大久野島灯台

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大久野島灯台
大久野島灯台の位置(日本内)
大久野島灯台
航路標識番号
[国際標識番号]
4481 [M5712]
位置 北緯34度18分9秒 東経132度59分38秒 / 北緯34.30250度 東経132.99389度 / 34.30250; 132.99389座標: 北緯34度18分9秒 東経132度59分38秒 / 北緯34.30250度 東経132.99389度 / 34.30250; 132.99389
所在地 広島県竹原市忠海町大久野島5476
塗色・構造 白塔形
灯質 等明暗白光 明3秒暗3秒
実効光度 8500 cd
光達距離 13.5海里
塔高 8.5 m (地上 - 塔頂)
灯火標高 21 m (平均海面 - 灯火)
初点灯 1894年(明治27年)5月15日
管轄 海上保安庁 第六管区海上保安本部 呉海上保安部
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大久野島灯台(おおくのじまとうだい、おおくのしまとうだい)は、芸予諸島内、広島県竹原市の大久野島にある灯台。

概要

赤が三原瀬戸航路に置かれた9つの灯台、黒が芸予要塞。重なるところが大久野島。

瀬戸内海の難所の一つである来島海峡を避けるよう近代に整備された「三原瀬戸航路」に置かれた9つの航路標識の1つ[1]。現在のものは二代目にあたる。

初代は明治26年(1893年)10月起工、明治27年(1894年)5月15日点灯[2]。高さ5.1m×直径3.1m、塔器高2.4m、基礎高3.8m[1]。

かつて北側に管理詰所があり、同じく三原瀬戸航路の高根島灯台・小佐木島灯台を含め3灯台を管理していた[2]。また、大久野島は近代以降大日本帝国陸軍の芸予要塞、後に陸軍の毒ガス工場が置かれた島であり、島全体は陸軍用地として軍事秘密であったが、この灯台付近のみ逓信省所管であった。その境界を示す「陸軍所轄地」「大久野島燈標所属地」と書かれた石柱は現代でも残っている[3][4]。

現在ある灯台は平成4年(1992年)3月に竣工したもので、初代の灯台は四国村に移築保存された[5][6]。

2024年1月26日、「燈の守り人製作委員会」により、擬人化された「大久野島灯台」のキャラクターが竹原市に贈呈された[7]。

ギャラリー

交通

大久野島#交通参照

関連する作品

ボイスドラマ

脚注

  1. 1 2 “旧大久野島燈台”. 四国村. 2016年7月24日閲覧。
  2. 1 2 3 逓信省航路標識管理所『燈台要覧』江南写真店、1904年、29-30頁。2016年7月24日閲覧。
  3. ↑ “大久野島遺跡めぐり”. 2026年10月24日閲覧。
  4. ↑ “陸軍省所轄地と逓信省燈台用地”. 毒ガス島歴史研究所. 2016年7月24日閲覧。
  5. ↑ “四国のふるさとがそこにある…初めてなのに懐かしい場所「四国村」”. Find Travel. 2016年7月24日閲覧。
  6. ↑ “大久野島灯台”. ニッポン旅マガジン. 2026年10月24日閲覧。
  7. ↑ “「燈の守り人」(あかりのもりびと)灯台擬人化プロジェクト「大久野島灯台」キャラクターについて”. 竹原市 (2024年2月20日). 2026年10月24日閲覧。

関連項目

外部リンク