吉田篤史

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吉田 篤史
横浜ベイスターズでのコーチ時代
(2011年8月28日)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 新潟県新潟市
(生まれは東京都豊島区)
生年月日 (1970-09-29) 1970年9月29日(54歳)
身長
体重
177 cm
86 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1991年 ドラフト1位
初出場 1992年5月1日
最終出場 2002年10月18日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
監督・コーチ歴

吉田 篤史(よしだ あつし、1970年9月29日 - )は、東京都豊島区生まれ、新潟県新潟市出身の元プロ野球選手(投手)、野球指導者、野球監督。

来歴・人物

現役時代

出生地は東京都豊島区。小学校時代に新潟県新潟市へ移住。日本文理高校卒業後、ヤマハに入社。

1990年には都市対抗野球大会で優勝に貢献、胴上げ投手となり、橋戸賞、若獅子賞を獲得した。

1991年もチームを都市対抗野球大会に導く活躍が認められ、複数のプロ球団から注目を集めた。1991年度ドラフト会議にて千葉ロッテマリーンズから1位指名を受けて入団。吉田の1位指名は、新潟県出身[注釈 1]・在住かつ新潟県内の高校出身者としては史上初のことだった。[要出典]

1992年は、規定投球回未満(119回1/3)ながら21試合に登板して7勝9敗、防御率4.07の成績をマーク。。

1993年からは右肩や肘の故障などに悩まされ、2年間で登板は9試合にとどまった。

1995年は1A・バイセイリア・オークスに野球留学した。同年は主に中継ぎとして25試合に登板。1勝1S、防御率1.00の好成績を挙げて復活を遂げ、以後ロッテの中継ぎエースとして活躍する。

2000年以降は、ローテーションの谷間の先発や敗戦処理など、場面を問わず登板するケースがしばしばあった。

2003年4月、橋本武広との交換トレードで阪神タイガースへ移籍。しかし移籍直後、二軍調整中に右脹脛痛を発症し、戦線を離脱。

2004年10月6日に戦力外通告を受け[1]、現役を引退。

指導者時代

折りしも、ロッテ時代から兄貴分として慕っていた牛島和彦が、翌2005年から横浜ベイスターズの監督に就任することになり、本人直々のオファーを受けて一軍投手コーチとして入閣。吉田はリリーバーの経験が長かったことから、ブルペン担当としてリリーフ陣の指揮を執った。

2006年シーズン限りで牛島は監督を辞任したが吉田は横浜に残り、同年秋から同球団ファームの湘南シーレックス投手コーチに就任した。

2008年6月26日、低迷する投手陣の立て直しのために、二軍投手コーチでありながら一軍に帯同することになった。

2009年からは再び二軍投手コーチを務めた。

2011年は一軍投手コーチを務めたがチーム防御率リーグ最下位と低迷し、同年11月22日に来季の契約を結ばないことが発表された[2]。

2012年はベースボール・チャレンジ・リーグ・信濃グランセローズの投手コーチを務めたが[3]、同年限りで退団した[4]。信濃退団後はセンスアップ+スポーツアカデミーにて、牛島和彦らと共に野球指導に携わる。

2014年10月14日にオリックス・バファローズの二軍投手コーチに就任することが発表された[5]。2シーズン務め、2016年をもって退団[6]。

2017年は、BASEBALL FIRST LEAGUEに新発足した和歌山ファイティングバーズの投手コーチを務め[7]、11月30日付で契約満了により和歌山コーチを退任。球団発表に付されたコメントで「自分自身の将来も見据えた新しい道を歩む決断」をしたとコメントしている[8]。

2018年、2019年と社会人クラブチーム・郡山アスレチックスBCの監督を務めた[9]。

2020年1月14日、四国アイランドリーグplus・徳島インディゴソックスの監督に就任することが発表された[10]。就任初年度の2020年にリーグ優勝を達成[11]。徳島で過去にリーグ優勝を達成した監督(斉藤浩行・島田直也・養父鐵・牧野塁)はいずれもその時点でNPBでの指導歴がなく、NPB指導歴のある監督として徳島で優勝を達成したのは吉田が初である。

2021年は連覇(チームとしては3連覇)を逃したが、NPBドラフト会議では在任中に2年連続して指名者(育成選手を含む)をチームから出した [12][13]。シーズン終了後の10月18日に退任が発表された[13][14]。

2022年1月5日、日本海オセアンリーグの福井ネクサスエレファンツでヘッドコーチ兼投手コーチに就任することが発表された[15]。シーズン開幕後の4月24日、監督の南渕時高が体調不良で休養を球団に申し入れたため、監督代行に就任した[16]。南渕の監督契約は5月31日に解除されたが、吉田の肩書きは引き続き「監督代行」となっている[17]。

6月29日、福井球団は監督代行の吉田が「体調不良による休養」を申し出たと発表した(野手コーチの早坂圭介が休養期間中の代行を務める)[18]。7月29日に、球団と双方の合意の上で契約解除となったことが発表された[19]。

2023年は、マツゲン箕島硬式野球部で投手コーチを務めていた。

詳細情報

年度別投手成績

年

度
球

団
登

板
先

発
完

投
完

封
無
四
球
勝

利
敗

戦
セ
丨
ブ
ホ
丨
ル
ド
勝

率
打

者
投
球
回
被
安
打
被
本
塁
打
与
四
球
敬

遠
与
死
球
奪
三
振
暴

投
ボ
丨
ク
失

点
自
責
点
防
御
率
W
H
I
P
1992 ロッテ 2119420790--.438510119.1108125103843058544.071.33
1993 75000050--.00010622.23171100191021187.151.85
1994 21000000------266.070200500446.001.50
1995 250000101--1.00014936.025217213200541.001.17
1996 270000230--.40020345.24463100291028285.521.64
1997 410000532--.62525063.14512440344014111.561.09
1998 170000033--.0008717.2264930130115157.641.98
1999 290000120--.33314334.1332110021111092.361.28
2000 3912000780--.46738291.097102602463043414.051.35
2001 442000340--.42924358.14852610311021203.091.27
2002 400000000------17742.14161811221017163.401.39
通算:11年 2923942026376--.4132276536.2505552261173361522362203.691.36

記録

背番号

  • 21 (1992年 - 1995年開幕直前)
  • 0 (1995年開幕直前[注釈 2] - 1996年)
  • 13 (1997年 - 2003年途中)
  • 34 (2003年途中 - 2004年)
  • 74 (2005年 - 2012年、2022年)
  • 73 (2015年 - 2017年、2020年 - 2021年)

脚注

注釈

  1. ↑ 前述の通り、生まれは東京都である。
  2. ↑ 当初4番を与えられたフリオ・フランコが21番を希望したための変更。同時に丹波健二が12番から4番に変更となった。

出典

  1. ↑ 「阪神が4投手に戦力外通告」『読売新聞』(縮刷・関東版) 2004年(平成16年)10月7日付朝刊、22面(スポーツ面)。
  2. ↑ “横浜:尾花監督2年目で解任、「来季も戦いたかった」”. カナロコ (2011年11月22日). 2011年11月22日閲覧。
  3. ↑ “新コーチ発表”. 信濃グランセローズ (2011年12月21日). 2011年12月21日閲覧。
  4. ↑ “吉田コーチ退任のお知らせ”. 信濃グランセローズ (2012年11月20日). 2012年11月20日閲覧。
  5. ↑ “二軍コーチングスタッフ決定のお知らせ”. 2014年10月14日閲覧。
  6. ↑ オリックスが吉田篤史二軍投手コーチの退団を発表 フルカウント
  7. ↑ 選手20人ら入団決まる 和歌山FB
  8. ↑ トピックス - 和歌山ファイティングバーズ
  9. ↑ 高田博史 (2020年1月20日). “【四国リーグ】徳島インディゴソックス、吉田篤史新監督就任。色紙に記した新監督の心意気”. 個人 - Yahoo!ニュース 2020年1月22日閲覧。
  10. ↑ 徳島IS 新監督 『吉田 篤史』氏 就任のお知らせ - 四国アイランドリーグニュースリリース(2020年1月14日)
  11. ↑ “インディゴ、2年連続V”. 徳島新聞. (2020年10月24日) 2020年10月24日閲覧。
  12. ↑ 広尾晃 (2021年10月9日). “《ドラフト隠し玉候補》“盗塁成功率.821の走り屋”と“鉄砲肩の19歳捕手”が独立L徳島に…「甲斐選手のように育成でも」”. Sports Graphic Numberweb. 2021年10月9日閲覧。
  13. 1 2 “インディゴソックス・吉田監督が退任”. 徳島新聞. (2021年10月18日) 2021年10月18日閲覧。
  14. ↑ 徳島IS 吉田 篤史監督 退任のお知らせ - 四国アイランドリーグplusニュースリリース(2021年10月18日)2021年10月20日閲覧。
  15. ↑ ヘッドコーチ兼投手コーチ就任のお知らせ - 日本海オセアンリーグ(2022年1月5日)2022年1月5日閲覧。
  16. ↑ 福井ネクサスエレファンツ [@nexuselephants] (2022年4月24日). "【監督 南渕時高の休養と監督代行について】". X(旧Twitter)より2022年4月24日閲覧。
  17. ↑ 監督契約解除について - 日本海オセアンリーグ(2022年5月31日)2022年6月7日閲覧。
  18. ↑ 「吉田篤史 監督代行の休養」及び「今後の監督代行のお知らせ」 - 福井ネクサスエレファンツ(2022年6月29日)2022年7月8日閲覧。
  19. ↑ 「ヘッドコーチ兼投手コーチ 契約解除のお知らせ」 - 福井ネクサスエレファンツ(2022年7月29日)2022年8月11日閲覧。

関連項目

外部リンク