塚本浩二

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塚本 浩二
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大阪府大阪市
生年月日 (1982-01-18) 1982年1月18日(44歳)
身長
体重
180 cm
81 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り NPB / 2008年 育成選手ドラフト2位
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
YouTube
チャンネル
活動期間 2020年1月8日 -
(登録日は2019年12月18日)
ジャンル 野球
登録者数 1920人
総再生回数 91,898回
チャンネル登録者数・総再生回数は
2025年1月19日時点。
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塚本 浩二(つかもと こうじ、1982年1月18日 - )は、大阪府大阪市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。

経歴

プロ入り前

大阪府立豊中高等学校を卒業し、神戸大学発達科学部へ進学。学生時代には、家庭科の教員免許を取得している。近畿学生野球連盟のリーグで通算49試合に登板し21勝16敗。敢闘賞を3度受賞。大学野球部の先輩に平山勝雄がいる[1]。

大学卒業後、社会人のワイテックに入りアンダースローに転向[2]。ワイテックへの入社は自ら売り込んでのもので、半年で工場の現場作業から事務職に異動になったという[3]。だが、独立リーグからNPBへの可能性を賭け、慰留を振り切る形でワイテックを退社、四国アイランドリーグ(2008年より「四国・九州アイランドリーグ」)のトライアウトを受験して合格した[3]。

香川時代

2006年より香川オリーブガイナーズに入団。2007年から先発ローテーションの一角を占める。2008年1月から3月まで、四国・九州アイランドリーグとオーストラリア野球連盟の交流の一環でオーストラリア・アマチュアリーグに派遣され、所属したサーファーズ・パラダイス・ベースボールクラブでは先発の柱として活躍[4]。帰国後は、松尾晃雅が抜けた後を埋める形でエースとなり[5]、14勝3敗1セーブ、防御率1.26(リーグ2位)の好成績を収め、年間MVPに選ばれた[3][6]。香川時代の塚本について、高知ファイティングドッグスで対戦した梶田宙は引退後に、「ストレートは130キロちょっとだったけど、下手からくるんで、実際にはもっと速く見えましたよ」と述べ、印象の強かった選手に挙げている[7]。

同年のドラフト会議で東京ヤクルトスワローズから育成選手として指名された。神戸大学出身者がNPBから指名を受けるのは、育成選手も含めて初めてのことである[8][3]。そのことに関連して、塚本自身は、大学から直接の入団ではないためNPB入りがOBの中で英雄視されるようなことはなかったと述べている[3]。

ヤクルト時代

2009年、春季キャンプから一軍でスタートし、練習試合等でも好投したが、シーズン開幕時には二軍となり、終了まで支配下登録には至らなかった。二軍での成績は10試合に登板、22 1/3回を投げ、1勝1敗、防御率6.04であった。

ヤクルト時代は、異質な経歴や年齢から、周囲の選手とは馴染みにくかったという[3]。

2010年10月3日に戦力外通告を受け、10月29日に自由契約選手公示がなされた。

ヤクルト退団後

2011年1月にアリゾナ州でおこなわれたウィンターリーグトライアウトに参加し、その結果3月14日にアメリカの独立リーグであるノース・アメリカン・リーグに属するチコ・アウトローズと契約した[9]。5月にキャンプに合流したがロースターに入ることができず、5月18日に解雇された[10][3]。その後、日本人のみによるアメリカアマチュアリーグのチームである侍オールジャパンに入団した[11]。

同年9月10日、古巣の香川オリーブガイナーズに入団。2年振りに四国アイランドリーグplusに復帰した。公式戦では4試合、5イニングに登板して勝ち負けやセーブは記録せず、防御率は5.40であった。徳島インディゴソックスとの年間チャンピオンシップでは1勝1敗で迎えた第3戦に2番手として登板、逆転を許して敗戦投手となった[12]。10月20日、シーズンの契約期間満了後、契約更新せず退団となることが発表された[13]。後の取材では自分の力の限界を悟って引退を決意したという[3]。

現役引退後

現役引退後は香川県で学習塾を経営する企業に就職、4年間サラリーマン生活を送る[3]。2015年からは「ゆるい移住第1期メンバー」として福井県鯖江市に移住し、移住支援などの社会活動に携わっていた[14]。

2019年から野球系YouTuberのチャンネル「トクサンTV」のレギュラー出演者であるアニキ(平山勝雄)の大学時代の後輩だったことから、同チャンネルや「クニヨシTV」の動画に出演し始める[1][15]。次第に塚本自身もYouTubeに興味を示し、2020年1月8日に自身のチャンネル「ツカモトTV」を開設して動画を2本投稿したのち[16]、2020年は、ルートインBCリーグ・福井ワイルドラプターズの公式YouTubeチャンネル「ワイラプTV」の運営に携わり、カメラマンと企画、編集、ナレーターをまとめて担当していた[17][3]。選手にアドバイスを送ることもあったという[3]。しかし体調を崩したことで同年中に福井を退社し、再度サラリーマン生活に戻っている[3]。

詳細情報

年度別投手成績

  • 一軍公式戦出場なし

独立リーグでの投手成績

四国アイランドリーグplus
年

度
球

団
登

板
完

封
勝

利
敗

戦
セ
│
ブ
勝

率
投
球
回
与
四
球
与
死
球
奪
三
振
自
責
点
防
御
率
三
振
率
2006香川190520.71497.0251871201.867.04
20073321020.833126.2341372271.925.01
20082631431.824158.23815110241.366.11
201140000----5.021435.407.20
通算:4年 8252971.806387.19947257741.725.98

背番号

  • 37 (2006年 - 2008年、2011年)
  • 113 (2009年 - 2010年)

脚注

  1. 1 2 “元ヤクルトのアンダースロー塚本浩二!アニキの大学1つ後輩だった。”. トクサンTV【A&R】 (2019年5月17日). 2020年1月24日閲覧。
  2. ↑ “<特別編>塚本浩二(香川−東京ヤクルト)「ラミレスと対戦したい」 –”. SPORTS COMMUNICATIONS (2008年12月15日). 2018年4月12日閲覧。
  3. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 阿佐智 (2020年12月31日). “「脱力系」独立リーグの元エースが、大ベテランになった「同級生」・青木宣親と後輩たちに送るエール”. Yahoo!ニュース. 2020年12月31日閲覧.
  4. ↑ “塚本投手、オーストラリアからの帰国日程延長の御知らせ”. 香川オリーブガイナーズ (2008年3月10日). 2020年9月12日閲覧。
  5. ↑ “香川OG王者の風格 前期圧勝/四国・九州IL”. 四国新聞. 2008年6月19日. 2020年12月31日閲覧.
  6. ↑ “塚本、初の年間MVP/四国・九州IL”. 四国新聞. 2008年11月1日. 2020年12月31日閲覧.
  7. ↑ 阿佐智 (2015年2月17日). “【角中、又吉、入野】四国で10年間で戦ってきた同志たちとの対戦を振り返る!”. 週刊野球太郎. 2021年6月9日閲覧。
  8. ↑ 塚本が育成でヤクルト/ 初のプロ野球選手誕生 塚本が育成でヤクルト
  9. ↑ 【アメリカ独立リーグ】<元ヤクルト:塚本投手>塚本投手が渡米!開幕1軍目指し調整中 sports navi、2011年5月16日、契約日付については、アウトローズのウェブサイトに掲載されていたが現在は削除されている。
  10. ↑ 下記外部リンク(オフィシャルサイト)の本人ブログによる。
  11. ↑ SAMURAI ALL JAPAN Official Site
  12. ↑ “香川、徳島に逆転負け/四国ILplus・CS第3戦”. 四国新聞. 2011年10月2日. 2021年11月11日閲覧.
  13. ↑ 香川OG 退団及び選手契約解除選手のお知らせ 四国アイランドリーグplusニュースリリース(2011年10月20日)
  14. ↑ 2430団地の管理人について
  15. ↑ “元ヤクルトのアンダースロー!塚本投手とアニキ…居酒屋トーク。”. クニヨシTV 【with サルトラ】 (2019年5月17日). 2020年1月24日閲覧。
  16. ↑ ツカモト(下手投げ) [@tsuka_training] (2020年1月8日). “ツカモトTV爆誕しました!”. X(旧Twitter)より2020年1月24日閲覧.
  17. ↑ “カメラマンは元プロ選手 動画配信編集など担当:福井ワイルドラプターズ”. 中日新聞. 2020年3月15日. 2020年4月17日閲覧.

関連項目

外部リンク