両に設置している。2017年(平成29年)からは、空港線の需要に対応するため一部編成の乗務員室にタブレット式自動放送装置の設置が進められている。機器取り付けの際に、スペース確保のため助手席を撤去している。

廃車

更新開始直後の計画見直しや1000系の増備により、1次車は2003年(平成15年)7月までに全編成が廃車された[22]。廃車時には、編成単位で6両丸ごと廃車されるのではなく、6両編成から中ほどの2両を抜き取り廃車し、残った4両は改めて廃車する手法がほとんどの編成で取られていた。

1次車の廃車時に発生した台車は6100系の6300系化に活用されているほか[47]、制御装置などの各種機器も後年製造・改造されたさまざまな系列に流用されている。なお、電動発電機は水間鉄道1000形(1001編成)に流用された。また、前頭部のドアの車両番号表示は、この1次車のみ廃車まで打たれていなかった。

2000年(平成12年)に住ノ江車庫での事故で4両固定編成であった7161Fのうち、難波方2両が廃車になったが、2013年(平成25年)の時点でも4両編成×18本、2両編成×21本(7161Fの残存車含む)の114両が在籍し、南海で最大の車両数であった。

本線系統において、7100系は7000系についで使用年数が長く製造から50数年に達しており、更新後から数えてもやはり半数以上が30年以上に達している。こちらも徐々に老朽化が目立つようになり、特に窓に関しては、列車同士のすれ違いの際に大きな衝撃が発生することなどが問題となっている。[要出典]しかしながら製造時期・更新時期ともに7000系より若く、7000系の廃車を優先していることもあり、2003年(平成15年)の元非冷房車全廃後は、2014年(平成26年)まで車両数に変化はなかった。

その後、8300系が2015年(平成27年)10月8日に営業運転を開始したことに伴い、7100系も同年から一部の編成で廃車が発生している。増備等により徐々に廃車となり、在籍数を減らしつつある。2024年(令和6年)4月現在、4両編成×10本、2両編成×11本の62両にまで減少した[48]。2019年(令和元年)10月以降は、高野線6000系の置き換えへ移行しており、本系列の廃車はストップしている状態である。

事故による廃車

7101F(7102 - 7852)
1996年(平成8年)3月15日に下り区間急行として運用中に忠岡駅付近の踏切で立ち往生していた自動車と衝突し脱線[49]。6両編成(当時は編成組み換えで7103Fに組み込み)のうち大きく損傷した和歌山市側2両(7102 - 7852)が廃車となった。損傷の少なかった4両(7103F)は、中間に封じ込められていた7104を運転可能な状態に復元し4両編成で復帰した。7103Fは2代目1000系による置き換えが完了するまで運行された。
7161F(7161 - 7889)
2000年(平成12年)7月8日に住ノ江検車区内で暴走し制御不能となり、車止めに乗り上げ脱線した。4両編成のうち難波側2両(7161 - 7889)が損傷し翌年の2001年(平成13年)に廃車となり、残存車2両 (7890 - 7162) は本系列の7123F (7123 - 7951) の2両編成車を難波方に併結して4両編成で運用され、2005年(平成17年)のダイヤ改正以降は上記のワンマン編成 (7167Fもしくは7187F) を組み込んで6両編成となる場合もあり、普通から急行まで充当されていた。2012年(平成24年)4月のダイヤ改正前には自由席特急にも充当された。この変則編成 (7123 - 7951 - 7890 - 7162) は2015年(平成27年)12月9日付で廃車された[50]。
7185F(全車)
2017年(平成29年)10月22日に、同年発生した台風21号の影響で樽井駅 - 尾崎駅間の男里川橋梁の線路が陥没。橋梁に差し掛かろうとした当編成(下り普通車)が安全確認の下で橋梁を渡りきったが、通過の際に一時的に脱線し床下を破損したため運転中止となった[51][52]。この時期は7100系の置き換えが進んでいたため、修復を施すことなく4両全車が翌年の2018年(平成30年)2月付で廃車された。

モックアップ

大阪府高石市にある南海電鉄の鉄道研修センターにて、7100系1次車を模した先頭車モックアップが設置されており、社員研修や子供向け体験イベントなどで使用されている[53]。

編成表

4両編成
← 難波
和歌山港・関西空港 →
形式
 ◇

モハ
7101

(Mc1)

サハ
7851

(T1)

サハ
7851

(T2)
 ◇

モハ
7101

(Mc2)
竣工 次車区分 廃車 備考
搭載機器 CONT
CP
MGMGCONT
CP
車両番号 7101785178527102 1969/08/201次車1996/05/12
(7852 - 7102)
1999/11/05
(7101 - 7851)
7852 - 7102は
踏切事故により廃車
7103785378547104 1969/08/252003/06/19
7105785578567106 1969/08/281998/09/21
(7105 - 7855)
2003/06/21
(7856 - 7106)
7107785778587108 1969/09/041999/11/05
7109785978607110 1969/09/161998/09/21
(7860 - 7110)
2003/07/15
(7109 - 7859)
7111786178627112 1969/09/202000/05/31
7113786378647114 1969/09/012003/06/21
7115786578667116 1969/09/082000/05/31
(7866 - 7116)
2003/04/09
(7115 - 7865)
7117786778687118 1969/09/252002/04/19
(7117 - 7867)
2003/04/09
(7868 - 7118)
7121786978707122 1970/06/242次車7122のみ標識灯LED
7125787178727126 1970/07/042018/09/10
7129787378747130 1970/07/16
7133787578767134 1970/07/012019/06/26
7137787778787138 1970/07/09
7141787978807142 1971/06/182015/12/03
7145788178827146 1971/10/023次車2016/10/25
7149788378847150 1971/10/112017/10/04
7153788578867154 1972/06/09
7157788778887158 1972/06/194次車標識灯LED
7161788978907162 1972/06/232001/03/14
(7161 - 7889)
2015/12/08
(7890 - 7162)
7161 - 7889は
住ノ江車庫構内事故により廃車
7165789178927166 1972/06/30
7169789378947170 1973/05/26リバイバル塗装[45]
7173789578967174 1973/06/045次車2019/06/19
7177789778987178
7181784378447182
7185784578467186 2018/02/11男里川橋梁陥没により損傷、廃車
7189784778487190 1973/10/24
7193784978507194 1973/10/316次車2015/08/11
2両編成
← 難波・加太
和歌山港・関西空港・多奈川 →
形式
 ◇

モハ
7101

(Mc1)

クハ
7951

(Tc)
竣工 次車区分 廃車 備考
搭載機器 CONT
CP
MG
車両番号 71237951 1970/06/242次車2015/12/087890 - 7162と変則4両編成を組成
71277952 1970/07/042019/06/14
71317953 1970/07/09
71357954 1970/07/01
71397955 1970/7/192017/03/07
71437956 1971/10/023次車
71477957 1971/10/222017/03/07
71517958 1971/10/222016/08/30
71557959 1972/06/09
71597960 1972/06/194次車
71637961 1972/06/232019/06/14
71677962 1972/06/30めでたいでんしゃ「かい」
(2017/10/07)[48]
71717963 1973/05/262017/08/23
71757964 1973/06/045次車2016/08/30
71797965
71837966 2017/08/23
71877967 めでたいでんしゃ「さち」
(2016/04/29)[48]
71917968
71957969 1973/10/02めでたいでんしゃ「かしら」
(2021/09/18)[48]
71977970 1973/10/316次車めでたいでんしゃ「なな」
(2019/03/31)[48]
凡例
  • CONT:主制御器
  • MG:電動発電機
  • CP:空気圧縮機
  • 太字:初期更新車
  • 下線:ワンマン運転対応車

脚注

注釈 

  1. ↑ 1970年代半ばまで南海本線の高架区間は難波駅から天王寺支線との合流地点(天下茶屋駅の北側)までしかなく、地平を走行する区間がほとんどだったためである。
  2. ↑ この編成の運行予定は、登場当初より2005年(平成17年)12月31日まで南海電気鉄道の公式ホームページに掲載されていた。
  3. ↑ 東急車輛製の7100系は、1970年(昭和45年)までは大阪製作所で製造されたが、1971年(昭和46年)に大阪製作所での鉄道車両の製造をやめたため、1971年(昭和46年)以降は横浜製作所で製造された。
  4. ↑ 本系列の製造終了以後、2015年(平成27年)に登場した8300系まで近畿車輛への発注はなく、東急車輛 (現:総合車両製作所) に一本化されていた。
  5. ↑ 改造当初は白地の幕を継続して使用していた。後に黒地の幕に交換されているが、枠のサイズは変化していない。
  6. ↑ これについては初期の更新車も後に取付[25]。
  7. ↑ 7000系の4両固定編成を和歌山市方に置いた連結も可能であるが、制御関係からこの編成は実現していない。

出典

  1. ↑ 現在の車両:鉄道博物館 - 南海電気鉄道(2021年3月16日時点でのアーカイブ)
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  3. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 堂野和幸「南海電気鉄道 現有車両プロフィール2008」-『鉄道ピクトリアル』2008年8月臨時増刊号、P.247
  4. ↑ 『車両発達史シリーズ 6 南海電気鉄道 下巻』、PP.60-61
  5. ↑ 「私鉄車両めぐり」-『鉄道ピクトリアル』1995年12月臨時増刊号、P.230
  6. ↑ 「南海7000系7037編成の先頭車ヘッドマークが変更される」-『railf.jp(鉄道ニュース)』、交友社(2015年9月2日)
  7. ↑ 【南海】創業130周年&さようなら7000系記念企画 「懐かしの緑色」の特急サザンを運行します (PDF) - 南海電気鉄道(2015年5月11日)
  8. ↑ 「車両データバンク」-『鉄道ファン』2009年9月号特別付録「大手私鉄車両ファイル 2009」(その項目内には「サハ7807・7808は近畿府県合同防災訓練実行委員会へ、同年8月9日付で車体のみ無償譲渡(同年度近畿府県合同防災訓練で使用)」との記事も別途記載されている。)
  9. ↑ 「車両データバンク」-『鉄道ファン』2010年9月号特別付録「大手私鉄車両ファイル 2010」
  10. ↑ 「車両データバンク」-『鉄道ファン』2011年9月号特別付録「大手私鉄車両ファイル 2011」
  11. ↑ 「車両データバンク」-『鉄道ファン』2013年8月号特別付録「大手私鉄車両ファイル」
  12. ↑ 「車両データバンク」-『鉄道ファン』2014年8月号特別付録「大手私鉄車両ファイル」(ただし7041号車については保留との記載あり。)
  13. ↑ 福原栄二「特集:南海電気鉄道 車両総説」-『鉄道ピクトリアル』2008年8月臨時増刊号、P.48
  14. ↑ 「南海7000系現行塗装車が消滅へ」-『railf.jp(鉄道ニュース)』、交友社(2015年8月10日)
  15. ↑ 「さようなら7000系 最後の懐かしの緑色サザン8両編成に乗って住之江車庫で撮影しよう!」 (PDF) - 南海電気鉄道(2015年9月8日)
  16. ↑ 南海電鉄創業130周年&さようなら7000系記念企画 - 南海電気鉄道(2015年5月18日時点でのアーカイブ)
  17. ↑ 「【南海】みさき公園に「わくわく電車らんど」が開館」-『鉄道ホビダス(鉄道投稿情報局)』、ネコ・パブリッシング(2014年9月29日)
  18. 1 2 堂野和幸「南海電気鉄道 現有車両プロフィール2008」『鉄道ピクトリアル』2008年8月臨時増刊号、p.248
  19. 1 2 「南海電気鉄道 現有車両プロフィール」-『鉄道ピクトリアル』2008年8月臨時増刊号、P.248
  20. 1 2 3 『車両発達史シリーズ 6 南海電気鉄道 下巻』、P.62
  21. 1 2 3 4 5 「私鉄車両めぐり」-『鉄道ピクトリアル』1995年12月臨時増刊号、P.232
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  25. ↑ 「南海電気鉄道 車両履歴」-『鉄道ピクトリアル』2008年8月臨時増刊号、PP.283-285
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  28. 1 2 3 4 4月29日(金・祝)加太さかな線に観光列車がデビュー! 「めでたいでんしゃが泳ぎだす」 (PDF) - 南海電気鉄道(2016年2月25日)
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  34. ↑ 「『めでたいでんしゃ』おなまえ募集」結果発表 「めでたいでんしゃ」のなまえが決定しました (PDF) - 南海電気鉄道(2018年4月26日)
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  36. ↑ めでたいでんしゃ「さち」と「かい」が新婚旅行に出発!両列車が初めて連結し、南海本線を泳ぎます (PDF) - 南海電気鉄道(2019年1月11日)
  37. ↑ 「南海「めでたいでんしゃ」が難波まで入線」-『railf.jp(鉄道ニュース)』、交友社(2019年1月27日)
  38. ↑ 新たな「めでたいでんしゃ」が今春誕生! (PDF) - 南海電気鉄道(2019年2月7日)
  39. ↑ 「南海で新しい「めでたい電車」の運転開始」-『railf.jp(鉄道ニュース)』、交友社(2019年4月1日)
  40. ↑ 「めでたいでんしゃ」 (こども) の名前が決定しました! (PDF) - 南海電気鉄道(2019年7月25日)
  41. ↑ 「南海沿線なんかいいね すみっコぐらしめぐりたいキャンペーン」7月22日(木・祝)から実施 (PDF) - 南海電気鉄道(2021年7月7日)
  42. ↑ 〜HYDE×新めでたいでんしゃ〜 「めでたいでんしゃ かしら」が加太さかな線を泳ぎます♪ (PDF) - 南海電気鉄道(2021年7月28日)
  43. ↑ めでたいでんしゃストーリー - 南海電気鉄道(2021年9月19日閲覧)
  44. ↑ 運行開始から55周年を迎える“7100系車両”が 1992年以前の復元塗装で運行します (PDF) - 南海電気鉄道(2024年7月18日)
  45. 1 2 3 「復元塗装となった南海7100系が営業運転を開始」-『railf.jp(鉄道ニュース)』、交友社(2024年8月23日)
  46. ↑ 「南海電気鉄道 列車運転の興味」-『鉄道ピクトリアル』2008年8月臨時増刊号、P.207
  47. ↑ 「車両総説」-『鉄道ピクトリアル』2008年8月臨時増刊号、P.50
  48. 1 2 3 4 5 ジェー・アール・アール(編)『私鉄車両編成表2024』、P.162、交通新聞社(2024年7月11日、ISBN 978-4-330-03424-9)
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  50. ↑ 「車両データバンク」-『鉄道ファン』2016年8月号特別付録「大手私鉄車両ファイル2016」
  51. ↑ 「大阪の南海線で線路曲がる 台風21号、乗客3人が軽傷」-『産経フォト』、産業経済新聞社(2017年10月22日、2021年10月23日時点でのアーカイブ)
  52. ↑ 南海電気鉄道株式会社 南海本線 列車脱線事故(平成29年10月22日発生) (PDF) - 運輸安全委員会(2019年1月)
  53. ↑ その他鉄道施設 - 南海ロケーションサービス(2021年7月29日時点でのアーカイブ)

参考文献

関連項目