| 古 龍 | |
|---|---|
| プロフィール | |
| 出生: |
1938年6月7日 (1937年生まれの説もあり) |
| 死去: | 1985年9月21日 |
| 出身地: | 香港 |
| 職業: | 小説家 |
| 各種表記 | |
| 繁体字: | 古龍 |
| 簡体字: | 古龙 |
| 拼音: | Gŭ Lóng |
| 和名表記: | こ りゅう |
| 発音転記: | グー ロン |
古 龍(ク・ルン、1938年6月7日 - 1985年9月21日)は、台湾の武俠小説作家。本名は熊 耀華。金庸、梁羽生と並んで新派武俠小説の三大家と称される。生年については1938年と言われているが、1936年とする説もある(戸籍上は1941年)[1]。出身地は香港[1]。後に台湾へ移住。没年は1985年9月21日。
酒を呑まない日はなかったと言われるほど酒を愛し、金遣いも相当に派手。毎日のように友人を招いては散財していた。金がなくなると原稿料を前借し、それを一日で使い切ったなど、豪快な逸話が多い。身長154cmという小柄かつ肥満な体格で、「猪八戒」という渾名で呼ばれることもあった。女性関係についても4度の結婚をしており、各作品の影には1人ずつの女性がいるなどと言われるほど。
「小説を書くのは金のため」と公言してはばからず、もともと小説を書き始めた原因は大学時代に生活費を稼ぐためだった。同じく武俠小説家の金庸とは異なり、作品の権利を売却したり借金の担保にしたり、また名義貸し、代作もさせていた。そのため、日本語訳については1つの会社で扱うことはできず、小学館やコーエーなど複数の会社から出版されている。
古龍名義で出版された小説は160ほどあると言われるが、古龍自身が手がけた作品は60あまりだと言われる。これが原因で、古龍の死後に著作権料を巡るトラブルが多数発生しており、映画会社や出版社のみならず、最初の妻である鄭月霞との間に儲けた長男・鄭小龍と、3番目の妻である梅宝珠との間に儲けた三男・熊正達ら親族間でも裁判が起こる結果となった(後に和解)。
主人公の成長を描く金庸に対し、古龍の描く作品では主人公は物語が始まった時点で人格・武術ともに完成しているものが多い。さらに言えば、主人公たちの過去も明らかでないことが多く、彼らがどういう修行をしたのか、少年時代はどういう人物だったのかなども語られることは少ない。さらに比較すれば、主人公とヒロインと成長と恋愛を描く金庸に対し、古龍は男女の恋愛よりむしろ男同士の友情を描く傾向にある。特に「友達」には独特の重みが加えられており、主人公には頼りになる友達がいることが多い。
ただし、この傾向は1960年代後半以降の中期作品に見られるものであり、初期の『蒼穹神剣』から中期の『名剣風流』『浣花洗剣録』頃までの作品においては、「成長していく主人公」などのいわゆるオーソドックスな武俠小説のスタイルを踏襲した作風がほとんどである。完成した人格の主人公、頼りになる相棒、男同士の友情といった、いわゆる中期以降の古龍作品のテンプレートともいうべきスタイルは、1966年に発表された『武林外史』がその雛形とされる。主人公である沈浪、相棒の熊猫児、ヒロインの朱七七といったキャラクター達の造形は、楚留香や小李飛刀、陸小鳳シリーズ等の古龍作品にも踏襲されている。
文体についてはかなり特徴があり、カメラを意識したような視覚的なものとなっている。また、地の文や人物の台詞で「人間ってものは…」、「つまり女ってのは…」と大上段なテーゼが語られ、それがハードボイルドな魅力となっている。中国では、この台詞などを抜き出して、古龍箴言集までが出版されている。
当時の台湾の政情も起因してか、古龍の作品には具体的な事件や人物が挙げられることが少ないとされる。登場人物はほぼ全員が架空の人物であるが、それゆえに癖のある魅力的な人物が多数登場し「香港の金庸、台湾の古龍」と呼ばれるほどの人気を呼んだ。
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