名電築港駅

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名電築港駅 *
東築線側から見た名電築港駅(2019年5月)
めいでんちっこう
Meiden-Chikkō
所在地 名古屋市港区大江町
北緯35度5分29.2秒 東経136度54分7.4秒 / 北緯35.091444度 東経136.902056度 / 35.091444; 136.902056座標: 北緯35度5分29.2秒 東経136度54分7.4秒 / 北緯35.091444度 東経136.902056度 / 35.091444; 136.902056
所属事業者 名古屋鉄道
名古屋臨海鉄道
駅構造 地上駅
開業年月日 1924年(大正13年)1月15日
乗入路線 2 路線
所属路線 築港線
キロ程 1.1 km(大江起点)
◄TA03 大江 (1.1 km)
(0.4 km) 東名古屋港 CH01►
所属路線 東築線
キロ程 1.3 km(東港起点)
◄東港 (1.3 km)
備考 貨物専用駅
* 1924年 東六号駅として開業
1932年 - 1935年 愛電築港駅
1935年 - 1939年 名電築港駅
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名電築港駅(めいでんちっこうえき)は、愛知県名古屋市港区大江町にある名古屋鉄道(名鉄)、名古屋臨海鉄道の貨物駅である。名鉄側からは名電築港信号場と称されることがある[1][注釈 1]。現在、当駅は「臨時車扱貨物取り扱い駅」となっているが定期列車の発着はなく、専ら東名古屋港駅発着の甲種輸送の経由駅として用いられている。

歴史

名古屋臨海鉄道が開業する以前は七号地・八号地・九号地まで及ぶ愛知県営鉄道の側線(後の昭和町駅・船見町駅・汐見町駅に相当)が当駅の構内の扱いであったため、七号地の東亞合成・矢作工業、八号地の協同飼料・伊勢湾海運、九号地の日本石油・昭和石油・日本鉱業・ゼネラル物産などへの専用線が当駅所管となっていた[3]。しかし1965年(昭和40年)にこれらの側線は名古屋臨海鉄道として分離・開業したため当駅所管の専用線は全て廃止となった。名古屋臨海鉄道が開業する以前は七号地・八号地・九号地に発着する貨物は全て当駅を経由して輸送していたが[注釈 2]、名古屋臨海鉄道東港線が開業したことで当駅を経由する貨物は名古屋鉄道線内に発着する貨物に限られるようになった[注釈 3]。

なお当駅北側に東洋レーヨン名古屋事業所第1工場への専用線が、東築線の踏切を挟んだ東港駅側からも東洋レーヨン名古屋事業所第2工場への専用線が伸びていたが、国鉄の書類上では東名古屋港駅所管の専用線であり名電築港駅所管とはなっていなかった。東洋レーヨン第1工場の線路は1970年代前半までに撤去されたが、第2工場への線路は当駅が貨物営業を廃止するまで残っていた。製造品である衣料・産業用ナイロンの原材料のヘキサメチレンジアミンやアジピン酸が到着していた。

駅構造

名鉄築港線と名臨鉄東築線との交点はほぼ90度の平面交差(ダイヤモンドクロッシング)の箇所があるが、当駅の敷地はこの箇所を含めた北側一帯である。駅構内の線路の終点はこの平面交差から北へ約500 m付近まで延びている。

平面交差のため築港線から当駅の敷地へは直接入れない。当駅の終点部から東名古屋港駅へ向かう引込線があり、大江駅方面からの車輌は一旦東名古屋港駅へ向かい、スイッチバックで引込線に入ることとなる。

敷地内の線路は築港線の線路を除いて電化されておらず、電車を留置することはできない。

1984年(昭和59年)に名古屋鉄道築港線は貨物営業を廃止しており、貨物駅であるが定期貨物列車の設定はない。しかし、名古屋臨海鉄道東築線から東港線を経由し、JR東海道本線 笠寺駅へ接続されていることから、車両・資材の搬入や廃棄車両の搬出、車両の輸出などの車扱貨物の中継駅として重要な駅である。また名古屋鉄道で廃車となった車両は当駅まで回送され、解体・搬出が行われる。

配線図

名電築港駅 構内配線略図
←
名鉄
東名古屋港駅
名電築港駅 構内配線略図 →
名鉄大江駅
↓ 名臨鉄東港駅
凡例
出典:[2]


車両・資材の搬入例

名古屋鉄道の車両の搬入例として、日本車輌製造豊川製作所からの場合を挙げる[7]

日本車輌製造豊川製作所 - (日本車輌製造専用線) - 豊川駅 - (飯田線) - 豊橋駅 - (東海道本線) - 笠寺駅 - (名古屋臨海鉄道東港線) - 東港駅 - (名古屋臨海鉄道東築線平面交差経由) - 名電築港駅 - (名鉄築港線引込線) - 東名古屋港駅 - (名鉄築港線平面交差経由) - 大江駅

駅周辺

隣の駅

名古屋鉄道
CH 築港線
大江駅 - 名電築港駅 - 東名古屋港駅
名古屋臨海鉄道
東築線
東港駅 - 名電築港駅

脚注

注釈

  1. ↑ 配線図上では「名電築港(信)」と記され、舞木信号場や五郎丸信号場などと同様の扱いとなっている[2]。
  2. ↑ 例えば九号地から国鉄線内に物資を輸送するには、九号地→名電築港駅→(名鉄線経由)→熱田駅→国鉄線というようなルートが用いられた。
  3. ↑ 九号地から国鉄線内に物資を輸送するには、汐見町駅(九号地)→東港駅→笠寺駅→国鉄線のようなルートを使用するようになったため、当駅を経由する必要がなくなった。

出典

  1. ↑ 柴田東吾「鉄道趣味から見た信号場 -信号場こもごも-」『鉄道ピクトリアル』第882巻、電気車研究会、2013年11月、72頁。
  2. 1 2 電気車研究会、『鉄道ピクトリアル』通巻第816号 2009年3月 臨時増刊号 「特集 - 名古屋鉄道」、巻末折込「名古屋鉄道 配線略図」
  3. ↑ 日本国有鉄道貨物局『昭和39年度版 専用線一覧表』(『鉄道公報』付録)、1964年。
  4. 1 2 3 4 今尾恵介(監修)『日本鉄道旅行地図帳』 7号、新潮社、2008年、47頁。ISBN 978-4107900258。
  5. ↑ 鉄道省監督局「地方鉄道、軌道事業の現況並に異動」『電気協会雑誌』第205号、日本電気協会、1939年1月、附録2頁。(国立国会図書館デジタルコレクション)
  6. ↑ 名古屋鉄道広報宣伝部(編)『名古屋鉄道百年史』名古屋鉄道、1994年、340頁。
  7. ↑ 白井良和「名古屋市交通局7000系の出場回送」『RAIL FAN』第50巻第2号、鉄道友の会、2003年2月1日、11頁。

関連項目