ゆうき まいこ
夕樹 舞子
プロフィール
愛称 アジアの女神
生年月日 1977年1月30日
現年齢 47歳
出身地 日本の旗 日本・新潟県十日町市
血液型 B型
公称サイズ[いつ?]
身長 / 体重 158 cm / ― kg
スリーサイズ 83 - 58 - 84 cm
ブラサイズ C
備考 [1]
単位系換算
身長 / 体重 5′ 3″ / ― lb
スリーサイズ 33 - 23 - 33 in
活動
ジャンル ピンク映画、AV
出演期間 1995年 -
他の活動 女優
ストリッパー
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夕樹 舞子(ゆうき まいこ、1977年1月30日 - )は、日本のAV女優、女優、ストリッパー。新潟県出身[2]。1990年代を代表するAVクィーンの1人。 現在のキャッチコピーは「アジアの女神」。

略歴・人物

AV女優になったきっかけは、付き合った男性の家に泊まった際に、相手の男性の兄にレイプされたため男性恐怖症となってしまい、それを克服するためだった[3]。17歳の頃には既にAV女優になることを考え、AV事務所との顔合わせのための食事会にも行っていた[3]。AV撮影は「周りに人がたくさんいるから怖くない」と考えていたという[3]。

1995年4月、『処女宮 卒業〜グラデュエーション〜』(ティファニー)でAVデビュー。ロリフェイスにナイスバディーのナマイキ系アイドル路線で一躍人気を博す。しかし、男性恐怖症はなかなか克服できず[3]、翌年には『さよなら夕樹舞子 「しようよ…逢えなくなるから」』で休業に入る。

休養中には香港で海賊版AVが流出したことがきっかけで[3]台湾・香港などアジアでも人気に火がつき、当時その人気ぶりは映画女優並と伝えられた[要出典]。休業中は単発でテレビドラマにも出演していた。特にNHKドラマへの出演は夕樹にとっては長年の夢であり、NHK『青い花火』のオーディションに合格した時は「本当に嬉しかった」と述べている[4]。

1998年、『復活の女神』(ヴィーナス)で復活。Vシネマにも多数出演したが、男性恐怖症は克服できなかったため、2000年に引退[4]。

1999年5月21日、浅草ロック座でストリップにデビュー[1]。これはマルチタレント活動の一環として始めたもので、「日本の文化として広めたい気持ちもあった」と述べている[4]。

2007年、マカオにある高級ホテル内劇場の、メインダンサーに抜擢。香港のテレビ番組でリポーターを務めるなど、「買い物中も、男女問わずよくサインを求められましたね」と中華圏での人気は日本以上だったと述べている[5]

2010年にAV女優として復活。復活の理由については「伝説の女優と言われているので、そろそろAVにも出なくては、と思った」と述べている[6]。

趣味は、料理とゴルフ、好きな食べ物は、フルーツ、ビタミンC系、魚シャケ、アジ。

2021年10月発売、寺井広樹著『伝説のAV女優』(彩図社)のインタビューでデビュー当時12本出演で3億円の契約が結ばれた旨が記述されている[7]

作品

アダルトビデオ

オリジナルビデオ

DVD

イメージビデオ

映画

テレビドラマ

ゲーム

出演

テレビ

書籍

写真集

書籍

脚注

[脚注の使い方]
  1. 1 2 “公式プロフィール”. タレントファイル. ロック座. 2013年10月5日閲覧。
  2. ↑ MOODYZ. “MOODYZ:夕樹舞子”. 2010年9月24日閲覧。
  3. 1 2 3 4 5 『ズバ王』2010年8月号、ジーオーティー、2010年、168頁。
  4. 1 2 3 『ズバ王』2010年8月号、ジーオーティー、2010年、169頁。
  5. ↑ “追跡!伝説のAV女優「夕樹舞子」香港マカオでもブレイク”. Smart FLASH光文社週刊誌. (2019年3月31日) 2021年3月1日閲覧。
  6. ↑ 『ガチンコ』2010年8月号、若生出版、2010年、127頁。
  7. ↑ 尾藤克之 (2022年1月8日). 昭和の時代、そこにはヒロインが存在した 彼女たちのその後の人生は?(オトナンサー)2022年1月11日閲覧。

外部リンク

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