| 多治神社 | |
|---|---|
|
境内 | |
| 所在地 | 京都府南丹市日吉町田原宮後2-2 |
| 位置 | 北緯35度11分58.42秒 東経135度31分12.06秒 / 北緯35.1995611度 東経135.5200167度 |
| 主祭神 |
大山咋神 天太玉命 |
| 社格等 |
式内社(小) 旧郷社 |
| 創建 | (伝)慶雲年間(704年-707年) |
| 本殿の様式 | 二間社流造檜皮葺 |
| 例祭 | 10月中旬の日曜日 |
| 主な神事 |
田原の御田(5月3日) 田原のカッコスリ(10月中旬) |
主祭神は以下の2柱。
社伝では、奈良時代前期の慶雲年間(704年-707年)、天智天皇第3皇子[1]・田原左大臣(志貴皇子、施基皇子)による創建とされる。
平安時代中期の『延喜式神名帳』では「丹波国船井郡 多沼神社(たひち・たぬ・たぬま-)」と記載され、式内社に列している。
鎮座地の集落名が「田原(たはら)郷」であることから「多治」の字があてられたと考えられているが、鎌倉時代の乾元元年(1302年)の棟札には「多沼大明神」の記載があり、「多沼」と称した時期もあったものと推測されている[2]。
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