新田玄気

ウィキペディアから、無料の百科事典
新田 玄気
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 香川県高松市
生年月日 (1982-08-22) 1982年8月22日(42歳)
身長
体重
172 cm
80 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
プロ入り 2008年 ドラフト5位
初出場 2010年8月26日
最終出場 2013年6月30日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

新田 玄気(にった げんき、1982年8月22日 - )は、香川県高松市出身[1]の元プロ野球選手(捕手)。

来歴・人物

プロ入り前

小学校3年でソフトボールを始めると、屋島中学校時代に軟式野球へ転向。高松商業高校では捕手兼投手[1]。3年時に主将を務め、夏の全国高等学校野球選手権香川大会でベスト8まで進んだ[1]。中央大学への進学後は、当初は打撃を活かして指名打者や外野で出場。4年次に春秋連続で東都大学リーグのベストナイン(捕手部門)に選ばれた[1]。在学中には、リーグ戦通算で80試合に出場。打率.266(312打数83安打)、3本塁打、32打点という記録を残した。大学時代のチームメイトに亀井義行がいる。

大学卒業後の2005年に、松下電器(現在のパナソニック)へ入社。当初は外野手だったが、すぐに正捕手に定着する。同年の第32回社会人野球日本選手権大会決勝(対NTT西日本戦)の延長11回に齊藤信介から中越えサヨナラ打を放った[2]。2008年はDHとして社会人ベストナインに選出された[3]。

2008年のNPBドラフト会議で、東京ヤクルトスワローズが5巡目で指名。契約金3,000万円、年俸1,000万円(金額は推定)という条件で入団した[4]。

プロ入り後

2009年には、イースタン・リーグ公式戦38試合に出場。打率.241、5本塁打を記録したほか、フレッシュオールスターゲームにも同リーグ選抜の一員として出場したが、一軍公式戦への出場機会はなかった。

2010年には、8月26日の対横浜ベイスターズ戦(明治神宮野球場)9回裏に代打で一軍公式戦デビューを果たすと、一軍初安打を左翼への二塁打で記録した。一軍公式戦には、通算で6試合に出場。打率.333(6打数2安打)でシーズンを終えた。

2011年には、イースタン・リーグ公式戦39試合の出場で打率.183、0本塁打と振るわず、一軍公式戦への出場機会はなかった。

2012年には、一軍公式戦8試合に出場。9月15日の対横浜DeNAベイスターズ戦(神宮)では、藤江均からの2点適時打によって、一軍公式戦初打点を記録した。

2013年には、一軍公式戦で入団後最多の14試合に出場。5月15日には、「7番・捕手」として対埼玉西武ライオンズ戦(神宮)にスタメンで出場すると、7回裏の打席で一軍初本塁打を牧田和久からの2点本塁打で記録した。

2014年には、イースタン・リーグ公式戦49試合の出場で、本塁打0ながら打率.352をマーク。一軍公式戦への出場機会がないまま、10月1日に球団から戦力外通告を受けた[5]が、秋季キャンプから打撃投手へ転身した[6]。12月2日付で、NPBから自由契約選手として公示[7]。

2015年以降も打撃投手やブルペン捕手を務めていたが、ブルペン捕手であった2017年に、6月24日付で育成選手契約を締結。レギュラーシーズンの開幕から故障者が相次ぐチーム事情を背景に、イースタン・リーグ公式戦へ出場できる選手の不足に伴う暫定措置[8]ながら、3年ぶりに現役へ復帰した[9]。なお、背番号については、ブルペン捕手時代の104を引き続き着用する。イースタン・リーグ公式戦には3試合出場し[注 1]、10月3日に球団から戦力外通告を受け[11]、再びブルペン捕手に戻ることとなった[12]。10月31日付で自由契約選手公示された[13]。

詳細情報

年度別打撃成績

年

度
球

団
試

合
打

席
打

数
得

点
安

打
二
塁
打
三
塁
打
本
塁
打
塁

打
打

点
盗

塁
盗
塁
死
犠

打
犠

飛
四

球
敬

遠
死

球
三

振
併
殺
打
打

率
出
塁
率
長
打
率
O
P
S
2010 ヤクルト 6660210030000000010.333.333.500.833
2012 8990200022000000011.222.222.222.444
2013 1418174600197000010050.353.389.529.918
通算:3年 283332410101149000010071.313.333.438.771

年度別守備成績

年
度
捕手
試合刺殺補殺失策併殺捕逸守備率企図数許盗塁盗塁刺阻止率
20101100001.000000-
20123600001.000110.000
2013262100.889211.500
通算 6132100.938321.333

記録

背番号

  • 32 (2009年 - 2014年)
  • 104 (2015年 - )

脚注

注釈

  1. ↑ 守備のときには捕手のポジションには就かず、一塁と二塁を守った[10]。

出典

  1. 1 2 3 4 新田「1年目から勝負」/プロ野球ドラフト会議 四国新聞
  2. ↑ 朝日新聞、2005年11月28日付朝刊 14版、15面
  3. ↑ 毎日新聞、2008年12月11日付朝刊 13版、21面
  4. ↑ 毎日新聞、2008年11月27日付朝刊 13版、21面
  5. ↑ 来季の契約についてヤクルト球団公式サイト2014年10月1日配信
  6. ↑ “捕手から打撃投手へ…ヤクルト・新田充実の「裏方二刀流」”. スポーツニッポン. 2014年12月16日閲覧。
  7. ↑ 自由契約選手 2014年度公示 NPB.jp 日本野球機構 2014年12月5日閲覧。
  8. ↑ “ヤクルト ブルペン捕手を育成登録 故障者相次ぎ「応急措置」で”. スポーツニッポン. 2017年6月25日閲覧。
  9. ↑ 新規育成選手登録 2017年度 NPB.jp 日本野球機構
  10. ↑ “2017年度 東京ヤクルトスワローズ 個人守備成績(イースタン・リーグ)”. NPB.jp 日本野球機構. 2019年5月7日閲覧。
  11. ↑ “戦力外通告について”. 東京ヤクルトスワローズ公式サイト (2017年10月3日). 2017年10月3日閲覧。
  12. ↑ “ヤクルト・今浪、橋本病で引退…甲状腺機能低下症「プロで戦えない」”. SANSPO.COM. (2017年10月4日) 2018年1月13日閲覧。
  13. ↑ “自由契約選手(育成選手)|2017年度公示”. NPB.jp 日本野球機構 (2017年10月31日). 2017年11月1日閲覧。

関連項目

外部リンク